《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第四話
宇宙暦SE四五一四年三月三日。
HMS-D0805005カウンティ級サフォーク型五番艦サフォーク5は大規模補修後の試験航宙のため、大型兵站衛星プライウェンを出港した。
漆黒の四等級艦重巡航艦は最大加速五kGをもって加速し、およそ二十分で星系最大巡航速度〇・二C速に達した。その後、様々な機を繰り返し、補修後の不合を確かめていく。
そんな中、クリフォードは重巡航艦の機敏だが力強い機に魅了されつつあった。
(スループ艦の跳ねるような機も魅力的だけど、重巡航艦の宇宙そらを斬り裂くような力強い機は別格だ。同じ力強さでも一等級艦は重すぎて鈍重な印象が拭えない。でも、サフォーク彼の機には鋭さがある……)
だが、彼の心が躍ったのはそこまでだった。
試験航宙が終わると、すぐにモーガン艦長の厳しい演習が始まった。
クリフォードは戦部門だけでなく、航法、報、急対策班など様々は部門に回されていく。
「士たるもの、あらゆる業務に通していなくてはいけない。いつ何時なんどき、擔當士が倒れるかもしれないのだ……」
(艦長のおっしゃることは良く判るんだけど、航法がなぁ……)
彼の航法については、三人の士候補生より酷く、毎回艦長の怒りを買っていた。
「コリングウッド中尉! よくそれで士學校を卒業できたな! 君に航法を任すことは艦を自させるのと同じ意味だな!」
艦長は戦闘指揮所CICの中に下士や兵たちがいても、クリフォードを叱責し続けた。更に彼の得意な戦闘指揮に関しては、一切コメントしなかった。
彼一人が艦長の叱責の対象となっているかのような狀況に陥っていた。
(艦長のおっしゃっていることは正しい。僕の航法は酷過ぎるからな……でも、兵たちの前で士を叱責することはないと思うんだけど……)
本來、艦長が兵の前で部下の士を叱責することはない。どのような失態があっても艦長室までその怒りを持ちかえり、兵のいないところで叱責するのだ。
これは指揮命令系統を維持するために重要なことで、指揮命令系にっていない士候補生とは異なり、士たちの兵に対する威厳を確保するための措置だった。
若年の士は能力で信頼を勝ち取ることは難しく、“士”という地位によってしか、兵たちの信頼は得られない。その士が兵たちの前で叱責されるということは、士である資質に対して疑問を投げかけることになる。そして、士としての資質に疑問を持たれた士は、兵たちの信頼を失っていく。
信頼を失った士の命令に兵たちは疑問を持ち、一瞬の判斷が必要な戦闘で逡巡してしまう。その結果として艦を危機に陥らせることになるからだ。
このため、士の地位が揺らぐような行は慎むというのが、アルビオン王國軍での伝統になっている。
もちろん、ヒステリックな士は兵たちに嫌われる。當然、ヒステリー気味のモーガン艦長も兵たちに嫌われており、クリフォードは彼らに同されることはあっても信頼は失ってはいなかった。
だが、彼の心は沈んでいた。
同僚である士たちは歳が離れており、この短期間では打ち解けられていない。共にめ合うべき歳の近いものは部下であり、彼にとっては未だ心を曝け出せる友人が作れていなかったのだ。
(ブルーベルでもそうだったけど、友達を作るのが苦手なんだよな。サムはどうしているんだろう……)
■■■
二ヶ月間にも及ぶ慣航宙と再調整も終わり、初期故障を取り除かれたサフォーク5は萬全の狀態で、第五艦隊第二十一哨戒艦隊に復帰した。
クリフォードはモーガン艦長のいじめにも似た扱きに堪え、何とか士室に彼の居場所を見付けていた。
この二ヶ月間で彼は士室に艦長派と副長派、そしてその両者から距離を取る中立派がいることに気付いていた。
副長のグリフィス・アリンガム佐は、サフォークに乗り込んでから既に四年目にっていた。
特別な事が無い限り、いわゆるライン士――艦の指揮系統を引き継げる士、宙兵士や機関科士は艦の指揮を引き継げない――は、三年で異することが多い。
特に四等級艦以上の副長は二年程度で昇進し、自らの指揮艦を手にれる。
