《クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」》第十四話
宇宙暦SE四五一四年五月十五日 標準時間〇二時三五分
<アルビオン軍重巡航艦サフォーク5・戦闘指揮所>
〇二三五
敵との砲撃戦が始まってから、二百秒が経過した。
縦陣の先頭を行く旗艦であるHMS-D0805005重巡航艦サフォーク5は、二度の至近弾をけるが、未だ無傷の狀態だった。
サフォークが盾になったことにより、僚艦にも損害はなく、今のところ順調に戦闘は推移しいていた。
だが、相対距離も八秒を切り、巡航艦の副砲や駆逐艦の主砲の有効程にっていた。ここから戦闘が激化していくと、指揮代行のクリフォード・コリングウッド中尉は考えていた。
(敵のミサイル攻撃も単発的なものではなくなるはずだ。徐々に敵の照準の度も上がっている。すれ違うまでにあと百秒。だが、ここに至っては策の立てようはない。もう撃ち合うしかないんだ……)
索敵員のジャック・レイヴァース上等兵が上った聲でミサイルの接近を告げた。
「敵ユリン幽霊ミサイル六基急速に接近中! 本艦にロックオンしている模様!」
クリフォードは落ち著いた口調で、掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹に命令した。
「対宙レーザーによる迎撃開始」
クロスビーも訓練と同じような落ち著いた口調で、
「了解しました、中尉アイアイサー。対宙レーザーによる迎撃開始します」
その聲に若いレイヴァースも落ち著きを取り戻していた。
航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹が敵との距離、相対速度を報告していく。
「敵との実距離、八・二八秒。相対速度〇・〇四九C速……」
ティレットの聲に被さるように、レイヴァースのミサイル迎撃報告がCICに響く。
「敵ミサイル三基迎撃功。殘り三基は十秒後に本艦に最接近します。四基目破壊確認」
更に殘りの二基は後方の駆逐艦の砲撃により破壊され、初期のミサイル攻撃による被害は皆無だった。
クリフォードは満足げにそれを見てから、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に味方各艦への攻撃開始命令の送信を命じた。
「全艦にBブラボー――“攻撃開始せよ”の意――の指示を送れ」
「了解しました、中尉アイアイサー。B1ブラボー・ワン照……B2ブラボー・ツー照……B3ブラボー・ツリー照……B4ブラボー・フォウア照……B5ブラボー・ファイフ照……照完了しました」
クリフォードの命令により、後続の艦からの攻撃が始まった。
回避運と連させ、単縦陣から出た瞬間に主砲を放っていく。
クリフォードはミサイルによる攻撃がないことに心していた。
(さすがに判っているな。この距離でミサイル攻撃を加えても効果はない。ミサイルの使いどころは、敵との相対距離が五秒を切ったところ、つまり六十秒後だ。このタイミングなら、ミサイルは敵とすれ違う約二十秒前に到達する。タイミングを合わせて、主砲による砲撃を加えれば、敵に混を與えられる。うまく行けば、防スクリーンを過負荷に出來るから、すれ違う時の放つカロネードでダメージを與えられるだろう……あとはどうやって味方にそれを伝えるかだ……そうだ! この手があった!)
