《クリフエッジシリーズ第四部:「激闘! ラスール軍港」》第一話
『軽巡航艦、それは宇宙そらを駆ける駿馬サラブレッド。
その最大加速度は巡航戦艦、重巡航艦を凌駕し、搭載する大型ステルスミサイルは巡航戦艦を一撃で轟沈し得る……。
軽巡航艦はいわゆる萬能艦である。
艦隊戦ではその機力を生かして敵の側方や後方に回りこみ、大型ミサイルにより敵の戦列を脅かす。
また、その加速能と長大な航続力は、哨戒パトロール・偵察スカウト任務でもいかんなく発揮される。
武裝商船や仮裝巡航艦を凌駕する能力は、國での海賊パイレーツや緩衝星系での私掠船プライベータの討伐任務でも生かされ、これらの任務で軽巡航艦の姿を見ないことはない。
しかし、この萬能艦にも弱點はあった。
スマートな艦に重巡航艦とほぼ同じサイズの通常空間航行機関NSDとパワープラントPPが詰め込まれ、更に大型艇ランチ並みの積と質量を持つ大型ミサイルを搭載していることから、他の艦種に比べ居住に劣る。小型艦であるスループ艦に比べ容積比で十倍以上、逆に乗組員數は二倍程度でありながらも、下士兵たちはスループ艦の方が居心地がいいと斷言するほどだ。
また、防力は前面こそ同クラスの主砲に耐えられるものの、側面の防力は駆逐艦の主砲にすら耐えられないほど薄い。そのため、自慢の機力を失った狀態、すなわち、〇・〇一C速以下の低速時にはスループ艦すら脅威になるほどだ。
それでも軽巡航艦に憧れる宙軍士は多い。私も憧れを持つ一人だが、やはりしく力強い艦ふねに憧憬をじずにはおられないのだ。
……(中略)……
タウン級はそのバランスの良さから半世紀以上にわたり基本設計を変更する必要がないほど完された艦である。アルビオン王國軍士が軽巡航艦と聞き、最初に思い浮かべる艦でもある。
タウン級には多くの派生型が存在するが、その中でも最も特異な存在が、“DOE”と略されることが多いデューク・オブ・エジンバラ型であろう。
“デューク・オブ・エジンバラ”という名は本來二等級艦以上の戦艦に相応しい名であるが、その名が五等級艦である軽巡航艦に付けられている理由はただ一つ、それはアルビオン王室専用艦を表すためだ。
DOE型はその名に相応しく、艦長は慣例として大佐キャプテンが任じられる。しかしながら、SE四五一八年にその慣例が破られることになった。それも壯ともいえる新任の中佐コマンダーが艦長に就任したのだ。その衝撃は大きなものだったが、艦の主あるじたる王太子殿下以下、ほとんどの者は歓迎した。
……(中略)……
タウン級に大きく劣る戦闘力であり、王室専用艦という制限が多い艦でありながらもクリフォード・カスバート・コリングウッド中佐は優勢な敵に対し……(後略)……
ノーリス・ウッドグローイン著「ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“軽巡航艦”」より抜粋』
■■■
宇宙歴SE四五一八年十月一日の午前十時。
アルビオン王國軍佐クリフォード・カスバート・コリングウッドはキャメロット星系の首都チャリスにいた。そして今、王家の離宮で數多くの軍関係者、それ以上に多い報道関係者に囲まれている。
彼はジュンツェン星系會戦での活躍により、二度目の殊勲十字勲章、ディスティングイッシュ・サービス・クロス(DSC)を勲したのだ。
彼のに勲章を付けた人はアルビオン王國第一王位継承権保有者、王太子エドワードであった。王太子は人好きのする笑みを浮かべながら、「おめでとう、中佐コマンダー」と小聲で言った。
「ありがとうございます、王太子殿下。ですが、私は佐レフテナントコマンダーですが?」
クリフォードは王太子が言い間違えたと思っていた。彼は自分の功績ではDSCでも充分すぎると思っていたし、何より佐に昇進してから二年しか経っておらず、今回昇進するとは考えていなかった。
