「…參ったわね。どうしようかしら」

窟で胡座をかいて考え込むマリーナ。試験開始から既に3日経過した。

指定された毒の食材に付いては、比較的簡単に手出來た。

それもそのはずだ。野生ですら避けて通る植等は、生態系の中でも目立った存在だ。このような場所に生えている花は毒だから気を付けろ、の、逆を探せば良いだけだったのだ。

一通りの調理に必要な材もクラフトし終わっていた。しかし、中々進まない。

「暗殺料理って…何を作れば良いの？」

料理が得意なマリーナ。だが、その料理でこれ程までに悩むとはおもわなかった。

「………っ」

と、言うよりも、何も進まなかった。料理の技を暗殺に使うなんて。信じられなかった、考えられなかった。

そこで、マリーナは完全に思考停止してしまったのだ。ただただ猛毒の食材を集めて、それだけで終わってしまう。

グゥ〜

課題の料理は全く進まずとも、時間は過ぎ去るし腹は減る。マリーナは自分のお腹をさすると、とりあえず食事を準備する事にした。

しばらく山を歩くと、マリーナが仕掛けた簡易的な罠にかかった野ウサギを見つける。昨日のに見つけたけもの道に仕掛けておいて正解だった。

「あら、結構いいサイズね。ありがとう」

手際良く、暴れるウサギの目を覆うと、一瞬にして首の骨を折る。

(なんか……懐かしいなぁ〜。パパに教えられて泣きながらやったわねぇ)

料理人として育てられたマリーナ。ミンギンジャンからは、生きを取り込んで生命を繋ぐというサイクルを徹底的に教え込まれていた。

子供の頃、夕食に出されたシチューがとても味しくて、何回もオカワリしたマリーナ。

ミンギンジャンは次の日、行商人から生きたままのウサギを仕れて來た。

「もっと味いシチューを食べたいなら、一生懸命に育てろ」と言われ、マリーナはウサギを懸命に育てた。

2週間後、今日の晩飯はシチューだと告げられて朝からウキウキだったマリーナに訪れた殘酷なる現実。喜んで食べていたのは野ウサギのシチューだった。

事実を告げられ、泣きんでウサギを守ろうとするマリーナをたしなめるミンギンジャン。その時、マリーナは大事な事を學んだ。

それは、生命とは循環するものだと。

生命が巡る為に、何かを食べる。食べる事により、新たな生命が生まれ芽生える。摂取する生命を選ぶ事は、循環への冒涜だと……難しくてその時は全て理解出來なかったが、目の前の生命をほんのしでも無駄にしてはいけないと、誰もが懸命に生きるのであれば、その過程で他の生命を末にしてはいけないと……

マリーナはそう教わった。育てたウサギを絞める時、マリーナはウサギに向かって『ごめんなさい』と言った。そしてそれを、父ミンギンジャンは激怒した。

『お前は懸命にそれを育てたんじゃ無いのかぁ！？その生命を戴く事に、後ろめたい事でも有るのか！？なら、なんで謝る！！お前も、ウサギも全力で生きてきたんだろ！だったら！！その生命で自分の生命が繋がる事に謝しろッ！！！』

普段から怒りっぽい父ではあるが、娘に対して本気で怒った事など數回しかない。これはその中でも、マリーナが自分の記憶の中で最も叱られた時の記憶であり、料理をする上で最も大切にしている事である。

『糧となる、生命に謝を』

そして、それを厳しく教えてくれた父とは対面に立ち、マリーナを優しく諭してくれたのは……

「…………うぅ」

母親代わりのサイカだった。

いつも父に怒鳴られている時、サイカがそばにいて優しくしてくれた。実の父も母も一切記憶に無い。しかし、マリーナは母親とはこのようなの事を言うのだろうと、本能で母をじていた。