彼は通信兵曹のウォルターズに各艦への通信を命じた。
「全艦にEエコー――“旗艦に続け”の意――の指示を送れ」
ウォルターズは一瞬意味が判らないという顔をするが、すぐに復唱して通信を送った。
(これでサフォークがミサイル攻撃を開始したら、同じようにミサイルを放ってくれるはずだ。と言うより、各指揮も同じことを考えているはずだ。味方を信じよう……)
そして、掌砲手のクロスビーにミサイル発の準備を命じた。
「三十秒後にファントムミサイルを一斉発してくれ」
クロスビーは「了解しました、中尉アイアイサー」と答え、自問自答をしながら、発準備が完了していることを確認していく。
「第一発管裝填よし……第四発管裝填よし。全発管裝填確認。発準備完了」
そして、コンソールの橫の時計を見ながら、カウントダウンをしていき、全発管から同時にミサイルを放った。
「発十秒前、九、……三、二、一、発……全基発よし!」
すぐに通信兵曹のウォルターズが報告の聲を上げる。
「ウィザード発確認……ヴェルラム発確認……ザンビジ発確認……ヴィラーゴ発確認……ファルマス発確認……全艦ミサイル発しました!」
クリフォードはそれに頷き、各艦の指揮が自分の意図を理解してくれたことに安堵していた。
■■■
<アルビオン軍軽巡航艦ファルマス13・戦闘指揮所>
〇二三五
軽巡航艦ファルマス13の戦闘指揮所CICでは、何度か至近弾が掠めたものの、弱った防スクリーンでも艦に損害が出ていないことに満足していた。
そして、敵からの攻撃をけながらも、ニコルソン艦長は旗艦で指揮を執るクリフォードを手放しで賞賛していた。
(崖っぷちクリフエッジはさすがね。肝が據わっているわ。敵からの攻撃をけても反撃を命じないなんて。確かに遠距離で攻撃してもエネルギーの無駄。いいえ、瞬間的とは言え、主砲発のタイミングでは防スクリーンを開けなくてはいけない。僅かなリスクだけど、これは重要なことよ。でも、若い指揮は往々にしてそれを忘れてしまう。そして、的に反撃を命じるの。彼にはそれがない。本當に凄い子ね……)
だが、艦長のイレーネ・ニコルソン中佐は、この狀況に危機も抱いていた。
(今はまだいい。でも、この先が問題なのよ。相対距離が五秒を切った後が……今のところ、どちらにも有効なダメージはないわ。でも、近づけば近づくほど、命中度は上がるし、威力も上がっていく。敵重巡と軽巡の主砲の直撃をければ、サフォークといえどもダメージは免れ得ない。そこに敵のミサイルが殺到したら……かわいそうだけど、サフォークが生き殘るのは難しそうね……)
彼は報士席に座る若いサミュエル・ラングフォード尉を見て、軽く首を振った。
(サムにとっては友達が死ぬところを見ることになるわ。戦爭なのだから仕方が無いのだけど……)
そして、サフォークを失った後のことを考え始めていた。
(サフォークが損傷したら、私に指揮権が回ってくる。いいえ、しでも損傷した瞬間に指揮権を奪うのよ。その後はすぐにこの忌々しい訓練を終了させて通信と艦を正常に回復させる……敵との戦闘中にそれをしなければならない。短時間での勝負ね……)
彼がそう考えていると、通信兵曹がやや興気味に報告を上げてきた。
「旗艦より通信です。B1ブラボー・ワンです。攻撃を開始せよ!」
ニコルソン艦長は「主砲発」と短く、戦士に命じながら、次の展開を考えていた。
(相対距離が八秒を切ったところで攻撃開始……良いタイミングだわ。私でもこのタイミングで攻撃を開始させる。と言うことは、次はミサイルね。ファルマスにはあと二発、一回分しか殘っていない。このタイミングで撃ち込むか、更に接近してからにするか……ここは敵にしでもダメージを與えることを考えるべき。いつ、ファルマスが沈むかもしれないんだから……)
ニコルソン艦長は戦士に「スペクターミサイルの発準備は終わっているかしら」と確認する。戦士から「完了しています。いつでも撃てます」という答えが返ってきた。
彼は「了解」と答え、
「すぐにミサイル発の命令が來ます。いつでも撃てるように心積もりをしておきなさい」
戦士がそれに了解と答えたとき、通信兵曹のやや怪訝な聲がCICに響いた。
「旗艦より通信です。E1エコー・ワンです。旗艦に続け……です」
自信無げにそう報告するが、ニコルソン艦長は「了解」と頷く。そして、メインスクリーンに映るサフォークの様子を見つめていた。
サフォークがファントムミサイルを発したことを確認すると、すぐに「スペクターミサイル発!」と鋭く命じた。
アルビオン王國軍の誇る大型ステルスミサイル、スペクターミサイルが発管より出された。二発のミサイルはファルマスの三倍以上の加速能をもって、敵に突進していき、メインスクリーンから消えていった。
スペクターミサイルは敵分艦隊との戦闘でも活躍したように、三等級艦である巡航戦艦を轟沈できる破壊力を持っている。その分、搭載基數がないため、使いどころが難しい。CIC要員には、ニコルソン艦長が迷いも無く、最後のミサイルの発命令を出したことに驚いていた。
サミュエルも同じように驚くが、ミサイルの到達予定時間を見て納得する。
(ミサイルの到達予定時間が敵との最接近の二十秒前か。良いタイミングだな。敵の防スクリーンにミサイルで負荷を與えておき、主砲とカロネードで止めを刺すつもりか。考えたクリフも凄いが、あの“エコー・ワン”の命令で躊躇いも無く最後のミサイルを撃つ艦長も凄い……)
そして、メインスクリーンには味方の駆逐艦からもファントムミサイルが発されたことを映し出していた。
(どの艦の指揮も優秀だな。いや、ニコルソン艦長に倣ったというべきか……僕が生き殘ったとして、この人やクリフのような士になれるんだろうか……駄目だ。今は戦いに集中しろ!)
