そのことを意識してしまったせいで、桜は妙な張に襲われる。

さっきまで自然とできていたはずの呼吸の仕方さえもわからなくなってくる。

取り込む酸素量が激減したせいで、頭がくらくらとしてきた。

といっても、別に怖いというわけではない。

初対面の男といきなりふたりきりの狀況に置かれ、どうすればいいかがわからないだけだ。

見たじ、愼と同世代に見えることから、おそらく三十代前半ぐらいだろうか。

『華道界のイケメン王子』と稱される甘い顔立ちの愼とは違って、纏っている獨特のオーラと凄まじい威圧に、鋭い眼のせいか、恐ろしく整った相貌は、とても凜々しく、どこか危うさを孕んでいるようにも見える。

し前まで、優太郎の魔の手からは逃れられないだろうと、諦めの境地に達しかけていたというのに。

いつしか桜は、眉目秀麗、容姿端麗の言葉を現したかのような、長の男の優れた見目にすっかり魅られてしまっている。

そんな桜の元に、悠然と歩みを進めてきた男から、さっきまで優太郎にかけられていたものとは違った、思いの外優しい聲音が降らされた。

「怖がらせて悪かったな」

聲をかけられるとは思わず、驚きのあまり、心臓ととがビクンッと大きく跳ね上がる。

その様子に、僅かに目を見開いた男がどうしたことか、急に桜から顔を背けて肩をふるふると小刻みに震わせはじめた。

ーーん？   どうしたんだろう、急に。

桜がキョトンとしていると、とうとう我慢しきれないとばかりに、男がくっくと笑い聲をらす。

そこで自分が笑われていることに気づき、言いようのない恥と腹立たしさを覚えた。

ムッとした桜が思わず長の男をキッと睨み返した先には、目に涙まで浮かべた男の、無邪気な笑顔が待ちけていたことで、またもや惹きつけられてしまった目が離せなくなる。

それだけじゃない。初対面のはずなのに、なぜだか懐かしさを覚えてしまった自分に対しても戸うばかりだ。

桜の心を知ってか知らずか、ようやく笑いのおさまったらしい男が、今度は眼前に大きな手をすっと差し出してくる。

「ほら」

突然の男の言の意図が摑めない。男の顔と手とに視線を互に行き來させていると、ふっとらかい笑みを零した男が思わずらしたのだろう小さな呟きに、桜はますます首を傾げるしかなかった。

「ぼうっとしてるのは相変わらずだな」

唐突だったことで、呟きのすべてを拾えなかったというのもあるが。

そんなことよりも、畏怖を抱かせるほどの威圧を纏う男がチラチラと垣間見せる優しい表に、いちいち惹きつけられて、苦しいほどにを高鳴らせてしまう自分の事が不可解でしかなかったからだ。

ーー私ってば、さっきからどうしちゃったんだろう。