（もう５分経っただと！？　５分は３００秒で、幻影魔の中では３００日経っている計算だ！　なのに……ッ、なぜロイはギブアップしない！？）

ふと、ジェレミアは幻影魔を維持するのに疲れて１歩だけ後ずさってしまった。

手が震える。のいたるところから冷たい汗が滲み出る。

おかしい。

間違いなくおかしい。

（なぜだ！？　オレは魔力をあと８０％も殘しているんだぞ！？　魔力切れなんてありえない！）

いつの間にか、ジェレミアの呼吸は荒くなり始める。

力なんて使っていないも同然。魔力も前述のとおり８０％も殘している。

だというのにッッ、額には汗が滲み、手は震えて、立ちくらみのような覚すら覚えるではないか！

無意識だった。

自分でも気付かないまま、ジェレミアは再び１歩だけ後ずさってしまう。

「……どうしたんだ、ジェレミアは？」

「なんか……つらそうだけど？」

「なにかあったのか……？」

しずつ、本當にしずつ、ジェレミアに観客の訝しむような視線が向けられ始める。

そして、ジェレミアにはもう１つ、気に食わないことがあった。

「ロイくん……っ、起きて！　お願い！　起きて！」

「ロイ！　ロイ！　ジェレミアなんかに負けないでよ！」

「お兄ちゃん！」

「弟くん！」

そう、自分には滅多に送られない友達からの聲援だ。

ロイに聲援を送っているのがというのもイラつくが、だがしかし、それ以上に、なぜ自分は強いのに、貴族なのに、つまりは偉いのに、別を問わず誰にも聲援を送られない？

「うるさい！　黙れ！　シーリーン！　アリス！」

「……ひぅ！？」

「っっ、ジェレミア……ッ」

「なぜキミたちはオレを応援しない！？　普通、何事でも勝っている方を応援するだろ！？　スポーツでも！　チェスでも！　決闘でも！　戦爭でも！　そしてそれ以上に、偉い方を応援するだろ！？　そしてオレは、強い上に偉いんだぞ？　両方を兼ね備えているんだぞ！？」

「この……っ」

衝的に、アリスが席からを乗り出しそうになった。

しかし――、

――なんと、あのネガティブなシーリーンが、アリスを手で制す。

「ジェレミアさん」

そしてアリスの代わりに立ち上がり、ジェレミアに申す。

「なくともシィたちにとって、強いこと、そして偉いことは、応援する理由になりません！　勝ってほしい方を応援するんです！　この人が好きだから応援しよう、そんなふうに心から思える人を応援するんです！」

「――ふざけるな！　ロイの次はお前を――、っっ」

ごそ、と、ジェレミアの背後でなにか音がした。ジェレミアの脳で警鐘が鳴る。

ふいに足が震えた。心臓を氷柱で刺されるような恐怖にを包まれた。

背後を確認する勇気なんて、今のジェレミアは持ち合わせていない。

だが、背後を確認しない方が、確認するよりもよほど怖かった。背後に化けがいるようなじがするのに、怖くても、泣きそうでも、逃げたくても、確認しないわけにはいかない。

そしてジェレミアが背後に振り向くと――、

「――ジェレミア、キミの方こそふざけないでほしい」

ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクが、そこには立っていた。

その瞬間、この日で一番の歓聲がコロシアムにぜた。発的にして、熱狂的にして、ここにいる観客全員の興が極限を振り切っているような大歓聲である。きっとこの歓聲は、コロシアムはもちろん、學院の敷地の外にも屆いているだろう。

ロイはその手に聖剣を握り、雙眸には燃えるような闘志を込める。

「ろ、ろろろ、ロイ……っ、キミぃ、舌は？　口は？」

「付け焼き刃の魔だけど、ヒーリングさせてもらったよ」

「なんで……？　どうして……？　オレの幻影魔は最強なのに……！？」

理解不能、意味不明、そんな表で、今にもジェレミアは絶で泣きそうになる。

「幻影魔は五の全てを弄り、偽り、裝い、欺き、そうして神を、つまりは心を壊す魔なんだよね？」

「……ひぃ」

「でも――たった１つだけ干渉できないモノがあるんだよ」

「な、なな、な、なんだよそれ！　心とか想いとか神とかって言いたいのか！？」

首をゆっくり橫に振るロイ。

「答えは『メタ認知』だ」

「な……なんだよ、それ……？」

メタ認知とは、認識していることを認識することである。

例えば、目を開いた狀態で目の前にリンゴを置いたとしよう。この場合、リンゴを見た者はリンゴを認識していることになる。で、リンゴを見た者が、見ただけで終わらせずに、（自分は今、リンゴを見ている！）と認識すること、これこそがメタ認知だ。

