《クリフエッジシリーズ第一部:「士候補生コリングウッド」》第十六話
宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一一時二〇分
<ゾンファ軍クーロンベース司令部・主制室>
  一一二〇
  ゾンファ軍クーロンベースの主制室MCRは、警報音が鳴り響き、ディスプレイにはアラームメッセージが點滅しているが、オペレータたちの間には絶が広がり、ほとんどの者がシートに座り込んで放心していた。
その中で司令のカオ・ルーリン準將は、まだ指示を求める數の部下たちの聲を無視し、ただ一人司令用コンソールを作していた。
彼はクーロンベースの対消滅爐リアクターを暴走オーバーロードさせ、自しようとしていた。
彼はニヤニヤと笑いながら、司令用のコンソールをいじっているが、MCRのオペレータたちは既に彼のことを狂人として扱っており、気にするものはいなかった。
一一二五
突然、MCRに人工知能AIの聲が響き渡る。
「最終警告。対消滅爐自シーケンスを開始します。停止する場合は六十秒以に司令権限キーと非常停止スイッチの同時作を行って下さい。最終警告。対消滅爐自シーケンスを開始します。停止する場合は五十秒以に……」
このメッセージにMCRのオペレータたちは顔を失い、カオ司令に詰め寄っていく。
「し、司令、何をするんですか! 自処置は総員退避完了後とマニュアルに定められています! すぐにキーを渡して下さい!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 私が司令だ! 私の命令に従っていれば良いんだ! 私はやり直す、一度リセットして……」
彼の目から理が失われ、口からはよだれが零れている。
部下たちは時間がないと、司令に飛び掛りキーを奪おうとするが、カオ司令は腰のブラスターを引抜き、味方に向け発砲し始めた。
「貴様ら敵の工作員だな! そうか、だから失敗したんだ! 私は敵の工作員に嵌められたんだぁ!」
錯した彼は、ブラスターを四方八方に向けて滅茶苦茶に発砲し、數人の部下が兇弾に倒れていた。
部下たちも自分の命を的に踏み込むことに躊躇するが、すぐにAIの警告が耳にり、司令に決死のタックルを決め、遂にキーを奪うことに功した。
だが、その時、既にカウントダウンは終了していた。
「対消滅爐自シーケンススタート。急停止裝置パッシブシャットダウンシステム無効化完了。起用核融合爐トリガーフュージョンリアクター出力抑制インタロック無効化完了。電子ポジトロン投制限無効化完了……対消滅爐出力十倍加時間、一DPMワン・デカートパーミニッツ……リアクターオーバーロード予想時間五分二十三秒……」
AIの淡々とした聲が靜まり返ったMCRの中に流れていく。
一瞬の間の後にオペレータたちは慌てふためくが、逃げるすべが無いと諦め座り込む者、元兇となったカオ司令に毆りかかる者など完全にパニックになっていた。
汎用艇の存在を思い出したオペレータは自らが助かるため、靜かにMCRを出て汎用艇格納庫に向かう。
だが、減圧対策で急閉止されたシャッターが立ちはだかり、格納庫に向かうことができず、その場に膝から崩れ落ちていく。
汎用艇の縦士は自シーケンス開始を知り、すぐに発進を決意するが、MCRのオペレータは何度呼んでも応答してくれない。徐々に失われる時間にパニックに陥った縦士は発進口のゲートを無理やり開くため、ミサイルを放った。
彼の思通り、ミサイルはゲートを破壊し、宇宙空間が彼の前に広がっていく。彼は助かったと喜ぶが、その目の前には破壊されたゲートが迫ってきていた。三秒後、汎用艇の縦席は完全に破壊され、縦士も艇と運命を共にした。
ゾンファ軍の拠點クーロンベースは多くの作業員を道連れに自の道を突き進んでいった。
一一三〇
AIのカウントダウンが二分を切る。
「リアクターオーバーロード予想時間一分四十秒……」
MCRではすべての警報は停止し、オペレータや作業員たちのすすり泣く聲が聞こえるだけだ。既に數人のオペレータがブラスターで自殺しており、や焼けたの臭いなどがするが、誰も気にしない。