アリンガム佐は副長として非常に有能であるのだが、直型の熱漢であり、部下に対しては気を配るが、上司に対してはあけすけな言いが多い。このため、下には強く、上には阿おもねるモーガン艦長とは非常に折り合いが悪かった。
この格的な拗れが勤務評定の悪化を招き、自らの指揮艦を得る機會を失っていた。更に艦長自も提督からあまり評価されていないため、割食う形で昇進の機會が訪れてこなかった。
副長派と看做されているのは、戦士のオルセン佐と機関長のディヴィッドソン機関佐だが、単に艦長から目の敵にされているだけで連帯して反抗しているわけではなかった。副長自も艦長を嫌うもののプロの士として、任務に影響を與えるようなことはしていない。
艦長派は報系の士が多く、報士のキンケイド佐、副報士のトムリンソン大尉、報士のエメット尉、それに航法士のリード中尉だった。この四人の人間関係が複雑で、クリフォードは最初、どう理解していいのか悩んでいた。
(キンケイド佐が艦長の人・・で、二枚目のトムリンソン大尉とリード中尉が艦長のお気にりだが、キンケイド佐からは嫌われている。エメット尉はキンケイド佐が好きだが、佐からは相手にされていない。トムリンソン大尉もリード中尉も艦長に興味はないが、押しに弱いため、キンケイド佐の嫉妬で何とか関係にはなっていないという狀態……リーヴィス航法長に面白おかしく教えてもらったけど、こういうドロドロとした関係はあまり好きじゃないな……)
リーヴィス航法長は中立派の筆頭で、彼と仲がいい副戦士のウィスラー大尉と宙兵隊隊長のハート宙兵大尉と副隊長のアーチャー宙兵中尉が中立を保っている。
(中立を保っている人は武闘派っぽい人ばかりだな。僕も出來れば関わりたくないけど、艦長に嫌われているから必然的に副長派と見られているんだろうな……)
クリフォードは士室ワードルームのギスギスした空気を思い出し、士候補生時代のブルーベル34のことを思い出していた。
(サムとの折り合いが悪かったけど、小さな艦ふねは派閥なんかもなくて、家族みたいで良かったな。それにしても、この狀況で何か起こったらどうなるんだろう? 哨戒艦隊にはサフォークの他に五隻の艦――軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻――がいる。五百人近い人間がいるんだ。旗艦の指揮系統がこんな狀態で大丈夫なんだろうか……)
彼は現狀に懸念を覚えながら、戦闘指揮所CICの戦士席でメインスクリーンに映る五隻の僚艦の姿を眺めていた。
■■■
五月一日。
第五艦隊第二十一哨戒艦隊はアテナ星系に向けて跳躍ジャンプした。
四パーセク(約十三年)離れたアテナ星系には超空間航行でも四日ほど掛かる。
超空間航行中は、戦闘はおろか僚艦との通信も不可能であり、艦も必要ない。このため、星系航行中に比べ、艦の仕事は大幅に減るため、半數の當直員による四時間六替の當直制となる。超空間航行中は補修などの特別な任務がない限り、飲酒も認められていた。
クリフォードはキンケイド佐のシフトにり、一日四時間の勤務になるはずだったが、モーガン艦長の命令により、兵裝関係の調整任務が與えられていた。
大規模補修後の完航宙で不合は改善されており、掌砲長ガナーによる微調整で十分であったが、艦長はあえてクリフォードにその微調整の監督を命じていた。
「コリングウッド中尉、主砲及び艦尾迎撃砲の微調整の監督に當たりなさい。それが終わり次第、全カロネード――百トン級レールキャノン、サフォーク5には八基ある――と、全ミサイル発管の整備狀況の確認を行いなさい」
クリフォードは心では溜め息をつきながら、「了解しました。艦長アイアイマム!」と答えて、掌砲長のいる主兵裝ブロックMABに向かった。
(念のため主砲の微調整をするのは判るけど、この整備したての艦で監督なんて必要ないのに……勉強しろっていうことなのかな? それとも部下の掌砲手たちと流を図れっていうことなのかな……)
士室に戻り、作業服に著替えていると、副戦士のオードリー・ウィスラー大尉が「あら、今から作業でもあるのかい?」聲を掛けてきた。
彼が主砲と艦尾迎撃砲の調整とカロネードなどの確認があるというと、
