そのはまだドミネーターの知覚範囲外だ。怪は空の未確認飛行を意に介せず。チャージが終わり、“ここで必ず殺しておかなければならない”と認識した相手に対し、その赤の槍は放たれた。

だが。凄まじい加速を持って放たれたその槍が雛樹へ屆くことはなかった。

十數メートルも行かぬうちに、空から撃ち下ろされた何かに當てられ中程から折られ、消し飛んでしまったからだ。

空から落ちてきたそれは、赤を破壊して地面に突き立っている。

パッと見たじ、白い刃に、幾つかの青い金屬パーツ、そして青いを放つ半明の質で構された刃だ。

だが、でかい。確実に人が持つものではない大きさの訶不思議ブレードだ。

地面に突き立った際、巻き上げた土塊や砂が雛樹に被さった。

己の一撃が破壊され、ようやく怪も事態の変調に気づく。

雛樹を背にして降してきたそれは、まさに救世主のような様相を呈す。

それはまるで機械仕掛けの巨人だった。青と白を基調とした裝甲。肩部、腕、腳部などに展開された、青の質で構されているのは、追加裝甲か。

その全はどこからしさを漂わせる、すらっとした線で構されていた。

全く目にしたことのない、二腳機甲の青い戦機。

力部が稼働する音だろうか。重く響く機関音と共に、その機は地面からし離れたところで滯空している。

排熱機関か、推進ブースターだろうか。背面や腰、腳部に備えられたそこから、絶えず青く輝く微細な粒子を放出している。

この世のものとは、到底思うことができなかった。

新たな敵の発生に、怪ドミネーターはすぐさま攻撃目標を新たにした。赤の矢を展開しつつ、その青い巨人に薄する。

それに対しその機は、火花を散らせながら、右腕に搭載されていた折りたたみ式の巨大なブレードを豪快に展開。

推進機関から青く輝く推進剤を鋭く噴出させながら——……瞬間、その巨を加速させ迎え撃つ。

襲い來る矢を前面に展開した青い半明のシールドでけ、弾き、お互いの近接攻撃が屆く間合いまで來たところでシールドが消失。

鞭のようにしなる怪の腕を腕に展開されたブレードで切り、もう片方の手に裝備したランチャーの引き金を引く。

出された大口徑の榴弾が怪のに抉りこみ、ぜる。大きく仰け反りながら、だが潰されていない眼が巨人を捉え、殘った腕を振るう。

腕、腳部などに展開されていた、巨人の追加裝甲であろうそれにかすめ、破壊された。

だが、それを意に介せず攻撃態勢を整え、青い巨人のブレードは殘った瞳へ向けられ、直進する。

が、その理攻撃は、寸前のところで止められた。怪側も、赤する壁を展開し、ブレードの切っ先とぶつけ、防いだのだ。

致命の一撃を防がれ、隙だらけになった青い巨人に反撃するかのように、赤い壁から放たれる矢。

それは次々に、機の裝甲を削っていくが……。

《ムラクモ再起。目標を貫きなさい》

赤の槍を破壊し、地面に突き立っていたブレードがきを見せる。ひとりでに地面から抜け、浮遊したそれは、一度上昇してからその刃の切っ先を怪へ向け……。

一閃。

赤の防壁もろとも、怪の眼を貫き、破壊する。そこから、まるでがどくどくと流れ出すように、赤い粒子が放出され。

怪が地面に落ち、大きく揺らめく。

《これで終わりです。どうか、安らかに》

振り上げた、右腕部の重厚なブレードを振り下ろし。その怪のから頭を真っ二つに切り裂いた。

ごぼり、ごぼりと斷面から溢れ出す粒子が、地面に広がり消滅してゆく。

それに伴い、雛樹を壁にい付けていた矢も消滅し、ズルズルと地面にへたり込むことになった。

……傷口に収まっていた矢が消滅することで、傷口から鮮が溢れ出す。その失に耐えられなくなり、雛樹の顔からの気が引いてゆく。霞む視界に、こちらに振り向く青い巨人を捉えながら、意識は途絶えていった。