（まぁ、この世界ではまだ広まるどころか生まれてもいない、いわゆる現代知識だから、ジェレミアが知らないのも無理はない、か――）

と、ロイは心で笑う。

認識していることを認識すること、という表現が紛らわしいならば、認識していることを自覚すること、という表現でも語弊はないだろう。

「キミのやり方は、痛みを與えて心を壊すってやり方だよね？　なら、痛みをじているっていう覚は殘るじゃないか。痛みは偽でも、痛いとじている自分の認識は本なんだ」

「――――ッ！？」

「五の全てを弄り、偽り、裝い、欺くっていうけど、それは決して五を『剝奪』しているわけじゃない！　たとえ偽でも、なにかをじている以上、『ああー、今、自分はなにかをじているなぁ』って意識はなくならない！　奪われない！」

「そんなバカな……」

「視覚を弄られても、本の景が見えなくなっただけであって、眼球が使えなくなるわけじゃないだろ？」

「キミは、五を弄られていること、敵の攻撃そのものを支えに幻覚に耐えたのか！？」

「皮だね。本を偽る魔を使うキミが、なにもかもが偽の中で唯一、敵に本の覚を與えていたなんて」

「だが！　それは幻影魔に耐えられた理由ってだけで、幻影魔から抜け出せた理由にはならないじゃないか！？」

「知っているよ、アリスが教えてくれたんだ。ジェレミアの魔力切れを狙うのは得策じゃない。幻影魔に１度ハマったら出することは不可能で、出できるとするなら、ジェレミア本人が魔を中斷する時ぐらい、って」

「なら――ッ」

「だとしたら、ボクが取れる作戦はただ１つ。キミ本人を魔の使えない狀態、中斷せざるを得ない狀態に導することだ」

「！？　ま、まさか……！？」

「ボクがしたことは至って普通だよ。蒸気機関車で喩えるなら、魔力、つまり石炭が切れるのを狙ったんじゃない。石炭を投しまくったことによって起こる魔回路の熱暴走、オーバーヒートを狙ったんだ」

「たったそれだけのために、時間で３００日にも及ぶ苦痛に耐えたっていうのか！？　確かにキミの場合、他の連中と違い幻覚の中でも心を保つ『支え』を用意してきたようだが、それでも！　痛みをじていないわけではないだろう！？」

ジェレミアのその発言が、ロイの最後の逆鱗にれた。

ロイはエクスカリバーをしっかりと握りしめ直して、一歩、ジェレミアに近付く。

「ジェレミア、キミはシィを何年間イジメたんだい？」

「は？」

「答えろ、ジェレミア」

「――ひぃ！？　３年間です！」

怯えまくって答えるジェレミア。

それを確認すると、ロイはステージをゆっくりと進む。

中の筋が裂傷を起こして悲鳴を上げるが気にしない。あと數秒で決著が付く。

吐してもかまわない。右の耳が聞こえなくてもかまわない。

振りかざす純白の輝き。そして黃金の風。

エクスカリバーの圧倒的な神々しさに、ここにいる誰もが言葉を失った。

「シィは３年間もキミからのイジメに耐えたんだぞ！？

ボクがたった３００日の苦痛に耐えないでどうする！？

これに耐えてやっと――ッ、ボクはシィに！

キミの痛みをわかってあげる、って言えるんだアアアアアアアアアアアアア！」

そして――、

剎那――、

――この決闘に決著が付く。

「エクス――ッッ、カリバアアアアアアアアアアアアアアアアア！」

斬られた衝撃によって、ジェレミアは気絶してしまう。

誰もがその景に目を疑った。

幻影のウィザードが、ナイトにやられた？　最強という以上に、相が最悪なのにそれを覆された？　【零の境地】が使えないなら倒す方法がほとんどないと言われている幻覚を、魔を不得手とする騎士學部の學生が突破した？

そして審判が我に返ったと同時に――、

『『『『『勝者！　ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクッ！』』』』』

大歓聲と拍手喝采の中、ロイＶＳジェレミアは終了した。