そこにいたのは、あろうことか新垣さんその人だった。

『おっと――！　乙幡剛、なんと朝イチから清楚系ＪＫに、第一次接近遭遇であります！　これは、うれし恥ずかしラブコメ展開も期待できるんでありましょうか⁉　しっかし、この、非の打ち所のないだぞ！　もし私が乙幡くらい若く、祟る霊魂でもなかったならば、間違いなくお近づきになりたいところであります‼』

――マジで、し黙ってください！

無駄と思いつつ、心の中で伊達さんに訴える。

と、新垣さんがいきなり涙目になった！

えっ！　えっ？　どういうこと⁉

揺を隠せない僕に、新垣さんは早口でまくしたてた。

「乙幡くん、大丈夫だった？　救急車で運ばれた時は、本當に心臓止まるかと思ったよ。病院の先生はなんて？　本當に大丈夫？　調悪いのに、私が重いプリント持たせちゃったせいだよね？　本當に本當に、ごめんなさい！」

そして彼は、深々と頭まで下げた。

「あ、新垣さん……か、顔を上げて。迷かけたのは、ぼ、僕の方だし……」

『乙幡、盛大にかんだ――！　もはや、スキャットかというレベルであります！　ついでに言いますと、乙幡の聲があまりに小さすぎて彼には聞こえていなかったようであります!!』

「……聞こえてない？」

その時、つい伊達さんの聲に反応してしまった。

すると、そんな僕の聲に反応し、新垣さんが

「ウソ！　耳……聞こえないの!?　どっちの耳？」

と何を勘違いしたのかぶと、一層、涙目になった。

クラスの視線が自分に集中していくのをじる。

急いで否定しなければ！

焦れば焦るほど、僕はさらに混し口ごもった。

「本當ごめん！　ごめんね、ごめんね……」

その後も新垣さんは何度も頭を下げ、謝罪の言葉を重ねてくる。

僕の混を目に、伊達さんの実況はむしろ熱を帯びていく。

『おっと！　まさかの不幸な聞き間違いが起こってしまったようであります！　このままでは、彼は乙幡の聴力を奪った加害者になってしまうぞ！　ここはすぐに否定の聲を上げ、しでも眼前のを安心させたいところ！　しかも！　今度こそかまずに、かつ大きな聲で、伝えなければ伝わらないわけであります‼　さあ、いつまで黙っているんだ？　なにを躊躇してるんだ！　それでも男か、乙幡剛！　さあ、話せ！　話すんだ！　乙幡――』

「――黙れ――！」

気づくと、僕は聲を荒げていた。

もちろん、そのびの矛先は伊達さんだった。

が、傍から見れば、僕が新垣さんに一喝したようにしか見えなかったはず。

僕のびに驚いたのか、教室も一瞬だけ沈黙した。

――數秒後、新垣さんの頬を一筋の涙が伝った。

そして、教室から囁きが聞こえ始めた。

「なにアイツ？　かわいそ、新垣さん……」

「てか、アイツが勝手に倒れたって聞いたけど……」

「初めて見たわ、あのデブがしゃべったの」

「うわっ、やっぱヤベーヤツだったんだ……」

室が靜かだったので、その囁きはサラウンドで僕の耳にも屆く。

やがて、新垣さんは消えりそうな聲で、

「本當にごめんなさい……乙幡くん」

とだけ言うと、僕の脇をすり抜け廊下に駆けて行ってしまった……。

自ずとクラスメイトの視線は、殘された僕に一斉に注がれる。

その視線が痛くて、僕も教室を飛び出した。

脇目も振らず、トイレに逃げ込んだ。

完全に、やらかした。

新垣さんを泣かせてしまった……。

始業のチャイムとともに、僕は靜かに後方のドアから教室に戻った。

すでに、新垣さんも教室に戻っていた。

席に著くと、一部の子から殺人線のような視線をじ、戦慄した。

――もうダメだ。帰る。早退しよう。

僕は一限が終わると職員室に直行し、気分が悪いので早退しますと擔任に告げると、文字通り、逃げるように家に帰った。