王太子は「そうだね。いい間違えたよ、中佐・・」と言って小さく笑った。
勲章の授與式が終わり、大広間から出ると、彼の周りに記者たちが殺到する。軍の広報擔當が「他の勲者と共に會見場で質問はけ付けます! 下がってください!」とびながら遮る必要があったほどだった。
彼らにとってクリフォードは“若き英雄”であり、國民、すなわち、顧客である“消費者”が好む絶好の“コンテンツ”だったのだ。
クリフォードは自分が若き英雄と呼ばれていることに違和を覚えながら、控え室に向かった。
控え室では妻ヴィヴィアンが出迎え、「お疲れ様でした、あなた」と言ってキスをする。
「ああ、本當に疲れたよ。何度経験しても慣れないものだ」
そう言って深く息を吐き出しながら、ソファーにを沈める。
すぐに紅茶が用意されるが、彼にそれを楽しむ時間は與えられなかった。白磁のティーカップを手にしたところで、ドアをノックする音が響いたのだ。
「コリングウッド佐、し早いですが、予定を繰り上げます。會見場にお越しください」
広報擔當の聲が聞こえ、クリフォードは肩を竦めながら、「了解した」と答えた。
「まあ、これが終われば落ち著くだろうし、もうしの我慢かな」
そう言って立ち上がった。
記者會見を終え、自宅である舎に戻ろうとした時、舊知の人が彼を呼び止める。
「午後二時に人事部に出頭よ、中佐・・」
その聲はややハスキーなのもので、彼が振り返ると、そこには小柄な士の姿があった。そこに立っていたのはキャメロット防衛艦隊総參謀長アデル・ハース中將だった。
「了解しました、中將アイ・アイ・マム」と敬禮しながら答える。そして、自分の昇進が確定していることを悟った。しかし、そのことは口にせず、別の疑問を口にする。
「総參謀長がなぜ人事部への出頭を伝えられたのでしょうか?」
ハースは笑いながら、「あら、ただのついでよ」と言い、事を説明する。
「すぐに人事部から個人用報端末PDAに正式な連絡があると思うけど、知っていたから伝えただけよ」
彼は今回の式典に司令長の代理として出席しており、クリフォードの昇進の話を聞いたため、伝えたとのことだった。
「奧方様との時間を奪って悪いのだけど、しだけ時間をいただけないかしら?」
その表はいつものコケティッシュなものではなく、真剣なものだった。
クリフォードは何があるのかと思いながらも、もう一度「了解しました、中將アイ・アイ・マム」と答える。
ハースはクリフォードを引き連れ、離宮にある応接室の一つにった。そこには王太子が待っており、クリフォードは慌てて敬禮する。
「くなる必要はない。アデルに無理に頼んだんだ。こうでもしないと君とは話す時間が取れないからね」
ハースはやれやれという表を隠そうともせず、「殿下は時々面倒なことを頼むのよ」と言ってソファーに腰を下ろす。王太子は優秀な軍人と個人的に會うようにしており、次代の司令長と目されるハースとも十年以上前から付き合いがある。また、歯に著せぬ言いをするハースだが、それを許容する王太子の度量に信服しており、口調ほど嫌がっているわけではなかった。
クリフォードは自分に何の用があるのかと考えるが、すぐに先日行ったレディバードの乗組員によるパーティの禮を言った。
「先日はありがとうございました。部下たちは皆、激しておりました」
王太子は「あれは私も楽しかったよ」と言い、「では、まずは座りたまえ」と言ってソファーを指差す。
「時間もあまりないから前置きなしで話させてもらう」
「はい、殿下アイ・アイ・ハイネス」
クリフォードがそう言って頷くと、王太子はすぐに本題にる。
「私は君に、私の専用艦デューク・オブ・エジンバラ5號の艦長の椅子を用意した」
クリフォードはいきなり専用艦の艦長と言われ、言葉を失った。