——……。

「オペレーター、東雲準尉。こちら結月。タイプΓの破壊を確認しました」

《こちらからも、“グレアノイド反応”の消失を確認。結月尉、および搭乗機“ブルーグラディウス”。即時帰艦してください》

「……」

その青い巨人に搭乗し、コクピットに一人座する結月靜流尉。その格好は、戦艦アルバレストで著ていた重厚な軍服でなく、に吸い付くように設計された、スーツをにまとっている。

スーツといってもいかんせん出が多く、の線がはっきり浮き出ている。

軍服を著ていた時にも隠しきれていなかったそのかすぎると、それとは対照的な細ののコントラストがしく、腰の括れから部のラインは彼のらしさを浮き彫りにしている。

何を思ったのか、すぐには帰艦しようとはせず、モニター中央に捉えている一般男と思われる人を確認し、拡大していた。

（あの……雰囲気。どこか“彼”に似ているような……）

首から下げている、認識票にも気づき。自分の中で疼く勘に突きかされるようにコクピットの座席から立ち上がる。

《結月尉！？　神経接続の切斷が確認されました、どこへ！》

「要救助者一名を発見しました。すぐに連れて行きますので、醫師を待機させておいてください」

《ダメだよシズル！！　本土の一線級部隊がこっちに向かってきてる！！　発見されればこちらの存在が明るみに出るんだよ！！》

「承知しています……。ですが、彼を放置しては行けません…！」

オペレーターの制止を振り切り、結月靜流は機をその場で膝立ちの姿勢にする。そして背後のハッチを解放すると、軍服の上著だけを羽織った。

ハッチが開かれると同時にせり出してきた急昇降用のハンドルを右手に握り——……次々に繰り出されていくワイヤーが、ベアリングとれる音を真上に聞きながら本土へ降りていく。

「っと……」

著地の小さな衝撃に言葉を発す。もはや、何年ぶりの本土の土か。方舟のい人工的な地面とは違うらかさと溫かみを足元にじる。

しかし、懐かしんではいられない。逸はやる気持ちを抑えることもせず、羽織ったジャケットの前を右手で抑え、閉じながら負傷者の元へと走った。

「ひどい怪我……。特に右肩の出が激しいですね。あまりかしたくはありませんが……」

まみれだが、その顔に見れる微かな面影。かつて、悲しげな笑みを浮かべて自分を見送ってくれた男の顔と重なった。

ごくりと——……生唾を飲む。しゃがみ込み、左手をばして雑に降りた前髪を優しくかき上げてやった。

「おにい……ヒナ、キ……？」

一度言わんとした言葉を飲み込み、再び言い直した名前。軽く眼は閉じられているが。この人が、探していた目的の人だという確信が生まれる。

そして決定付ける要素がもう一つ。首から下がった認識票ドッグタグ。

鼓が跳ね上がる。今までじた事のない、溫の上昇と悸。恐る恐る手をばし、容を確認した。

「CTF２０１……ヒナキ、シドー……」

祠堂雛樹。かつて、CTF２０１という本土部隊で任に就いていた母アルビナの下もと、部隊と寢食を共にしていた時に世話になった、男の人。

いつか、迎えに來ると。“覚えたての日本語”で約束した年兵。

そして、兵士としての自分が最も憧れを抱いた彼。

「やっと……迎えに來ることができました……」

こうしてはいられない。すぐさま艦へ運び、治療をけさせなければならない。このままでは失死も遠くない。

……——だが、この狀況で、そううまく事が運ぶはずがない。

待機させていた機付近に、煙が上がる。その白いを叩く熱風に、結月靜流は戦慄した。

「見つかった……！！」

こちらへ向かってきていた、政府軍の一線級部隊。雛樹と共に居た政府軍兵士が、ガンマ級ドミネーターに対抗するため要請したものだ。

本來殲滅すべきだった目標がおらず、そこに敵側、方舟のと思わしき兵がいたため、砲撃を開始されたのだ。制圧するつもりでいるのだろう。

結月靜流はすぐさま、羽織っていたジャケットを雛樹に被せた。そして、多強引に背負いあげ、走る。

次々に向かってくる砲撃。まだ度が甘い。発見されてはいるが距離があるためか。はたまた威嚇のための砲撃だからか。

なんにせよ助かった。いくら鍛えているとはいえ自分より重い、意識不明の人男を背負い運ぶのには時間が掛かる。

手の屆くところに降りていた、昇降用のワイヤーハンドルを握り、ハッチのある場所まで上がり、突き出た足場を使って勢を安定させ、コクピットにった。

コクピットに設営されたタンデムシートの背を倒し、雛樹を寢かせを固定させる。そして引き出してきた電極やらカメラ、様々なを取り付けた後、自分もシートに座った。直後、音と地響きの他に、スピーカーから聞こえる聲。

