《無能力者と神聖欠陥》1 ググ/新世2000年、3月
第五會議室にいる約十名が、それぞれの機の上に置かれたリンゴとにらめっこをしていた。両手は握り締めて、機の上に置いて。銀のがついた「首」をして。
機は、メンバーの様子が把握しやすいよう、円狀に並べられている。
ググも、皆と同じように真っ赤なリンゴとにらめっこをしている。
リンゴは、百円均一の店に並んでいるようなチープなレプリカでもなく、ちゃんとスーパーや八百屋で売っているような紛れもない本だ。プラスチックや紙粘土などのレプリカのそれとは違って、リンゴは手にもってみたとすればまるで自分にプレッシャーをかけてくるかのように手のひらの上でずっしりと重い。
もう、この會に參加するのは何回目だろう。
首をし、椅子に座り、拳を作り、目と鼻の先にある、機に置かれたひとつの赤いリンゴをじっと見つめる。
これを、飽きるまで。諦めるまで続けるのだ。
ググや、他のかれらはただリンゴを見ていたくてこうしているのではない。リンゴに変化をもたらしたくて、こうしているのだ。
指一本れずに。
変化というのは、なんでもいい。ほんのしでもけばいいし、倒れたっていい。ヒビがったり、割れたりしたらもっと最高だ。
ただ今日も、何十分やってみても、ググは――かれらは――リンゴをどうすることもできなかった。
アホか。
聲には出さなかったものの、態度には出た。外して、普通に機に置くはずだった首は、叩きつけられるようにして置かれた。「やってられるか」とも言いたかったが、首が叩きつけられた音にすら反応しないくらい集中している他のメンバーには気の毒なので、ググは何も言わず、ただそっと第五會議室を出た。
『無能者開発研究會』。
それが、第五會議室で行われている會の名稱だ。
新世2000年4月。
と、言えば、ググが稚園を卒業し、小學校に學した年と月だ。
ググが生まれ育った「第二 新釜山プサン」は、「第一新首爾ソウル」には當然ないような大きな港灣があり、その港灣は「第一新釜山」まで繋がっている。他に第一新首爾にはなさそうで第二釜山にはあるようなものといえば、釜山を一できる大橋、これまでのこの國、それから海外までもの歴史における資料などが展示された歴史館、赤や青、金などできらびやかに裝飾された荘厳な寺、國一位の広さを誇る、特になにもないが海が見える公園など。
平たく言えばググの生まれ育った地は田舎、ということになる。
新世2000年の4月の一ヶ月前、3月には、もうすでに第二新釜山のあちこちに植えられた桜が咲き始めていて、そこらへんの道端にシートに座り込んだ年寄りたちが酒を飲みながらのんびり花見をしていた。
3月はまだ小學校に學もしていなかったが、3月のある日、ググはある用事のために母に連れられ、學予定の第二新釜山の小學校へと足を運んだのだった。
花見をしている年寄りたちの姿を一瞥してから、ググは母に學式でもないのに小學校になにをしに行くのかとたずねた。
すると母は「テストをするの」とだけ答えて、気まずそうにググとは顔を合わせなかった。母は、ググをその「テスト」とやらに連れて行くのにどうも気が乗っていないようで、それは當時學前のちいさな子供にすぎないググにさえもなんとなく伝わってきた。
テストとやらの容はあまり詳しくは記憶にない。が、ぼんやりとは覚えている。
まず、簡素な部屋に通されて、一人ではなく四〜五人でグループ面接のようなことが行われた。數名の教師に、淡々とと名前を聞かれたり、誕生日を聞かれたり、ごくごく簡単な容だった。他には、最近見た夢の容は? など。特に回答には困らなかった。
それからは別の部屋に通された。そこからは、集団ではなく個人でのテストだった。
一枚の木製のドアの前に立たされる。教師なのか、なんなのかはわからなかったが、白を著たに、「ここにいてください」と指示をされた。
ここにいろ、と言われただけだったが、予めテストだと知らされてここにきたので、ググはなんとなくただここにいるだけではなくこのドアを開けることを要求されているのではないか? ということに気づいた。気づいたのは、たしか數十分後くらいだったか。
「すみません」
數度、まだ小さい手でドアをノックした。こん、こん、と乾いた音がする。しかし、向こう側からはなんの返事もない。
今度は、錆がついた金の丸いドアノブに手をかけ、回し、ドアを押そうとした。が、ドアは開かない。ガチャガチャとドアノブを強引に扱っても、もちろんドアはググをその先のどこかへと招きれるために開くことはなかった。
どうすればいいのかわからず、またそこで數十分立ちんぼになっていると、先程の白のが戻ってくる。
「テスト終了です。お疲れ様でした」
當時まだただの子供にしかすぎないググの目に映る白の彼の表はあまりにも冷たく、口角はピクリともかなかった。マネキンのほうが、まだマシな表をしている。
ググは彼に何も言わず、廊下を走って學校を飛び出した。
校門を抜けると、テストから帰ってくるわが子を待つ他の父母に混じり、母が校庭の桜をぼうっと見つめながら立っていた。
ググをみるなり、母は「帰ろっか」と彼に微笑みかけて言う。てっきり、「どうだった?」とか、テストに関することが第一聲になるかと思っていたから、かえって母のことが不安になってしまった。
「僕、駄目だったみたい」
まだ結果をきいたわけではなかったが、ドアは開かなかったし、いや、開けなかったし、それになによりあの白の彼の表を見れば察しのつくことだ。
「大丈夫」母はし悲しそうに言った。「わかってたことよ」
わかってた? わかってたって?
はじめから僕に失していたということ?
もちろん、そう母にきくことなどできず、ググはただ俯く。きいて、もし母がそうだと肯定したら。俯いたまま泣くことになっていただろうから。
母はしゃがみ、ググと頭の位置を合わせて、ググの顔をのぞき込む。
「大丈夫だからね」
その時の母は、もう悲しそうな寂しそうな表はしておらず、今度は優しい笑みを口元に浮かべていた。目がいつもより下がって、瞳は潤んでいた。
母はググをそっと抱きしめた。
その母の行が、ググをめているわけではなかったということに気づくのは、彼が長してからの話だ。
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