王太子の橫ではハースが小さく首を橫に振り、「いきなり言われたらビックリするわよね」と他人事のように呟いている。
「それは決定ということでしょうか」
王太子は首を橫に振るが、その顔は自信に満ちていた。
「もちろん、私には決定権はないから軍に推薦するだけだよ。しかし幸いにも軍は私の意見を尊重してくれる。だから君が斷らなければ、ほぼ決定と考えてもらってもいい。できればノーと言わないでほしいのだが」
クリフォードはどう答えようか必死に考え、そして一つの疑問に辿り付く。
(デュークD・オブO・エジンバラEは五等級艦だが、正規の大佐キャプテンが艦長になるのが慣例だったはず。私はまだ中佐にもなっていない……どう答えたらいいのだろうか……)
クリフォードの疑問がハースに伝わったのか、彼が彼の疑問に答える。
「DOEの艦長は大佐キャプテンをもって任じるって思っているでしょう? でも、明文化されたものはどこにもないの。そして、軍におけるDOEの正式な等級は五等級艦。つまり、中佐コマンダーが艦長になっても艦隊の規則に何ら抵しないのよ」
「そうなのですか……しかし……」
クリフォードが言葉を搾り出そうとすると、王太子が機先を制した。
「自分にはその能力がないとか言わないでくれよ。私だってきちんと考えた上で君を推薦しているんだからね」
「しかし……私の記憶が正しいなら、DOEの艦長は殿下の隨行艦の司令を兼ねたはずです。また、護衛隊の指揮として、宙兵隊の中佐レフテナントカーネルも兼務したかと。仮に中佐に昇進したとして、私に務まるとは思えません」
王太子はハースに視線を向けながら、「君の言った通りだね」と笑う。しかし、すぐにクリフォードに視線を戻した。
「君はターマガント星系で哨戒艦隊パトロールフリートの指揮を執り、あの厳しい狀況で武勲を挙げている。司令としての能力は充分すぎるほど証明しているよ」
「ですが……」と思わず口を挾むが、王太子はそれに構わず話を続けていく。
「次に宙兵隊の指揮としてだが、トリビューン星系では敵のベースに潛し、負傷した指揮を助けながら見事に任務を功させた。そう言えば、作戦の立案も君だったね。私の侍従武に聞いてもあれほどの武勲を挙げている宙兵隊士はいないだろうと斷言したよ。それに君は銃の名手でもある。傍にいてくれれば、私も安心できるのだが」
王太子の言葉にクリフォードは返す言葉を失った。
「諦めなさい。殿下は頑固なの。私でも説得できなかったのよ。あなたに説得は無理だわ」
クリフォードは十秒ほど沈黙した後、
「先ほどのお話についてですが、私からお答えしようがございません。命令であれば、どのような任務であろうと、軍人としての責務を果たすだけです」
その言葉に王太子が大きく微笑む。
「君らしい答えだね、クリフ。アデル、そういうことだから、よろしく頼むよ」
ハースはやれやれという表を再び浮かべると、「了解しましたわ、殿下アイ・アイ・ハイネス」とわざとらしく敬禮し、クリフォードに顔を向ける。
「今日の午後、中佐に昇進した後、示があるはずよ。前任者が準將に昇進してアルビオンに戻るはずだから、引継ぎは十日以になるわ……あなたには參謀本部で私の補佐を頼みたかったのに、本當にもう……」
ハースはそう言って王太子を睨む。
「すまないと思っているよ。しかし、私が見るにクリフは參謀より指揮に向いていると思う。彼の父上と同じようにね」
「そうですわね。確かに……」
ハースはそう言って表を緩め、士學校の同期でもあるクリフォードの父、リチャードの顔を思い浮かべた。
応接室を出ると、ハースの言った通り、人事部からの連絡がすぐにった。彼は呆然としながらその連絡に返信すると、妻の待つ控え室に戻っていった。
