國立グーテランド七星団學院――、この國で一番長い歴史・伝統を持ち、キングダムセイバーやロイヤルガード、オーバーメイジやカーディナルを、長い王國の歴史の中で何人も輩出した、王國で一番の教育機関。

お城のような學舎と、質の高い講義容、そして剣の道を極めようとする者にとっても、魔の道を究めようとする者にとっても、最上級の設備。りたくても簡単にれるような學院ではない。

「……ッ、申し訳ございませんが、お斷りさせてください」

「無論構わない。これはお願いであって國からの命令ではないからな。しかし、理由は聞いておこう」

一拍置くと、ロイは恐る恐る口を開く。

「……理由は、……２つ、あります」

「１つは？」

「この村は、決して裕福ではありません。その日その日の食べるにさえ困っているというレベルではありませんが、かか貧しいかで言えば、恐らく後者でしょう」

「それで？」

「この村でゴスペルホルダーはボクだけです。ボクが村からいなくなってしまえば、國からの援助金が出なくなってしまいます」

「もう１つは？」

「家族が、特に妹が悲しむと思います……」

「そうか、よくわかった」

大きく、そして力強く頷くエルヴィス。

そして彼は、しも迷う素振りを見せず、片膝を付いて、しかし頭を下げず、長が低いロイの目線に、自分の目線を合わせた。

「よく言った」

「へ？」

「オレはこれでも【獅子】と呼ばれている聖剣使い。オレを目の前にすると、言いたいことをまともに言えなくなるヤツなんて星の數ほどいる。人間は自分よりも強い者と相対した時、敬うか怖れるかの二択しかできない生きだ。だから委してしまい喋れなくなるヤツらがダメというわけでは、斷じてない」

「――――」

「だが、年はオレに言った。村が貧しいと。妹が寂しがると」

エルヴィスはロイの雙肩に自の手をガシっと乗っける。ゴツゴツしていて逞しい、そして恰好いいが、決して軽くはないその両手。だが軽くはなく、多の怖れも抱いているのに、なぜかエルヴィスの人格者としての溫かみと、優しさが伝わってくる。

「いい目をしているな、気にった。オレの財産の半分、いや、２／３をこの村にやる。それだけあれば向こう２０～３０年は、結構いい生活ができるはずだ」

「！？　エルヴィス様、しかし……っ」

「そして年の妹はどこだ？」

「わ、わたし……です……」

「に問う。兄と離れ離れになるのは寂しいか？」

「は、はい……っ！」

「ならば、オレが年と一緒に、のことも王都の學院にれさせてやると言えば、お前はついてくるか？」

「う、うんっ！」

「最後、二人の母と父に問う」

「は、はは、はい！」「な、何なりと……っ！」

「年が王都に行きたくない理由や、村の貧困、家庭としての金銭の事。そういうのはどうでもいい。人の親も人の子なのだから、があるはずだ。では、己のうちから湧き上がる想いは、息子に王都に行ってほしいか、行ってほしくないか、どちらとんでいる？」

「ロイには、以前も王都に行かないかって提案しました……。その時と、私の気持ちは、建前はどうであれ変わっておりません」

「オレ、ゴホン、私も妻と同じ気持ちです」

「だ、そうだ、年」

「ですが……」

「お前もこの両親と同じだ。村の貧困、家庭としての金銭の事。そういうのはどうでもよく、自分が何にも縛られない完璧な自由だった時、ちょっと王都に足を運んでみたい、とか、その程度のことを思えるか否かが大事なのだ」

嗚呼、そうか――。エルヴィスの言っていることは無茶苦茶だし、強引だし、地位も高いから反論なんて基本的にできるわけがない。出會ってまだ１０分ぐらいしか経っていないけど、言が自己中心的なようにもじられる。

しかし彼の言うとおり、村の事とか、家庭の金銭の問題とかは、ロイがどのように思っているかには関係ない。

つまり、に以外は必要ないのだ。

「確かに……ボクも王都には憧れています。けど、流石に財産をもらうとか、妹まで融通を利かせてもらうとか――ッ」

「年、子供は大人に迷をかけていいんだ」

「…………っっ」

ふと、ロイは前世のことを思い出す。家族にも、馴染にも、迷をかけまくっていたからこそ、これ以上迷をかけてはいけないと悩んでいた。自分が何もしなくてもデフォルトで迷をかけてしまう生活だった。だからこそ、ロイは親の言うことにずっと従って、なにかをしてみたいとワガママを言うことはなく、顔を窺って、たとえ自分が一番つらくて苦しくても想笑いをするような子供だった。

翻って現世では、誰にも迷をかけていないはずだから、逆に分かりがいい子として振る舞っていたし、今も振る舞っている。期待されているからこそ、なにかワガママを言って期待を裏切れなかった。それほどまでに、現世でロイがじているプレッシャーは重い。

ゆえにロイはエルヴィスの言葉を聞いて、応える。

「ボクも、王都に行きたいです――」

「――その願い、聞き屆けた」

その時、やたら厳かな顔立ちだったエルヴィスが、村に來て初めて笑った。快活にして豪快にして優しい、そんな朗らかな笑顔である。

「まぁ、流石に年の妹まで王都に連れていくことになると、大臣とかからいろいろ小言を言われるだろうが、そのようなことは些末な問題だ。この由緒正しい伝統と歴史ある王國のお偉いさん方に、子供の無茶をけれるがなくてどうするという話だ」

「ありがとうございます！」

「しかし、本當に申し訳ないが、年の妹を王都に連れていくための、いわゆるお偉いさん方をしでも説得できる建前がない」

「――と、言いますと？」

「確か資料によると、年と妹は４歳差だったな。ならこうしよう。年はパブリック・スクールの中等課程を修めるまで、つまり１５歳までこの村にいる。その時、妹の方は１１歳で、ジュニア・スクールを卒業するはずだから、この村のジュニア・スクールで構わない。學年首席になれ」

「――――」

「その時初めて、オレは改めて二人を王都に招待する」

「――――」

「今すぐ王都に連れて行かないのかよ、という指摘もあるだろうが、年は王都で自分を高めることよりも、妹と一緒にいたいのだろう？　だから自分だけ先に王都に行くことを許せないのではないか？」

「は、はい！」

「最終的に連れて行くのに、今ではないということは、オレの方から大臣に説明しておく。だから年は、殘り４年半年、この村で悔いのない生活を送れ」

それだけ言い殘すと、エルヴィスは踵きびすを返して村のり口に待たせてあった馬車の方へ歩き始める。

この出會いが、ロイの語のプロローグの最後の出來事だった。