カオ司令はMCR要員たちに毆られたり蹴られたりした後、ブラスターで撃ち殺されていた。
その顔には満足そうな笑顔が見え、それがオペレータたちの怒りを更に掻き立てていた。
そして、カウントダウンがゼロになると、対消滅爐は爐構造の安全限度を遙かにオーバーする定常出力の千倍以上のエネルギーを一気に解放し、発した。
ベースはMCR、ドック、通路を問わず、一瞬にして白く強いに包まれ、すべてのが消え去っていく。
アルビオン軍にAZ-258877と名付けられた小星はそのピーナッツ狀の膨らんだ部分が更に膨らみ、真っ白なが弾ける。そして、小星を構していた巖石が無數の礫となって宇宙空間に飛んでいった。
ゾンファ軍によって造られたクーロンベースは、多數の人員と共に一切の痕跡を殘さず消滅していった。
<アルビオン軍スループ艦ブルーベル34號・戦闘指揮所>
一一三〇
アルビオン軍スループ艦ブルーベル34號は敵通商破壊艦に向けて加速を続けていた。
そして敵への最接近まで、一分を切っていた。
戦士のオルガ・ロートン大尉から、「カロネードによる攻撃準備完了」との報告が上がる。
エルマー・マイヤーズ艦長は、「了解、カウントダウンを開始せよ」と攻撃を承認した。
三十秒後、すべてのカロネード砲から金屬製の散弾が出された。
「全砲出良好。散弾の到達時間、約三十秒後。円筒狀弾薬容キャニスター殘量なし」
「了解、主砲による攻撃を開始せよ」
艦長の命令が復唱され、主砲が撃ち出される。
攻撃前に掌砲長ガナーのグロリア・グレン兵曹長により、主砲の再調整は完了し、心配された質量-熱量変換裝置MECのチャージ量も三十%以上に回復しており、ブルーベルは萬全の狀況で戦闘を開始した。
ロートン大尉の立案した攻撃パターンに従い、主砲が発されていく。
ブルーベルの主砲が撃ち出された直後、CICの床が微かに振し、メインスクリーンには敵の攻撃が開始されたという表示が出ていた。どうやら敵通商破壊艦も同じタイミングで攻撃を開始したようだ。
「防スクリーン負荷九十%。現狀では問題ありませんが、最接近時には安全限界百五十%を超える見込みです」
すぐに報士のクイン中尉が報告する。
ブルーベルは〇・一速まで加速しているため、敵との距離は一気にまり、既に二秒を切っていた。
「散弾到達まで十秒、九、八……」
カロネードから撃ちだされた散弾が到達するカウントダウンが開始された直後、メインスクリーンに映し出されていた敵ベースが一気に膨れ上がっていくのが見える。
「敵ベースで発! 対消滅爐の暴走と思われ……」
クイン中尉の報告に索敵擔當下士の聲が被さる。
「高速飛翔四基、いえ、八基接近中! ファントム級ミサイルです!」
敵との戦が始まった瞬間、敵ベースで発が起こり、同じタイミングでファントム級ミサイルが多數飛來してきた。
マイヤーズ艦長はCICの揺を抑えるため、命令をんでいる。
「ミサイルを迎撃せよ! 敵ベースはとりあえず無視しろ! 敵艦のきに集中しろ!」
マイヤーズ艦長のび聲が響く中、各擔當者は自らの任務に集中していた。
「対宙レーザーによる迎撃開始。第一陣全數撃破、第二陣……ミサイル二基が抜けてきます!」
「総員、対ショック勢を取れ! 副長ナンバーワン、被弾後は急時対応ガイドラインEPGに従い処理を実行せよ。被弾まで五秒、三、二、一、……」
カウントダウンの終了と共に斜め下から突き上げる衝撃が走る。その衝撃により、が急激に浮き上がり、それを抑えるためシートのハーネスがに食い込んでいく。
その衝撃と同時にゴーンという低い発音が響き渡り、一瞬、CICの照明がすべて消え、すぐに赤みがかった非常用照明に切り替わった。
數瞬の間をおき、艦の人工重力が停止、固定していない小類が宙に浮かびあがっていく。CIC要員たちは周りを見渡すが、すぐに自らのディスプレイを確認し、マニュアルに従った作を行っていく。
CIC以外の艦の各所でも、急アラームが鳴り響く。
機関制室RCRでは、デリック・トンプソン機関長がリアクターの狀況を確認し、CICに報告をれている。
