《學園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが》第十七話 買える分だけ買い占め……ですわっ!
翌日の放課後。
部活に所屬していない俺と志賀郷は早々と學校を後にし、自宅最寄りの駅に到著した。
普段ならここで志賀郷はボロアパートへ、俺はバイト先へ向かうのだが今日は俺の隣に志賀郷が並んでいる。思い立ったら吉日、ということで早速バイトの面接をすることになったのだ。
因みに俺は今日シフトにっていないので、志賀郷の面接を見屆けたら帰るつもりだ。珍しく自由な時間が取れるので部屋の掃除でもしようかな……。
◆
店にると、カウンターの奧で忙しそうに駆け回る石神井先輩と目が合った。先輩は一瞬だけ嬉しそうな笑顔を浮かべたが、すぐさま表を戻し店員モードで再び客を捌いていた。頑張ってるな……。すぐにでも手伝ってあげたいが今日は仕事の為に來たわけじゃないから……先輩よ、許してくれ。
「お客さん、凄い並んでますわね……」
「そうだな。というか一人でレジやってるのか……?」
今の時間は確か石神井先輩と四谷と店長のシフトだったはずだ。恐らく店長は事務所で別の作業をしているのだろうけれど、四谷の姿が見當たらないのは不思議だ。レジに行列ができた時は応援にるのが普通なのに……。
まさか四谷は今日もバイトを休んでいるのか……? 良からぬ憶測が頭をよぎる中、俺は志賀郷を事務所へ案した。
「狹山君、こんにちは。わざわざ來てもらって悪いねえ」
「いえいえ、家に帰るついでですし大丈夫です」
事務所で俺達を出迎えてくれたのは、このコンビニの店長を務める舎人とねりさんだ。三十代後半の若手店長で細長い型に黒縁眼鏡をに付けている。口癖は「若い子と結婚したい」
「その奧の子がうちで働きたい例のの子だね」
「はい。昨日お話しましたが、こいつは俺の隣の部屋に住んでる志賀郷です」
実は昨晩に店長と電話で面接の予定を打ち合わせており、志賀郷の事も既に話してあるのだ。その為、余程のことが無い限り不採用になることは無いだろう。
「し、志賀郷咲月と言います。よ、よろしくお願い、します……」
「こちらこそよろしくお願いします。じゃあそこの椅子に座って待っててくださいね」
店長に促された志賀郷はぎこちないきでパイプ椅子に腰掛ける。
「そんな張しなくても平気だぞ。怒られる訳じゃないし、店長も採用する気満々だから」
あまりにも志賀郷の顔が引きつっていたのでついフォローをれてしまう。しかし噓は言っていない。以前、技よりもやる気がある人間を採るのがこの店のモットーだと店長が言っていたし。
「本當ですか……? それでも張しますけど……。私にコンビニ店員なんて務まるのかしら……」
「今更ですかい。まあでもなんとかなるだろ。シフトが重なれば俺もサポートするしさ」
「そうだぞ。仲良しのお隣さんと一緒なら志賀郷さんも安心でしょう」
暖かい眼差しでこちらを見ながら店長が話に混ざってくる。俺達の関係を若干勘違いしているような気がするけれど……。
「では志賀郷さん。まずはこの紙に名前と住所等を書いてください。終わったら教えてくださいね」
「は、はい……!」
會話にりつつ差し出された白い紙――確かあれは店の登録関係の書類だったかな。普通は採用後に記するものだが……俺が薦めた人材だったためか、落とす気は更々無いようだ。
結果はもちろん合格だった。志賀郷のシフトは來週から早速組み込まれることになったらしい。これで人手不足も解消だな。
あとは帰るだけになったので俺は志賀郷を連れて事務所から出ようとしたのだが、その手前で店長に聲を掛けられた。このタイミングだと――あまり良い予がしない。
「狹山君、この後予定とかっていないかい?」
「ええ、何もありませんけど……」