サミュエルは戦いに集中すべく、報士コンソールの報を確認していった。
■■■
<ゾンファ軍重巡航艦ビアン・戦闘指揮所>
〇二三五
ゾンファ軍八〇七偵察戦隊司令、フェイ・ツーロン大佐は旗艦ビアンの戦闘指揮所CICで、一向に果が上がらない戦闘に苛立ちながらも、まだ十分な余裕があった。
(敵は手負いの艦隊なはずだ。確かに重巡に損害は無かったが、それでももうしダメージを與えることができたはずだ。敵のきに計算されたものをじるな……旗艦で指揮を執る士が優秀だということか。まあいいだろう。敵に通信手段はない。ならば、一斉攻撃は不可能だということだ。危険なのは、防スクリーンにダメージを負った後の追加ダメージだ。逐次攻撃なら、防スクリーンの回復時間を稼げるから、問題は無い。あとは五秒を切った後の攻撃だ。この距離なら、我が軍の方が火力は上だ。すれ違うまでに敵の戦闘力を奪えば問題は無いだろう……)
フェイ大佐は隊形を四角錘ピラミッド狀に変えることを決めた。
「各艦に命令。隊形を“四スー”に変更。変更後は敵重巡に向けて一斉砲撃を加える」
通信擔當が了解を伝えた瞬間、敵の一斉砲撃がビアンを襲った。
重巡からの攻撃に加え、軽巡と駆逐艦からも砲撃があり、防スクリーンが白く輝く。
敵の一斉攻撃がないと考えていたフェイ大佐にとって、信じ難いことだった。
(何が起きたのだ!? 敵は通信手段を失ったはずだ。いや、また何か新しい手を考えたのかもしれん……それにしても何をしておるのだ、うちの報士は!)
そして、報擔當士に対し、敵が対宙レーザーで通信していないか確認させた。
「敵が通信を行っている可能があるぞ。敵の向を注意しろと言ったはずだ! もう一度、解析を行ってすぐに報告しろ!」
報士は確認していたと言い訳を呟きながら、再確認を始めた。
そして、二十秒後、申し訳無さそうに報告を始めた。
「申し訳ありません。敵はごく短い文字を命令に使っているようです。旗艦から二文字程度の短いデジタル信號が出されていました」
フェイは「二文字だと……暗號か……」と呟き、報士に敵の使った暗號の解析を命じた。
フェイが暗號のことを考えようとした時、索敵擔當が聲を上げた。
「敵全艦、ミサイル攻撃を行った模様! 敵ミサイルの航跡は確認できません!」
フェイはその言葉に「到達推定時刻を報告せよ!」と強い口調で命じた。
索敵擔當は焦った自分を恥じたのか、し赤い顔で「最大加速度と想定した場合、五十秒後です」と報告した。
(五十秒後か……最も激しく撃ち合っているタイミングだな。敵は六隻、最大十四発か……厄介だが、撃ち落せん數ではない……)
「こちらも駆逐艦にミサイル発させろ。よし! 隊形四スー完了だな! 敵に一斉砲撃を加えろ!」
ゾンファ偵察戦隊の三隻の駆逐艦が六発のミサイルを発し、重巡ビアン、軽巡バイホを含めた五隻の戦闘艦が攻撃を開始した。
粒子加速砲から速付近まで加速された様々粒子が、四角い柱を形作る。それはしいオベリスクのようだった。
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