《小さなヒカリの語》35ページ目

「じゃあ、そういうことだからしっかりよろしくね」

母さんは椅子から立ち上がり、呆れるほど平然として食事の後片付けをし始めた。

そのしっかりが何を修飾しているのかいまいちよく分からなかったが、おそらくそういうことなんだろうと曖昧にけ流した。ヒカリはよろしくねと顔を俺に向け、やわらかい微笑を浮かべた。

俺は思った。頼む、理だけは流されやすさに比例しないでくれ、と。

いと妙な期待という二つの錯し、再び事態を客観視出來るようになったのは、布団の暖かさと枕の安定を再認識してからであった。薄暗闇の中、天井のある一點を見つめ今日の出來事を思い返す。突然現れた紫の人間らしからぬき。異空間の存在。鈴木の自己紹介。最後のはまた別の話として、今日は衝撃的なことが多すぎた。そこにヒカリとの同棲(あっちはどう思ってるのか知らないけど)を大いに含めて、ただなんだろう。漠然とだが、何か大きく変わっていく気がした。それは勘違いかも知れないが、例えるならそう、止まっていた歯車が再びき出すように。

疲れた心とをベッドに預けて、意識は深い深い闇の中に沈んでいった。

たくさんのひとがいる。ここは〝でぱーと〟っていうらしい。おとーさんにそうおしえてもらった。そのおとーさんはといれに行くっていったから、わたしたちはここでおとーさんをまってるのだ。

きゅうにいなくなってさみしくなったけど、こーちゃんがいるからないたりしない。

おとーさんがいれば、えらいでしょといってほめてもらえるのにな。

「あれ、なあに?」

ふと、とおくのほうにくろくてまるいものがみえた。はじめてみるへんななにか。きになる。わたしはこーちゃんのてをひいてちかくによってみることにした。

「ここでまとうよ。かってにうごいちゃだめだよ」

こーちゃんがわたしのふくのすそをつかんで、〝いかせない〟ってした。

「だいじょうぶ。こーちゃんはよわむしだねぇ」

わたしはそのこーちゃんのてをごーいんにひっぱって、それにさらにちかづく。

「ねぇ、もうやめようよ。ねぇってば」

「おとこらしくないなぁこーちゃんは。こんなのべつにどってことないよ……あれっ? なにこれ? あなが……あいてる」

めのたかさくらいまであるおおきなあな。からだがすっぽりはいる。

「これ、なに?」

「わかんない」

「はいってみよう」

「え? えっ、ちょっとまってよ」

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