「ボロボロになることは、必ずしも格好悪いことではございません。逆に、高みで常に優雅でいることも、必ずしも格好いいことではございません。人の格好の善し悪しを決めるのは、ご本人様の、周りを巻き込むような『熱意』でございます」

「クリス……」

それはまるで、この前の決闘のロイとジェレミアを対比したような言い方だった。

「部屋に引きこもって読書に明け暮れても、熱意を持って読む側から書く側に回れば、そして熱意を持って本當に小説家になれば、それはカッコいいことでございます。逆に、スポーツに勤しんでも、熱意を持たずに練習で手を抜き、そして熱意を持たずに投げ出して逃げ出せば、それはカッコ悪いことでございます」

「――――」

「加えて、功するか失敗するかなんて些末な問題でございます。失敗してもいいし、次に繋がらず失敗のまま終わってもいい。いつか必ず功してください、なんて、絶対に言いません。その時その時、今生きているこの時において、一生懸命か否かが、ご本人様の生涯を、人として満たされていたかどうか定めるのです」

と、クリスティーナがそう告げ終わった瞬間、數秒だけ無言の時間が続く。

その間に充満する背中がかゆい空気。青春クサくて恥ずかしくなってくるじ。

ロイは、そして彼以上にクリスティーナは、いたたまれなくてリンゴみたいに赤面してしまう。

「あ、わわ、わっ、わたくし、メイドのながら、々すぎた真似をいたしました！　申し訳ございません！」

「い、いや！　大丈夫だよ？　すごく、その……あれ？　嬉しいのに涙が……」

「ご主人様！？」

事実、ロイの言うとおり彼の目には涙が浮かんでいる。

クリスティーナは慌ててメイド服のポケットからハンカチを取り出し、そしてロイの目元を拭こうとするが、しだけ彼は急ぎすぎてしまった。

足をもつれされるクリスティーナ。結果、近くに座っていたロイも巻き込む形で、２人は転倒してしまう。

そう、クリスティーナがロイを押し倒した形で。

「あわわ！　重ね重ね申し訳ございません！　とんだご無禮を！　ご主人様、お怪我はありませんか！？」

「うん、大丈夫だよ。それこそ、クリスの方こそ大丈夫？」

「は、はい！」

と、そこでようやくロイとクリスティーナは自分たちの狀態を正確に自覚する。

クリスティーナがロイを押し倒しているのは言わずもがな、彼の板に彼のやわらかくて、メイド服越しでも人が溫かいおっぱいが押し當てられていた。

「その、ご主人様……」

「なに？」

「なぜ、ご主人様は涙を――？」

「――、そうだね。妹のイヴはもちろん、姉である姉さんも知らないんだけど、昔、本當に昔、ボクは失敗続きで、しかも、最終的に功できないまま終わってしまったモノがあったんだよ」

ロイの言う『最終的に功できないまま終わってしまったモノ』とは、當然、ロイの前世のことだ。ロイの前世は、正しい意味で１００％自分のせいではないのに、功とはいえない一生だった。

「だから今、クリスにあんなことを言われて、報われて、それが泣くぐらい嬉しかったのかもね」

「ご主人様……」

放心したように、クリスティーナがロイを呼ぶ。

しかしすぐに我に返って、こう言った。

「で、でも！　勘違いしてはございませんよ？　好ましいと言ったのは、あくまでも人としてで、異として好きという意味ではございません」

「まぁ、それぐらいはわかっているよ」

そして２人は控えめに笑い合う。

「さて、ご主人様、午後３時からは新聞記者の取材がございます」

「ゴメンね、メイドなのに書なんてやらせちゃって」

「いえいえ、メイドが忙しいということは、ご主人様がご活躍なされているということでございますから！」

そう、ロイはジェレミアとの決闘のあと、名前が學院で留まることを知らない、王都の有名人になった。

ゴスペルホルダーにして聖剣使い、そして心理學における新たな概念の発見者。

これで有名にならない方がおかしいのは前述のとおりなのだが、それゆえに、ロイには學生の分ながら様々な仕事が舞い込むことに。

そしてクリスティーナが言うように、１５時からは新聞記者による取材が待っている。

夕方からは剣の稽古の様子を寫真で撮られるらしい。

「ありがとうね、クリス」

「謝のお言葉、に余る栄でございます」

で、あまりにロイが多忙なので、メイドであるクリスティーナが彼の書を買って出たのである。

が、その時だった。

「お兄ちゃ～ん、もうすぐ新聞記者の取材だよ～っ！」

「弟くん、準備は大丈夫――……、ハ？」

ロイの様子を見にきたイヴとマリアが、彼の自室のドアを開けてしまう。

説明するまでもなく、イヴとマリアの目には、ロイを押し倒しているクリスティーナの姿が映り込んだ。

「お兄ちゃん！」「弟くん！？」

「待ってくれ、これは誤解なんだ！」

「申し訳ございません、お嬢様～っ！」

こうして、ジェレミアとの決闘のあとの、新しい日常が始まろうとしていた。