そのが、私に人を殺す料理を作れと言っている。

それがまた、マリーナの手や思考を止める原因にもなっていた。

「必ず殺してって、念押されちゃったものねぇ」

ひとつ、深いため息を吐くマリーナ。

優しく、しく強い。育ての母であり、目標とする人。

どうしてもサイカと『暗殺料理』に、繋がりを見い出せなかった。マリーナは本気で最終試練の棄権すら考えていた。

晝飯の調理を簡単に終えると、厚めの手袋を用意してマリーナは食材研究にる。食す事の出來ないこれらを理解しなければ、取り付く島もないからだ。

猛毒の食材を、ひとつひとつ丁寧に解していく。

(………だめね、繊維に沿って切り込みをれれば毒の分泌を抑えられるかと思ったけど)

今まで培ってきた々な裁斷方法で、食材を切ってみるものの、あっという間に猛毒分が分泌されてしまい、紫に変する。

そのままの狀態で煮ても焼いても、毒は全に染み出してしまう。とりあえず一切を無視して料理として完させてみるも、味見も出來ないは何も評価出來ない。

反省點も改善點も無い。ただただ、食べられない料理が出來上がる。

「だぁ〜〜もう！やめた！！」

心のモヤモヤが止まらない。マリーナはついに、文字通り匙を投げてしまう。

猛毒の食材故に寢床の窟からはし離れた場所で調理していたのだが、どうにも気持ちを整理し切れずに放り出してそのまま地面に寢転んでしまう。

「パパ……どうすれば良いの？何が正解なの？？」

父に會って、教えを請いたい。忍者の修行さえしなければ、サイカとは元の関係で居られた。

そんな事をボヤ〜っと考えながら、木々の間から空を見上げていたマリーナ。すると…

「……………ん？あれ？」

リスの様なが、近くにある大木の上の方で何かを運んでいた。

「今の……ブドウを運んでた？？」

忍者の修行で軽になったマリーナには、かなり高い木だろうとものの數秒で登れるようになっていた。

大木に空いた巨大な(うろ)からは、とても芳醇な臭いがする。

「まさか、これって……」

中にはブドウや果、木の実が沢山詰められていた。他のモンスターやに取られない様に、餌を見つけてはこの中に溜め込んでいたのだろう。

そして、それらは自然に発酵していたのだ。鼻をくすぐるブドウの香りに、直でもこれが食べられると分かる。意を決しての中に溜まったに指を付け、マリーナは一雫舐めてみた。

「！！！！！くぅ〜〜っ！！これ！」

今まで味わった事の無い味だが、の中は完全にアルコールになっていた。木の香り、木の実のコク、野味溢れる人の手のっていないブドウ。これらが絶妙なバランスで整っている。そのまま、かなり高いお酒として売られていても遜無いだった。それもかなり強い酒。

あまりの味にもう一口、もう一口と食べてみる。甘いナッツが口の中で弾けると、ふわっとらかな香りが広がる。その後に強めのアルコール。ヒガンの里に來てから甘いはほとんど口にしていなかったので、夢中で口に詰める。

「すっごい！！パパから山に住む野生が果実を発酵させて食べるって聞いた事あったけど、こんなにも味しいなんて！」

そして更なる嬉しい発見がある。

「あれ、ちょっとまって…凄いわ！あっちにもこっちにも沢山ある！！」

他の木よりもし高いような木々には、見渡す限り不自然に空いた木のが空いている。あのリスのようなが木にを開けて、その中に餌になるものを詰めて居るのだろう。

至る所に果実の詰まったがあった。しかも、それらは全て別の個が作っているらしく、集める種類に片寄りがあった。

つまり、毎に溜まっている中の果実酒は、それぞれで味が違うのだ。マリーナは思わぬ収穫に大喜びで木々を飛び移り、々な味を楽しむ。

「いや〜〜久しぶりにお酒飲めた気がするなぁ〜。ちょっと強いお酒になってるけど、気分転換にはピッタリね」

ヒョイっと隣の木に移り、の中をする。そのの中はまだ生きている植もあるらしく、中からツタがびて花が生えていた。綺麗な紫の花を咲かせている。

「さぁ〜てこっちの中は……うわぁ！こっちは強烈ね！かなりアルコールが高………ぁ」

中を舐めてから、全のが逆立った。味が悪かったのではない。むしろ他のよりも芳醇な味わいだった。

ズルッ

「……あっ！きゃあ！！」ドスン

あまりの出來事に足をらせてマリーナは木から落ちてしまう。流石に木から落ちた程度ではほとんどダメージをけ無いようになっていたが、それよりも心のダメージの方が大きい。