後に続く言葉は概ね想像できる。忙しい店の様子や石神井先輩だけがレジを打つ狀況を見ると……。
「そうか。なら……悪いけどしだけ店番をお願いしてもいいかな? 二時間だけでいいから」
やはりか。申し訳なさそうに眉を下げる店長に俺は「大丈夫です」と苦笑いで返した。
休みを削られるのは殘念だけど嫌ではない。なんせ働いた分の給料が貰えるからな。それよりも俺は一つ懸念していることがあった。
「四谷は今日も休みなんですか?」
「ああ……。今週と來週も……難しいみたいだ」
そうだったのか……。學校では普段と変わらない様子だったけれど、バイトを休まなくてはならない事があるのだろうか……。
「店長は四谷がバイトを休んでる理由って知ってるんですか?」
「うん。家の都合があって暫く休ませてくれないかと言っていたな。でもそれ以上は答えてくれなくて……。四谷さんを責める訳じゃないけど、困ったもんだねえ」
「夕方のシフトが厳しくなりそうですね。志賀郷がってくれるのが不幸中の幸いですけど」
人數だけみればなんとかシフトは回せそうだが、志賀郷の研修を行いつつ自分の仕事も消化していくとなると相當厳しい。四谷には一日でも早く復帰してもらいたいが……。
「一先ず四谷さんが戻るまでは俺も夕方をメインにサポートするから安心してほしい。……ということで今日は悪いけど石神井さんの応援を頼むね」
「分かりました。俺の力で良ければ……お任せください」
急に仕事がっても時給換算で給料に直結するから嬉しいものだ。
「あの、狹山くん……」
店のユニフォームに著替えようとロッカーに向かったところで志賀郷と目が合う。何故か志賀郷は不安そうな顔をしていた。
「どうした? お前は先に帰っていいぞ」
「はい。そうさせていただきますけど……。そうではなくて……」
「ん? じゃあなんだ?」
「その…………夕飯をどうすれば良いのかと思いまして……」
「ああ、なるほど」
不安な顔をしていたのは飯が無いかもしれないと思ったからか。志賀郷が隣に引越してきて何日か経っているが、未だに俺の食料に頼っている狀況だからな。今日みたいな想定外の事態になると、飯の準備もしていないし志賀郷も困るわけだ。そろそろ食の自立をしてもらわないと……。
「俺が帰るまでに腹が減るなら何か買っていってくれ。おにぎりでも弁當でも……財布の中と相談して決めるんだぞ」
「分かりました。ではこの店にある飯を買える分だけ買い占めますわ!」
「急にお嬢様出すのやめろ」
手持ち三萬円のくせに。
「ふふ、冗談ですわよ。では狹山くん、また明日お會いしましょう」
「ああ、また明日」
途端に上機嫌になった志賀郷は笑顔で事務所を後にした。なんて分かりやすい奴……。
一方、店長はニンマリとした笑みでこちらを見ていた。
「……なんですか?」
「いやあ、お二人さん仲が良いなあと思って。夕飯の相談をするなんてまるで夫婦じゃないか」
「なっ……! ち、違いますよ。俺と志賀郷はただのクラスメイトで……」
志賀郷が突然隣に引越してきて飯をくれとせがむから仕方なく応じているだけだ。貧乏人の善意であり、他意は無いはずだ。
「クラスメイトにしてはの深い関係に思えたけどねえ」
「違います。それは店長の誤解ですから」
念を押した上で店に通じる扉へ手を掛ける。銭湯へ連れていった件といい、どうして俺の周りは皆勘違いしてしまうのだろうか。貧乏生まれ貧乏育ちの俺とセレブの世界から舞い降りた志賀郷なんて見た目からして釣り合わないというのに。
小さく溜め息をついてから店にる。その直前、背後から「俺も結婚したいなあ。若い子と」という店長の愚癡が聞こえた。
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