《T.T.S.》FileNo.1 Welcome to T.T.S. Chapter1-9
9
ポイントPRDG-28。
未來への退路は斑鳩山を背負った空き家だった。
現役の民家にはない獨特の鬱さ湛えたそこは、かつてはそれなりの階級の者の家だった様で、広大な敷地には巨大な平屋と立派な蔵が建っていた。
自のWITに向け、絵は小さく指示を飛ばす。
「ASIからGospel Receptorを起」
彼の視界にゴシックを載せたメッセージボックスが現れた。
〈ASIよりGospel Receptorを実行 信レベル40% インジケーターの表示を開始します〉
5秒程表示されたメッセージとバトンタッチをする様に、彼の手元にビール瓶大の円錐形が浮かび上がった。
絵の手のきに反応してクルクルくそれは時空跳躍電波の補足度合を示すインジケーターで、網目狀の円錐とその中で揺らめく橙の不定形は、それぞれ時間のと時間跳躍電波をそれぞれ模式化している。
しばらく回した末、絵はある一點でピタリと手を止めた。
円錐の頂點から底辺に向けて真っすぐ橙がびている。
「Welding固定化」
〈固定完了 信レベル 85% ダイアルナンバーを力して下さい〉
インジケーターに重なる形で現れたイコライザーの問いに、紙園エリの到著時報告ランディングレポートを思い返して告げる。
「776」
正確な音聲認識のより、〈776〉がイコライザーに刻まれ、簡略化された時空間連絡手段の準備が整った。
「テステス、こちらG-3842就任中のT.T.S.No.3正岡絵。1892年9月21日18:57よりダイヤル776で通信中。信レベルに問題はありますか?応答願います」
絵の言葉にビクリビクリと波打つイコライザーが、緑信號グリーンシグナルの明滅と共に木枯らしよりも乾いたハスキーボイスを返送する。
〈こちら2176年8月2日13:26よりI.T.C.紙園エリ。ダイヤル776の信を確認。度に障りはなく良好。G-3842の要綱を確認します。
當通信T.T.S.No.2いかなはじめ源及びNo.3正岡絵のストレートフラッシュによるOperation Code:G-3842。
違法時間跳躍者クロック・スミス川村マリヤ確保に関する完了報告でよろしいですか?〉
「はい」
〈了解しました。T.T.S.No.3は報告をお願いします〉
「No.3了解。T.T.S.No.2いかなはじめ源及びNo.3正岡絵は該當時地にて無事違法時間跳躍者クロック・スミス川村マリヤを確保致しました。
遂行行為を目撃した該當時地人はいませんが、本狀況開始前にT.T.S.間の會話を聴取した該當時地人を一名確認。
しかし該當時の平均學力からは會話容の把握が不可能と判斷し、記憶修整処置のリスクの方を放棄しました。
総知覚報告メモリーレポートよりNo.3の跳躍先経過時間を95分と斷定。
跳躍観測時より95分後への経過時間先帰還を要請すると共に、完了報告詳細として総知覚報告メモリーレポートをそちらへ送信します」
〈I.T.C.了解。
総知覚報告メモリーレポートの信を確認しました。
120秒後、指定地點にTLJを転送します。
時間超越電波圏を保持しつつ帰還跳躍に備えて下さい。〉
「No.3了解。……ふー……あれ?」
最低限の遣り取りを終えて通信を切った絵は、自のWITの処理が若干遅れている事に気付き、プロセスを改めた。
『何これ?』
WITのプログラムメモリの中に、見知らぬプロトコルがある。
思わぬ異の発見に、表が曇った。
『視覚誤認報の暗號変換プログラム?
何の為に実裝されているんだろう?
國際人権規約に則った違法時間跳躍者クロック・スミスに対する人権配慮用の特殊ツールか何か?』
もしそうならば、確認がいる。
源のWITと照らし合わさねばと視線を転じて、思わず固まってしまった。
マリヤが源に抱き著いている。
手錠で固定された手首を源の首に回し、抱き寄せ、耳元に吐息を吹き掛ける様に。
「…………」
不意を突かれた景に一瞬意識が飛んだが、ボソボソと囁くマリヤの聲に現実に引き戻された。
「……分かった?」
ピロートークさながらの艶聲に、源が目を剝く。
やがて彼の視線は至近距離でマリヤのそれと出合い、そして。
「源、帰還準備お願い。マリヤの番は私が変わるから」
絵が口を挾む形で二人の空間を遮った。
「近えよ。ほら源、早く」
「あ、あぁ」
『何よその反応は……』
切れの悪い源の態度に、絵は懸念を懐く。
T.T.S.の面々にもそれぞれの過去があり、時には違法時間跳躍者クロック・スミスが知り合いである場合もある。
もしマリヤが源に所縁のある者ならば、釘を刺すか牽制をしなければならない。
歯切れの悪い今の源に釘を刺しても効果がめない。
よって、必然的にマリヤを牽制する事になった。
「源に何を言ったの?バディに変な事唆すのはやめなさい」
敵対の意志を剝き出しにして、絵は唸る。
だが、それをせせら笑ったマリヤは涼しい顔で牙を剝いて來た。
「あ、何?あんたT.T.S.だったの?何かギャアギャア言うだけのモブだとばっかり思ってた」
ふてぶてしくを張るマリヤの、その突き出たモノが立派で、絵の機嫌は尚悪くなる。
『調子に乗るなよこの短足』
絵の中でのプライドが発火した。
「私はアンタなんかに認められたくてT.T.S.やっている訳じゃないの。私は私の為に、アンタみたいな馬鹿を捕まえたっていう結果がしくてこの仕事に就いているの。知らないなら教えてあげるけど、T.T.S.は二人一組ツーマンセルが基本なの。だからバディに余計な事すんなって言っているのよ、分かったか?短足売」
「絵待て、ちょっと落ち著け」
「源は黙っていて……」
宥める源の聲が返って神経を逆でる。
だが、突っ撥ねたところでマリヤの思う壺。
再び強い糾弾が返って來た。
「あ~あ~、自分でバディがどうのとか言っといて気遣われたら撥ね付けるってホントどうなの?言不一致よあんた。ねー源、こんなのといると優秀な腕がホント臺なしになっちゃうからさ、私と付き合ってよ、ね?」
チラチラ向けられる分かり易い侮蔑の目線が、慘たらしい程絵の自尊心を踏み躙る。
建前も面も放り投げて、彼は唸った。
「うるせぇって言っているだろ短足!」
直後、バチィ!!!!!!!という音と共に、マリヤの背後で紫電が走った。
それは、源がマリヤ捕獲に用いた破滅との握手シェイクハンズ・ウィズ・ダムネーションの効果。
地殻下にあるモホロビチッチ不連続面から発見された新元素製グローブは、優れた帯電と伝導を有する。
グニャリと力したマリヤの郭が、閃に焼かれた網に沈む。
ぼんやり霞む景の奧から、源の聲が響いた。
「ごめんな絵。俺は大丈夫だ。だからもぉ、お前は口を汚すな」
表の全容こそ窺えないが、聞こえる語気には冷靜さが戻り、僅かに窺える口元はいつも通りの微笑みに縁取られていた。
ふと、絵は既視を覚えて目を細め、忘れたくとも忘れられないあの日を見詰める。
「そう……」
それは、源と絵が初めてバディを組んでいた、乾いた夏の日。
時間は、今この時より、279年も後の事。
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