午後に軍本部の人事部のオフィスに向かうと、すぐに人事部長とともに艦隊総司令部のオフィスに連れていかれる。そして、司令長室にそのまま直行し、グレン・サクストン大將から中佐の信任狀を渡され、キャメロット第一艦隊第一特務戦隊、つまり王太子護衛戦隊の司令の示をけた。
普段無口なサクストンが「君には期待している」と言って右手を差し出した。サクストンが公式な場で個人的な想を述べたことに人事部長は驚くが、クリフォードは「ありがとうございます。提督」と言って、ごく自然に右手を取る。
サクストンがこういった場では事務的なことしか言わないという話は知っていたが、自分のことで頭が一杯であり、ごく當たり前の対応しか取れなかったのだ。
司令長室を出た後、人事部長は「君は大だな」と半ば心し、半ば呆れているという表を浮かべていた。
翌日、彼の舎にレディバードの元乗組員たちがやってきた。
彼が中佐に昇進したことは公表されていたが、DOE5の艦長になることは未だに発表されていないにも関わらず、ほとんどの者が知っていた。
「まさか艦長がDOE5の艦長になるとは。でも、艦長には戦闘艦の指揮になってもらいたかったですね。DOEじゃ戦うことなんてなさそうですし」
元副長バートラム・オーウェル大尉がそう言って悔しがる。
「確かにそうだ」という乗組員たちの聲が上がるが、彼はそれを誤魔化すかのように話題を変えた。
「そう言えばバートも上級士コースに行くと聞いたが? 君も遂に指揮艦を持つんだな」
オーウェルは「私には砲艦の副長が似合いなんですがね」と頭を掻く。
「副長が艦長になったら大変ですよ、下士は」とお調子者の舵長コクスン、レイ・トリンブル一等兵曹が混ぜっ返す。
「そりゃどういう意味だ? コクスン。ことと次第によっちゃ……」
そう言ってオーウェルが睨みつけるが、すぐに自分で「確かに俺の下に付いた下士連中はこき使われるから大変だ」と言って笑う。
そんなやり取りを見ながら、この仲間たちとの時間はもう二度とやってこないのだと寂しさをじていた。
(私も砲艦が合っていたのかもしれない。これほど打ち解けられる仲間とは二度と一緒になれないだろう……)
実際、次の配屬先が決まった者が多く、三週間ほど前に行われたパーティに比べると三分の一ほどしか殘っていない。
そんな寂しさをじながら、彼らとの時間を楽しんでいた。
【書籍化】斷頭臺に消えた伝説の悪女、二度目の人生ではガリ勉地味眼鏡になって平穏を望む【コミカライズ】
☆8/2書籍が発売されました。8/4コミカライズ連載開始。詳細は活動報告にて☆ 王妃レティシアは斷頭臺にて処刑された。 戀人に夢中の夫を振り向かせるために様々な悪事を働いて、結果として國民に最低の悪女だと謗られる存在になったから。 夫には疎まれて、國民には恨まれて、みんな私のことなんて大嫌いなのね。 ああ、なんて愚かなことをしたのかしら。お父様お母様、ごめんなさい。 しかし死んだと思ったはずが何故か時を遡り、二度目の人生が始まった。 「今度の人生では戀なんてしない。ガリ勉地味眼鏡になって平穏に生きていく!」 一度目の時は遊び呆けていた學園生活も今生では勉強に費やすことに。一學年上に元夫のアグスティン王太子がいるけどもう全く気にしない。 そんなある日のこと、レティシアはとある男子生徒との出會いを果たす。 彼の名はカミロ・セルバンテス。のちに竜騎士となる予定の學園のスーパースターだ。 前世では仲が良かったけれど、今度の人生では底辺女と人気者。當然関わりなんてあるはずがない。 それなのに色々あって彼に魔法を教わることになったのだが、練習の最中に眼鏡がずれて素顔を見られてしまう。 そして何故か始まる怒濤の溺愛!囲い込み! え?私の素顔を見て一度目の人生の記憶を取り戻した? 「ずっと好きだった」って……本気なの⁉︎
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