「あらあら、徹底的に嫌われているね。まあ、艦長にとっちゃ、君のすべてが気にらないんだろうけど……」
「どういうことでしょうか?」
「君が王室、政府関係者、提督連中に気にられていることが気にらないんだろう。艦長あの人は提督たちにを売っているが、全く相手にされていないからな」
「気にられているわけじゃないですよ。利用されているだけです」
「そうなのだろうが……君は同期でダントツトップの出世頭。あの人の場合、昔はトップを走っていたが、今ではかなり出遅れている。同期には既に將もいるが、あの人はこのちっさな哨戒艦隊パトロールフリートの指揮に過ぎんからね」
そう言いながらウィスラー大尉はクリフォードの肩を叩き、
「まあ、あと一年半もすれば、あの人もこの艦を出て行くだろう。準將に昇進するか、大佐のまま、戦隊の旗艦艦長になるか、それともどこかの小さな基地の司令になるか。まあ、いずれにしても我慢するしかないね」
クリフォードは曖昧な笑みを浮かべながら、「それではMABに行ってきます」と言ってその場を後にした。
(あと一年半か……胃が痛くなりそうだ。それにしてもこういう嫉妬とは無縁だと思っていたんだけどな。はぁ……)
■■■
宇宙暦SE四五一四年五月五日 標準時間一〇時〇〇分
第二十一哨戒艦隊はアテナ星系に無事到著した。
アテナ星系はG3型恒星に七つの星がある星系で、二千年以上前の第一帝國時代にテラフォーミング化の候補となっていたが、発により著手されることなく、放棄された星系だった。
アルビオン王國にとって、アテナ星系は対ゾンファの重要拠點であり、強力な要塞と二個の正規艦隊、約一萬隻の軍艦が防衛の任に當たっている。
キャメロット星系側のジャンプポイントJP付近にある、直徑約百kmの小星を利用した要塞“アイギスイージスⅡ”は、五基の十ペタワット(十兆キロワット)級力爐と、一ペタワット(一兆キロワット)級反子加速砲が三十門備えられた、アルビオン王國における最大級の要塞である。
第三次アルビオン-ゾンファ戦爭で破壊された要塞アイギスに代わりに五年の歳月を掛けて建設され、現在も拡張、増強工事は継続中だ。だが、すでに一個艦隊が駐留できる港灣施設と百萬人の將兵が生活できる大都市になっている。
現在、キャメロット方面艦隊のうち、サフォーク5が所屬する第五艦隊と第六艦隊がアイギスⅡ周辺に待機していた。
第五艦隊第二十一哨戒艦隊は數ヶ月ぶりに主隊である第五艦隊に復帰した。
サロメ・モーガン艦長は報士のスーザン・キンケイド佐を伴い、第五艦隊旗艦HMS-A0402006、クイーン・エリザベス級コンカラー型六番艦コンカラー6に向かうため、格納デッキに降りていった。
クリフォードは主星アテナからの弱々しいをけた要塞と、それを守護するように遊弋する一個艦隊五千隻の姿に目を奪われていた。
(キャメロットで第一艦隊にいた時にも、アロンダイト周辺で同じような景を見たけど、あの時は旗艦ロイヤル・ソヴリン2にいたから、こうやって外から艦隊を眺めるなんてことがなかったからな……宇宙空間に浮かぶ黒い染みのような巨大な要塞。それを守る漆黒の艦ふねたち……)
目を奪われていたのは一瞬で、すぐに副長からの指示が飛んでくる。
「ミスター・コリングウッド! 禮砲の準備は出來ているな!」
クリフォードは慌てて、「はい、副長イエッサー! 準備は完了しています!」とんだ。
禮砲は、低出力かつ低集束率に調整された主砲を規定數放つもので、要塞司令及び艦隊司令に対し、五秒間隔で十七回発される。
「よろしい。それではオルセン佐、禮砲を開始してくれ」
戦士席に座るネヴィル・オルセン佐は、「了解、副長アイアイサー」と小さく答えて頷き、「禮砲開始!」とに似合わぬ大聲で主砲の発を命じた。
オルセン佐の合図と共に、十五テラワット級電子加速砲の砲門が開き、眩い跡を宇宙そらに描く。
十七発の禮砲を撃ち終えると、モーガン艦長は直ちに搭載艇である雑用艇ジョリーボートであるマグパイ1カササギ1號で旗艦に向けて出発した。
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