《【コミカライズ】寵紳士 ~今夜、獻的なエリート上司に迫られる~》「ここで抱かせて」5
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、寢不足でうっすらとクマができている晴久は、どうにか切り替えて仕事を始めた。
雑念を忘れたくてすべてを仕事に投しているせいか彼はものすごい速さで企畫書を完させていく。
周囲の社員は羨の眼差しを向けつつ、様子のおかしな彼に首をかしげた。
彼ひとりだけずんと重い空気のデスク。
そこへ、あの男がやってきた。
「おはようございます高杉課長!  出張無事終わりました!  ありがとうございました!」
「……ああ。おはよう小山」
始業五分前。
一昨日から二日間、東北へ出張に出掛けていた小山も今日から本社へ戻った。
小山は來て早々に土産の菓子を晴久に渡しながら、「寒かったですよ向こうは」と想を語り始める。
晴久は「お疲れ」と相槌をうちながら、彼の愉快な話には上の空だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
晴久と小山は営業先へ訪問した後、晝食にいつもの蕎麥屋へ立ち寄った。
「高杉課長。なんか今日元気なくないですか?」
「……えっ」
蕎麥に箸をつける晴久の顔を、小山はじっと覗き込む。
ここまでの道中で出張の想をあらかた話し終えた彼は、今度は晴久の話を聞きたがった。
気分が沈んでいると小山にまで悟られたことがけなくなった晴久は、「いや、別に」と表を引き締める。
「そうですか?  商談はいつも通りでしたけど、終わるといつもより暗い気がします。今も」
気まずくなり否定しながら目を逸らす晴久。
しかし小山はまた別のことを思い出したらしく、「あ!」と聲を上げた。
「聲が大きい。どうした」
「そうだ俺、課長に聞きたいことがあったのに忘れてました」
「……なんだ」
「ちょっと待って下さいね、彼から聞いたんですけどー」
そう言ってスマホの畫面をタップし始めた小山に、晴久は嫌な予がした。
(また例の彼か)
この口が軽い男になんでも話す彼が絡むと、ろくなことがない。
とくに今はラブラブなやりとりを見せられるのはごめんだ、とげんなりするが、かといって止める気力もなく、お茶を飲みながら彼のスマホが出てくるのを待った。
「ほら、これなんですけど」
一応顔を寄せ、小山がこちらへ向けて見せてきた畫面を見る。
(……なっ)
そこにはフルサイズの寫真が映しだされていて、それが自分と雪乃との土曜のデートの寫真だと分かった晴久は、お茶でむせ込んだ。
湯呑みを置き、スマホを奪い取ってじっくりと確認する。
「小山、これっ……」
「高杉課長ですよね、それ! 社員の間で噂になってるらしいですよ。課長ったらいつの間に人いたんですか!?  んもう、俺心配してたのに!」
「待て待て待て。ちょっと説明してくれ。なんで小山がこんな寫真を持ってるんだ」
小山の肩を鷲摑みし、ガクガクと揺らす。揺れながら彼は答えた。
「出張行ってすぐ彼から送られて來たんですよ。なんかよく分からないんですけど、この寫真が出回ってることが高杉課長に知られないようにしてくれって」
(出張に行ってすぐということは、雪乃が自宅に戻ると宣言した日)
ピンときた晴久は、眉を寄せる。
「俺に知られないように?」
「そうなんです。あ、メッセージ見ます?」
小山はスマホを取り返し、畫面を寫真から添付されていたメッセージに切り替えた。いつになく真剣な皆子の黒い文面が寫し出される。
晴久は迷わずもう一度スマホを奪い、それを読んだ。
【ちょっと訳ありなの。協力して。今この寫真が社員の間で出回ってるんだけど、高杉課長にこのことを知られないように回ししといて!  バレたらフラれるかもって彼が心配してるから】
その下には、小山の【出張だから無理~】という気の抜けた返信があり、さらに皆子の【出張!?  聞いてないんだけど、バカ!】というお叱りメッセージで終わっている。
晴久は呆然とし、とりあえずスマホを返した。
小山は「あ、もういいすか?」とそれをけ取る。
「と、いうわけです。まあ今言っちゃいましたけど、知らないことにして下さいね、課長。それより彼さん人すぎません?  皆子は知り合いっぽいんですけど教えてくれないし、うちの會社の人ですか?」
小山の想像を絶する口の軽さにも驚愕したが、それよりも噂の話に唖然とした。
(これのせいか……)
雪乃に避けられているのはこの寫真が出回っているからに違いない。
知らなかった事実に戸うも、早く彼をフォローしてあげたくてたまらなくなり、すぐにスマホのメッセージ畫面を出した。
「あ!  課長、まさか本當に別れませんよね?」
小山が手をばし、晴久のスマホを持つ手を摑んだ。
「なんで別れるって話になるんだ」
「だって、高杉課長ってこうやって噂されるの大嫌いじゃないですか。見つけたやつが盜撮したからこんな寫真が出回ってるわけだし。こんな面倒事になるなら人と別れて、靜かな暮らしに戻りたいのかなって」 
頭の片隅にもない仮説に、「はあ?」と聲が出る。
「そんなわけないだろう」
「よかった!  さすがに俺が口らせたせいで別れるなんてなったら嫌なんで。課長、彼さんのことちゃんと好きなんですね」
小山に指摘されたせいで、晴久は初めて、噂されていることについて自分が全く気にしていないと気付いた。
以前の自分ならこうではなかったかもしれない。面倒で投げ出していたに違いなかった。
しかし今は、周囲など気にならない。
に追い回されたくなくて徹底的にプライベートを隠していたはずのに、人の存在を知られることになんの嫌悪もない。雪乃が彼であると、自分はいつ公にしても構わない。
(雪乃のことしか考えられない。彼にしか、興味がない)
五年前のあの事件から、こんな気持ちになるのは初めてだった。
晴久はメッセージ畫面を出し、迷いなく【寫真の件で悩んでいるなら、今夜ちゃんと話そう】と打ち込んで送信する。
すぐに既読になったが、蕎麥を食べている間に返信が來る気配はない。
「小山」
「ん、はいっ」
手早く蕎麥を口に流し込み、晴久は同じく口の中に蕎麥を詰めている小山に告げた。
「その寫真の人とは先週から付き合っている。どこの誰かは言わないが、俺はちゃんと好きだし、真剣だ。誰かに聞かれたらそう答えろ」
「課長……!」
格好いい顔でキメた晴久にキュンとぬかれた小山は、蕎麥を丸飲みする。
「じゃあもう出るぞ。悪いが今日はあまり殘業したくない」
「了解ですっ」
仕事のできる上司のステータスに人の人と真剣際というポイントが追加されたことで、小山はさらなる羨の眼差しを向けて付いていく。
勝手に気持ち盛り上がった彼は対抗し、皆子に【してるよ】と送信した。
「俺も彼とは真剣際です!  そのうちプロポーズしますから!」
己を省みた小山は、會計中の晴久にそう宣言した。アルバイトのは「まあ」と頬を赤らめる。
晴久は「お似合いだと思うぞ」と祝福と皮を込めた言葉を返し、店を出た。
ほんじつのむだぶん
mixi・pixivで無駄文ライターを自稱している私が、 日頃mixiで公開している日記(無駄文と呼んでいます)を 小説家になろうでも掲載してみようと思い実行に移しました。 これは1日1本を目安に続けていこうと思います。 ご笑納くだされば幸いです。
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