週末の土曜日。俺と志賀郷と四谷の三人は勉強會をする為に新宿駅西口にあるサイ〇リヤに來ていた。

時刻は午後二時を過ぎていたが店は晝時と思わせるほどの盛況ぶりで、俺達は店の口で暫く待ってからようやく席に案された。

「志賀郷、こっちだぞ」

「あ、はい！　今行きますわ」

店員の後ろをついて行きながら席に向かっていたのだが、志賀郷は珍しそうな目で辺りを見回していた。ファミレスに來たのは本當に初めてみたいだな……。

「はい、咲月ちゃん。これがメニューだよ！」

席に著くと四谷は早速メニューを志賀郷に手渡した。その後、俺にもメニューが渡される。

「さーくんは何頼む？」

「俺はドリンクバーだけでいい」

「えー。でも折角來たんだから何か食べようよ。一緒に頼めばドリバーも安くなるし」

「といってもな……」

対費用効果で考えればドリンクバー単品がコスパ最強である。貧乏學生たるもの、格安ファミレスであっても財布の紐を緩める訳にはいかない。

「もう、さーくんは本當にケチなんだから……。じゃあ咲月ちゃんは何食べる？　このミ〇ノ風ドリアってのが安くて味しいしオススメだよ」

四谷の興味は既に俺から志賀郷に移っていた。また、當の志賀郷は目を輝かせながらメニューの品々を眺めている。こいつ……絶対食いまくる気だろ。

「確かに味しそうですが……。量がなくて満足出來ないような気が致しますわね。もっとこう……ガッツリとしたハンバーグとかを……」

そう言って『チキングリルとハンバーグの盛合せ』と書かれた文字を指差す志賀郷。家を出る前に一緒にカップラーメンを食べたはずなんだけどな……。彼の腹は底なし沼なのだろうか。

「夏を先取る山盛りパフェだって！　咲月ちゃん、これ味しそうだよ！」

「凄いですわ。こんなに沢山の材がってるのに七百円だなんて……。破格ですわね……」

「うわ、新発売の苺づくしのミルフィーユもあるじゃん。これも食べたいな〜」

「三百五十円……！　安いですわ……」

メニューを見ながらわいわいはしゃぐ二人を遠目で眺める。理的な距離は近いのに見放されたじがするのは気のせいだろうか。

それから各々の注文が決まり、店員の呼び出しボタンを志賀郷が押した。嬉しそうな顔でボタンを押す志賀郷が子供みたいに無邪気でとても微笑ましかった。

「お、お待たせしました。ご注文を……」

程なくして店員がやってきたのだが、聲が上っていて張している様子。新人なのかなと思い、顔を上げると――

「おま、田端じゃねーか！」

「え…………って狹山じゃん！　それに四谷に志賀郷さんまで……」

注文を取りに來た店員はクラスメイトの田端だった。見た目は爽やか系イケメンの癖に変態ロリコンという殘念な野郎である。

「なんで田端がここでバイトしてるんだよ。金に困ってる訳でも無いだろ」

そもそも富裕層が集まる京星學園において、生徒がアルバイトするのは珍しい行為なのだ。俺や四谷のような経済的事が理由で働くのは極めて異例だし、田端がそれに當てはまるとは思えない。

「まあ、社會経験ってやつ？　なんか働いてみようかなーって思っただけだよ」

「……なんだそれ」

そんな適當なノリで労働に勤しむ奴がいてたまるか。俺なんか生活の為に仕方なく力を削って嫌々働いているんだぞ。

また、あくまで俺の直だが、田端は本當の理由を言ってないと思う。別に理由なんて知らなくてもいいけど、友達に隠し事をされるのはし歯がゆい。

「――注文は以上でいいか？　じゃあ暫く待っててくれ」

一通りの注文を済ませると田端はそそくさと廚房の奧へ戻っていった。今日のけ答えはやけに淡白だなと思ったが、仮にも彼は仕事中だ。俺達が邪魔をする訳にはいかない。

「咲月ちゃん、一緒に飲み取ってこよう！　やり方も教えてあげるからね」

「は、はい！　よろしくお願いします……ですわっ！」

上機嫌な四谷が席を立ち、その後ろを志賀郷がついていく。……俺は荷番か。二人が戻ってきたら一人寂しくジュースを選びに行ってこよう。

◆

勉強會のはずだったのに俺達は筆記用すら出さず、グラス片手に雑談をしていた。期末テスト対策の話はどこに行ったんだよ、と脳でツッコミがる中、注文した料理が運ばれてきたのだが……。