《結月尉。その機は政府軍に発見されています。直帰はできないから覚悟してね》

「申し訳ありません、東雲準尉。要救助対象は運び込めましたので、いますぐインビジブルシールドを展開し、砲撃地點から離します。合流地點を指定してください。あと、要救助者の容態をそちらへモニターしますので、それに合わせて醫師を待機させておいてください」

《はいよー。そこからさらに北東３０キロ地點、高度約８０００メートルにて艦を待機させるから。……っと、要救助者の容態確認》

東雲準尉は、現在機のオペレート任務に就いているため、上である結月靜流と対等な位置に立ち連絡を取り合っている。

モニターに表示された雛樹の容態を確認した東雲準尉は沈んだ聲で、先ほどの會話容を変更してきた。

《まずいなぁ。思ったより容態は深刻だぞ。３０キロも離れたら間に合わないかもしれない。し無理を言って……そう、１５キロ地點、高度約４０００メートルで待機させる》

「なぜ陸へ？　本土外へ逃れれば良いのでは……」

《タイプガンマの“グレアノイド反応”が消滅してから、“海側”のグレアノイド反応が活化してるんだ。遠回りに政府軍の索敵範囲から逃れるつもりなら気をつけて。待機地點の座標をそっちに送っておくから》

「謝します、準尉。では、しばらくESMを起します」

《君のことだから心配はしてないけど、重ねて言うよ。本當に気をつけてね》

「はい、ではまた後ほど」

……——。

「——……！！」

砲撃の衝撃がコクピットに伝わる。近い。もう當てられるぞ、そういう意味をこちらに示してきているのか。

この機をかす準備はすでに整っている。なぜすぐに離陸しないのか……。いや、すぐには離陸できない理由があった。

簡単に言えば、“自分専用に合わせていた”このコクピット環境を、負傷者である“雛樹が問題なく乗れるよう”調整しているのだ。

これをしないと、常識の範疇を超えた機が可能なこの機に、雛樹は“殺される”ことになる。

最低限飛びたてるようになるまで、あと數十秒。

膝をついていた青い巨人は、らかにく各駆部分を駆使し立ち上がった。それと同時に、排熱機構から淡く蒼に輝く粒子が大きく放出。

その機、周囲數メートルにある瓦礫が浮遊するが……、それと反比例するように大きく地面が沈んだ。

本來存在する“重力”が、青い巨人が発生させる強力な“反重力”エネルギーとぶつかり合い、地中を強く押し込めたため発生した。

「辛つらいでしょうが、しの間耐えてくださッ……！！？」

後方の雛樹に向かって焦り混じりにそう言った靜流は、自を襲った強い衝撃をけ、コクピットの壁に頭を打ち付けた。

「直撃した……ッ！」

打ち付けたことによる鈍痛と、額に裂傷。流れるをじ、片目を閉じた。

命の危機に鼓が跳ね上がる。は張で乾き、水分を求めて斷続的に息を吐き出す。

けたたましいアラームと共に、HUD……ヘッド・アップ・ディスプレイに表示された、機の損傷箇所が赤く染まった。

「くっ……ぁう……。左腰部ひだりようぶと、サブバーニアが……。ヒナキを乗せている以上、“粒子兵りゅうしせいへいき”を使うわけには……いきませんし。仕方ないですか」