「CIC,こちらRCR。リアクター及びMECに損傷なし! 主兵裝エネルギー伝送ラインに異常あり! このままでは主砲は撃てんぞ!……」
「了解、予備回路に切り替える……予備回路切替え不能。チーフ、そちらで切替えを頼む」
CICから了解と予備回路切替え不能の連絡が來ると、すぐに
「こっちで予備回路に切り替える。ダンパー(先任機関士:トーマス・ダンパー兵曹長)、手切替えを頼む!」
「了解! 主兵裝伝送ライン予備ラインに切替えます!」
その間にも機関長は主機の狀態を確認し、必要な処置を次々と行っていった。
急対策所ERCのダメージコントロール盤では、艦各所で減圧が発生していることを示す表示が點滅し、裝甲が破壊された影響で艦の放線量が上昇している狀況を示していた。
四系統トレンある生命維持システムもわずかに一トレンだけが機能し、重力制裝置は四トレンとも機能停止。十基ある対宙レーザーのうち七基が使用不能、艦の數箇所で火災が発生しているというメッセージも流れている。
「最外殻ブロックはすべて放棄! 生命維持システムと対宙レーザーの復舊を優先しなさい! 火災発生區畫は強制減圧! 區畫隔離狀態を再確認しなさい!」
副長のアナベラ・グレシャム大尉は掌帆長ボースンを始めとする急対策班に次々と指示を出していく。
指示を出し終わったところでCICに報告をれた。
「CIC、こちらERC。艦損傷大! EPGに従い対応中! 艦長、優先復舊箇所を指示願います!」
「対宙レーザーを最優先してくれ! 生命維持システムは後回しでいい!」
「了解しました、艦長アイ・アイ・サー! 狀況は?」
「敵の攻撃は止んでいる。理由は不明だが、敵のベースが発した影響かもしれない。すぐに敵の攻撃が再開するかもしれない……」
艦長が手短に狀況を説明するが、CICで何かが報告されたようですぐに會話が途切れる。
彼は通信を切り、ERCでダメージコントロールの指揮に専念し始めた。
CICでは主兵裝ブロックMABからの報告がないため、必死に連絡を取ろうとしていた。
攻撃から數十秒後、ようやく掌砲長ガナーのグロリア・グレン兵曹長からの連絡がる。
「こちらMAB、主砲補機エリアに直撃した模様。主兵裝冷卻系MACCS損傷! 非常用冷卻裝置により二回のみ発可能! テッド・パーマー二等兵曹及び技兵三名と連絡途絶。今後の指示を……」
「了解した。MACCSの復舊を急いでくれ! 復舊見込みが判明次第報告を頼む」
グレン掌砲長からの了解の聲を聞いたマイヤーズ艦長は、
(クソッ! 損害が大きすぎる……あと二発で仕留められるのか……しかし、なぜ攻撃が止まった? 散弾が命中したのか?)
「クイン中尉、敵の狀況を確認してくれ。大至急頼む」
報士のフィラーナ・クイン中尉に指示を出すと、メインスクリーンに映る敵ベースの無殘な姿が目にってきた。
(敵ベースに何が起こっている? アウルは無事か? どうしたらいいんだ……)
彼は心の中で苦悩しているが、部下たちの士気を考え、多大な努力を払い無表を貫いている。
だが、彼を含めCICにいる者たちは、すぐに來るであろう敵からの致命的な攻撃を考え、すすべが無い自分たちに歯噛みしていた。そして、その思いはすぐに無力に変わっていった。
乗組員たちの思いとは別にブルーベルは敵艦を通り過ぎ、急速に敵との距離が開いていく。
懸念した敵艦からの攻撃は無く、こちらも打つ手が無い。
CICに無力とは無縁のトンプソン機関長の力強い聲が響いてきた。
「CIC、こちらRCR。主兵裝伝送ライン予備ラインに切替え完了! いつでも使えるぞ!」
「了解した。チーフ、ご苦労だった」
マイヤーズ艦長は機関長にそう答えると、
「ロートン大尉、MACCSの復舊見込みはまだか?」
「まだです。掌砲長ガナーとペッパー二等兵曹が復舊に當たっていますが、まだ連絡がありません」
「了解。二人を呼び戻してくれ。主砲を使う」
驚くロートン大尉に構わず、
「敵も多大な損害を負っている筈だ。主砲で止めを刺す。その後、アウルを迎えに行くぞ! みんな、グズグズするな!」