「お待たせしました。ミックスグリルのお客様――」

非常に聞き覚えのあるの子の聲が耳にった。ちらりと目を向ければ、彼は背が低く小柄でお盆に載っている料理が相対的に大きく見える。

紛れもなく石神井先輩だった。フリルの付いたエプロンがい格の先輩に似合っている……ってそれよりも。

「石神井先輩！　こんな所で何やってるんですか！」

「え……狹山くんに秋穂ちゃん、志賀郷さんまで揃ってる……！？」

雙方驚く。先輩ってコンビニだけじゃなくてファミレスも掛け持ちしてたのか。全然知らなかったな。

それにしても田端に続き石神井先輩も働いてるとは……。この店は知り合いが多いな。

――って待てよ。田端と石神井先輩？　ロリコン田端と児型の先輩……。

「あの変態め……！」

どこで報を得たのか知らんが、あいつ絶対先輩と一緒に働きたいからバイト始めたんだろ。どうせならうちのコンビニにすれば良かったのに。

「あれ？　ミックスグリルって誰の？」

「私は頼んでませんけれど……」

一方で四谷と志賀郷は困した表でテーブルに置かれた鉄板を見つめていた。どうやら注文していない料理が來たらしい。

「あれ、おかしいなー。ちょっと伝票見てみるね。…………うーん、渡し間違いでは無さそうだけど……。注文打つ時に間違えちゃったのかな」

「まあ俺達は気にしないので構いませんよ。どうせ何が來ても志賀郷が全部吸い取ってくれるはずですので」

「ちょ、狹山くん。私を掃除機みたいな扱いにしないでくださる！？」

「あれ、違うの？」

「違いますわよっ！」

テーブルを両手で叩いて抗議を申し立てる志賀郷。両頬に空気を貯めて怒る姿が可らしい。

ともかく、不穏な流れは食い止めることができたかな。恐らく田端が注文を間違えた為と思われるが、無意味な犯人探しはしたくない。人は誰だってミスを犯すものだ。ここは客である俺達が寛大になるべきだろう。

「でも要らなかったら換するから言ってね。悪いのはこっちだから」

「分かりました。お気遣いありがとうございます」

「うん。……あと気になってたんだけどさ」

言いながら、石神井先輩の視線は俺から四谷に注がれる。顔が若干曇ったように見えた。

「秋穂ちゃん、會うのは久しぶり……だよね。その……バイトに來れないのは忙しい……からなのかな？」

先輩の聲は震えていて、不安な心が全面に押し出されていた。そういえば先輩はまだ四谷がバイトを休んでいる理由について知らなかったんだっけ。

「いえ、その……。心夏ここなちゃん先輩、言うの遅くなってごめんなさい！　実は期末テストまでバイトを休んで猛勉強しろって親に言われてて……。今日も勉強會をするためにさーくんと咲月ちゃんで集まってまして……」

「……！　じゃあ私が何か酷いことをしたとか、私に會いたくなかったとか……そういう理由じゃないんだね」

「もちろんですよ！　こんなめちゃくちゃ可くて頼れる心夏ちゃん先輩を私が嫌う訳ないじゃないですか！」

「え、あ、そう。……ならよかったよ、うん！」

予想以上のがっつき合だったのか、引き気味な顔で答える石神井先輩だが……。先輩も心では凄い不安だったんだな。まさか自分の所為かもしれないと思っていたなんて……。

「ですから先輩。あと一週間ぐらいの辛抱ですけど、それまでは俺と志賀郷がシフトを回しますので安心してください」

「うん、ありがとう。でも狹山くんもしっかり勉強するんだよ。店の心配もいいけど私達はまだ高校生なんだから」

「確かにそうですね。ではバランス良く頑張らせてもらいます」

「うむ、いい返事だね。……じゃあ私はそろそろ戻らないと。リーダーに怒られちゃうからね」

ぺろっと舌を出して悪戯気に笑った先輩は、すぐさま回れ右をして他のテーブルへ駆けていった。見た目は中學生なのに気配りができて頼れる存在……。これが上級生の差というものなのだろうか。