そう、彼をコクピットに乗せているために、本來防可能であった通常弾頭による砲撃すら防げないでいる。

この機は彼を乗せることで、本來のスペックをほぼ発揮できない狀態にあるのだ。

この機を“空へ浮かばせるための機関”。反重力爐はんじゅうりょくろと呼ばれるそれの狀態が表示される右側のモニターへ、開いた目の瞳だけをかし確認する。

「稼働良好。最低限の飛行に必要な重力波の放出を確認……。うう、姫乃がいないと調整にも苦労しますね……」

すべての探知機、通信回線を使用不可能にする急用ジャミングシステムを起しているため、母艦とすら連絡が取れずにいる。

こうしたわけは、政府軍に通信回線を傍され、母艦アルバレストの存在を悟られないためだったのだが。いかんせん、離陸を遅れさせる要因となっているようだ。

「反重力爐出力、最低限離陸可能域まで到達。まだ不十分ですが……戦域を離しましょう」

……——。

「佐！！　未確認、二腳にきが見られました！！」

「照準外すな、背後の推進機関を狙え。逃がすわけにはいかんぞ」

本土東方司令部、政府軍基地から出撃した第１課、戦闘師団。

複數の戦車と対空自走砲、裝甲車が荒れた地面をともせず、高く大きく土煙を上げ。攻撃ヘリに輸送ヘリが蒼穹に隊列を組んで、波のように青い機との距離を詰めていた。

一見、大げさな量に見えるがこれがガンマ級一を撃退するために最低限必要な武力なのだ。

それを引き連れ、司令塔である政府軍佐は逐一指示を飛ばす。

「なんだ、あの機は……浮いているのか……？」

數百メートル先で駆する青い巨人は、この大部隊と向き合った。これでは背の推進機関を狙えない。

「機前面にも推進機関があるのか……？　なんだあれは。……仕方ない、２０mmで狙え。先ほどの弾頭著弾箇所から見て、裝甲が薄いと見える。機を大破させるわけにはいかん、人が乗っている可能がある。殺してしまっては尋問できんからな。必ず最低限の破損で押さえ込め」

「了解サー！」

自走対空砲が口徑４０mm裝備から２０mm裝備へ換裝、そして輸送ヘリの２０mmバルカンが大気を裂く勢いの発砲音を鳴らし、火を噴いた。

空から地上から放たれる無數の火線が、正面を向ける青い二腳機甲兵へ収束してゆく、が。

標的はその質量に見合わないらかで素早いきを見せた。

機前面に配置している推進機関すいしんきかんとみられる場所から、青く鋭するどい火が瞬またたいたかと思った瞬間。

地上から1メートルほど浮いたそれは、正面を向きながらも右斜め後方へ回避行をとったのだ。

線から逃れたその機はしつこく追ってくる弾丸を、るように後退しながらひらりひらりと躱かわして見せている。

その２０mm弾頭を撃ち出す銃口を向けた兵士たちは口々に言う。『まるで幽霊ゴーストでも相手取っているようだ』、と。

「あの機能はなんだ？　馬鹿げている……！！」

後退する速度が速すぎる。このままでは逃してしまう……が、赤外線を使った追尾ミサイルを使用しようとしてもダメだった。

あの青い機を中心として半徑數メートルに、妨害電波による強い磁場が発生している。そのため、標的補足ロックオンすらできないでいた。あの機だ。裝甲車に搭載されたTOWトウ——……対戦車有線ミサイルを使おうとも考えたが。

そんなもの、天地がひっくり返っても當たるはずがない。

２０mmバルカン砲、その複數の線からやすやすと外れることのできる機だ。

有線式の低速ミサイルなど、いともたやすく回避してみせるだろう。

そうこうしているうちにあの機は一度、その巨軀を隠せる瓦礫へを隠すと……。それを防弾壁にし、背を向けメインブースターを點火。

青い粒子の尾を引きながら、凄まじい速度で追撃の程外へと離していった。

今や崩壊した日本本土の政府が誇る、軍の一線級部隊の兵士たちは一人殘らず取り殘された。

彼らの一人、攻撃ヘリのパイロットが、みるみるうちに小さくなっていく二腳機甲兵にきゃくきこうへいきの機影を眺めて呟く。

『あんなものが、この世に存在していいのか……』と。

人は所詮、同じの狢むじなだということも知らず。ただ、そう呟いたのだ。