その力強い聲にCICは蘇り、「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」」と言う聲が響いていた。
<ゾンファ軍通商破壊艦P-331・戦闘指揮所>
  一一三〇
ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所では艦長代行のグァン・フェンが敵スループ艦を沈めるため、攻撃のタイミングを計っていた。
彼は、相対速度が最も上がり、かつ迎撃時間の短いタイミングで殘っているミサイルをすべて撃ち出し、敵を破壊することを考えていた。そして、その前に敵の注意を引き付けるためと回避運の幅を制限するため、主砲を撃ち続けるつもりだ。
指揮所の誰もがまだかと気が焦る中、最接近までの時間が一分を切った時、グァン艦長が徐おもむろに攻撃を命じた。
「ユリンファントムミサイル全基発! 主砲による攻撃開始! 主砲は潰しても構わん! 一分だけもてばいい!」
彼の言葉にファントム級ミサイル八基が発され、主砲も再び火を吹き始めた。
主砲による攻撃は敵の防スクリーンで防がれているものの、八基のミサイルのうち二基が迎撃ラインを突破しそうだという報告が上がってきた。
彼が喜びの聲を上げようとした時、
「ク、クーロンベースが! クーロンで強大なエネルギー反応あり! リアクターをオーバーロ……」
報擔當士の聲が突然途切れ、メインスクリーンにはクーロンベースの発する映像が映し出される。
戦闘指揮所に「艦放線量異常高。遮へいエリア以外の線量は最大十キロシーベルトパーセカンド、レンジオーバー。戦闘指揮所及び急対策所からの退出は不可……」というAIの聲が響く。
グァン・フェンは狀況を摑めず、「何が起こった!」とぶと、
「クーロンベースの対消滅爐が暴走し、その放線が本艦に到達した模様! 右舷側をベースに向けていたため、防スクリーンで遮へいできなかったと推定!」
グァン・フェンはこの狀況に驚愕するが、すぐに
「被害狀況を報告せよ! 攻撃が可能なら敵艦への攻撃を継続! チャン・ウェンテェン! 甲板長! 無事か!」
その問いに答えは無かった。チャン甲板長は急対策班を率い、右舷防スクリーンの復舊作業を行っていたため、高放線をもろに浴び、即死していた。宇宙服の遮へいでは數秒しかもたなかったのだ。
グァン・フェンはこの狀況に
(クーロンはどうしたんだ? さっきの攻撃でリアクターが暴走したのか? まさか自……まだ自するタイミングではないだろう……)
自シーケンス開始時點で、クーロンベースのMCRは全く機能しておらず、P-331に連絡をれてくるものはいなかった。
P-331もクーロン側の狀況はあまり気にしておらず、対消滅爐が暴走したエネルギーを検知するまで気付かなかったのだ。
艦の狀況が次々と報告されていく。
「急対策所は健在、副甲板長が指揮を執っています。兵裝區畫、機関室は沈黙。生存者なし、センサー類も死んでいます……」
「敵スループ艦にユリンファントムミサイル二基命中、中破以上の損害を與えた模様。現在加速を停止し慣で航行中。敵からの攻撃も途絶しております」
「敵搭載艇を見失いました。クーロンの発に巻き込まれたと思われます」
グァン・フェンは「了解した」と答えた後、狀況を整理し始めた。
(理由はともかくクーロンは無くなった。これで燃料を確保するすべはもうない。現狀の殘量では最小出力に絞ったとしても二十日はもたないだろう。そもそもリアクターの狀況もよく判らない。……敵の狀況は更に判らんが、かなりのダメージを與えられたようだな。止めを刺すべきだが、こちらの武は艦尾砲しか無い。右舷の防スクリーンも使えない。敵はこのまま慣で抜けていけば逃げられる。この狀況で敵に止めを刺すには……使えるかどうか判らない主砲を使うしかないな……)
彼は主砲使うことを決め、部下たちに
「敵は逃がさん! 主砲が壊れるまで撃ち続けるぞ! グズグズするな!」
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