《小さなヒカリの語》110ページ目

「やった! ヒカリも喜ぶと思う」

あれだけ食べてお腹は空く発言したくらいだから、言葉通りの量を食べてもらわないと。それで今日がヒカリにとって忘れられないくらい楽しい一日になればいいなと思う。満腹になるどころか料理を次々にたいらげて、しまいにはおかわりなんて言葉も飛び出したりしてな。それにしても帰りに用事って何だろ? 早くヒカリの喜ぶ顔が見たい。

「でも、今月は赤字だろうなぁ」

パーティーは気分を明るくさせるが、経済的に優しいかはまた別の話だ。

「あのね、うちはパパが亡くなってから生活は確かにきつくなったけど、お金がないわけじゃないのよ。康介が知らないだけで貯金もあるし、パーティーが出來るくらいのお金の節約もしてるのよ。だから家計のことは何も心配しなくていいわ」

母さんはエプロンのひもを力強くぎゅっと結び直して臺所に立ち、さっそくパーティーの準備にとりかかり始めた。どういうわけか母さんの背中がいつもより大きく見える。

「……そういえば父さんって何で死んだの?」

想に近い質問だった。寫真で顔を見たことあるけど、心つく前に死んだからどんな人だったのか覚えてない。今までそういう話をしなかったのが自分でも不思議なくらいだ。いや、何回かしたことはあるのか。理由を聞いたことはあるが、その度にはぐらかされてきたんだ。せっかくだしこういう機會に一度向き合ってみようと思った。

「あなたのお父さんはね、人を守る仕事をしていたわ。とても強い人だった」

人を守る仕事か……。警察、自衛に消防隊。どれもかっこいいイメージしかない。でも、母さんがそういう話からるってことは、たぶんその仕事が原因だったということなのだろう。

「どんなに危険であっても、最後まで人々の安全を考えていた自分に厳しい人だったのよ」

臺所から、とんとんまな板を叩く小気味よい包丁の音がするが、後ろからだと母さんが今どんな表をしているのかは見えない。だけどおそらくたぶん、悲しい顔をしている、そんな気がする。

「私はあなたにパパのようになってしくないの。自分に直接関係のない責任まで背負ったり、危険な話に自ら首を突っ込んだり、もうそんなことは誰にもしてしくないわ。見ず知らずの人々の安全を最優先にして、それで、一番考えるべき自分のことはまったく考えない。仕事と言い切ればそれまでの話だけど、自分勝手すぎるわ。後に殘される者のことも考えてってどつきたい」

母さんは嘆いてる。死んだ父さんのことを。

「……でもね、あの人のしていたことを認めてないわけじゃないの。昔は私も同じくらい自分勝手だったし、一つのことに対して真っ直ぐだったから。だからあの人の考えてることは分かってた。だからどこか放っておけなかったのかもしれないわね」

母さんは包丁の手を止めて、一つ一つのことを整理するように話した。聲はいつもと変わらないが、よく見ると肩が頼りなげに震えている。母さんにとって父さんはとても大きい存在だったんだ。鼻をすする母さんの背中が急に寂しく思えた。

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