「うっそ……や、やば」

慌ててアイテムバッグを漁り、あるを取り出そうとする。焦りで手が震え、上手く探せない。

「……あた！あった！！」

マリーナがつかみ出したのは、毒消し草だ。

慌てて口に含もうとして、自のに何も異常がない事に気付く。

「えっ……なんで？……えっ？？」

ポカンとするマリーナ。でも、自分が見たは決して見間違いの筈は無かった。だが、には何も変化は無い。張と焦りから悸は激しくなってはいるものの、調不良やステータス異常にはなっていなかった。

マリーナは一何を見たのか？

それを確かめる為、本人ももう一度木に登る。

さっき自分が口にしたのは、あの花が生えたの中。

むしろ、あの花のせいでそれを見つける事が遅れてしまったのだ。

手近な枝を折り、の中をつつく。そして、余計な果実を寄せてそれが見えるようにする。花の生えたツタの先にあったのは…

「や、やっぱり、『フラーウッドヤムイモ』だわ」

そう、の中で発酵していたのは最終試練の課題として出された食材、猛毒のイモだったのだ。

普通、この芋には真っ白い花が咲く。自然の中でもトゲトゲしいをした不自然に真っ白な花。そのおかげで、ここの地面一帯には猛毒の芋が埋まっていると分かる目印になる。

それが何故か、見た事も聞いた事も無い禍々しい紫の花を咲かせている。

そして、その猛毒のイモが浸かった果実酒を飲んでも、マリーナは平気だったのだ。

「どういう事なの？」

マリーナが素手でらないように木の枝で花をつつくと、花弁の元からプチッと折れて下に落ちて行く。すると、地面にいたネズミ系のが現れ、本能的にその花を捕まえた。

ものの數秒も経たずして、そのは痙攣し絶命してしまう。マリーナは、ついに答えを見つけた。

「ど……『毒抜き』ッ！そうよコレだわ！猛毒の植でも毒抜きの方法があるのよ！！」

ちょっとした毒の強いような食材なら、一般的に毒抜きの方法は広く知られている。

だが、致死のあるような生をわざわざ好き好んで毒抜きして食べようとする者はいない。それを行った人の話など聞いた事も無い。だからマリーナは、猛毒のとは食べられないと思っていた。毒抜き出來ないと思い込んでいた。

かつて、父は言っていた。

「この世にくえねぇモンなんてはねぇ〜！！あるとすれば、それはまだ人が食い方を知らねぇだけだ！」

そして、在りし日の『育ての母』も言っていた。

「良い？マリーナちゃん？食材によってはそれを最も活かす方法って言うのが違うわ。だから、それを見抜ける(すべ)をに付けなきゃ料理人には慣れないの。たとえ同じ食材だったとしても、全く同じ味とは限らないわ。だから、調理方法が全く一緒なんて事は無いのよ」

ピリピリと、マリーナの頭に稲妻が走る。まるでハックに魔法を初めて教わった時のような覚。

そして、ついに答えを見つけたのだ。

フラーウッドヤムイモは、を切り離して調理しようとすると、危険をじて毒素を分泌する。

つまり、既に土から掘り出されて芋だけの狀態からはどうやっても毒素は消えないのだ。

それを、野生達はツタの生えたままアルコールに漬けることによって毒素を逆流させ、花の方に上げる事を知っていたのだ。

第162話　END