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JR渋谷駅のハチ公像前と言えば、世界に名立たる人口集地帯に他ならない。

それは、この時代に生きる日本人には常識であり、疑問を差し挾む余地もないだろう。

ただ、それは當時の人々にとっての“常識”であって、決して遠い未來の“常識”ではない。

『ウンザリするわね、この人の數』

白い糸のセーターに、クリームのコートを著込み、灰のプリーツスカートから高デニールの黒タイツをスラリとばし、焦げ茶のハイカットブーツと結ぶ。

シックでらしい服裝にを包んだは、ピンクのマフラーに溜息を吐き出す。

白く濁った吐息が、長い髪の先と遊んだ。

それは所在のない時代に潛り込んだ彼自にも似て、空っ風にもみくちゃにされて行く。

十人が十人振り返る抜群のプロポーションと、同すらハッとさせる貌を持つ彼の名は、正岡絵。

遠く2981年から遣って來た正真正銘の未來人であり、タイムマシン犯罪を取り締まるICPOお抱えの組織、T.T.S.の栄えあるNo.3だ。

この時代のこの場所に立っているのは、無論任務の為であり、対象となる違法時間跳躍者クロック・スミス出現に向けて絶賛待機中のである。

故に、斷続的に聲を掛けて來る輩を適當にあしらいつつ、絵は潛伏扮裝の小道に耳を當てた。

「寒……そろそろ時間だけど。今どこ？」

見上げたQFRONTの1200インチモニタには、一どういうアイドルグループなのかは知らないが、サンタ服にを包んだ大勢のがチキンを食べている。

そのアイドルの誰よりもスタイルもルックスも良い絵だが、しかし、次の瞬間にはその鋭い切れ長の目を尖らせた。

「……ちょっと、何か言いなさいよ」

相棒バディの返答が來ない。

舌打ちしたい気持ちをグッと堪えながら、スタンドアローンのスマホを弄る振りをしつつ、腕型の端末、WITにアクセスする。

視神経に直接介して映し出されるアプリケーションで相棒バディの気配を辿ると、すぐに居場所はキャッチ出來た。

今正に見上げているQFRONTからだった。

モニタでは、センターを勤めているのだろうアイドルが、コケティッシュで薄っぺらな笑顔を浮かべている。別に恨みがある訳でもないが、無意識に彼を睨んでいた。

「……こりゃ遊んでるな」

自の相棒バディがどういう人間かはよく知っている。

だから、こうなる事もある程度は予想していた。

「まあ今回は人払いも糞もないし……仕方ない……訳あるか」

だが、これは仕事だ。それを疎かにする事は、彼のポリシーに反する。

「仕方ない、蹴りに行くか……全力で蹴ってやる」

世話の掛かる相棒バディを些か暴力的に激勵しようと、絵はスクランブルにを投じる。

そこに、やっと返信が來た。

ただし。

〈“ジカンになったらちゃんといくからまってろ”だって〉

その聲はいのだった。

「……ふーん、そう……紫姫音ちゃん、絶対そこくなって伝えておいてくれる？あと、貴は基本的に裏返っちゃ駄目よ？分かった？」

一応、念の為、在らぬ誤解を読者諸賢に生まぬよう當たり憚らず言っておくと、絵の相棒バディはこの聲の主ではない。

では、一は何者なのかと言うと。

「りょーかいしましたー」

「へ？……」

思わず、スクランブルのど真ん中で立ち止まってしまった。

QFRONTの巨大モニタで紫のサイドテールヘアを揺らして敬禮するの姿があった。

高くスラリとした鼻筋に、二重瞼の大きな目がクリクリと絵の姿を捉えている。

瞬間、自分でもの気が引くのが分かって、慌てて絵はんだ。

「な！ちょっ！駄目でしょ！勝手にモニタに出ないの！」

「？……はーい」

心底不思議そうな表で首を傾げたは、それでも何とか言う事を聞いてくれ、不本意な表でフレームアウトする。

何とか窮地をし、をで下ろす絵だったが。

「何今の？」「新メンバー？」「ネットアイドル？かわいいけどガキだったな」「そうか？俺割りとイケたぞ」「きゃわたん！きゃわたん！」「ロリぺったん！」

スクランブル周辺は巨大なモニタに現れた紫髪のに沸いていた。

一部犯罪臭い奴がいたが、今は目を瞑るしかない。

今し方一瞬寫り込んだパッチリお目々のの名は、紫姫音。

未來の技によって生まれた亜生インターフェイスFIAIと呼ばれるOSである。

普段はユーザーの延髄に埋め込まれたμ単位のチップで視覚や聴覚に直接報を反映させてユーザーと意思疎通を図っているが、WIT本の分子構造を組み替える“裏返し”と呼ばれる技で仮初のを現出させる事も出來る。

無論、WITは基本的にオンラインであり、時を超える際にはオン・オフをしっかり切り替えるのは當たり前なのだ。

だからこそ、絵は前もって電子に“裏返るな”と注意したのだが。

『何でスタンドアローンにすらしてないのよ、あの馬鹿は！』

ガサツで不真面目で、おまけに無遠慮かつ無配慮な気分屋の相棒バディが、ここまで気を回していないとは思わなかった。

お蔭で、電子は未來のエンコードでもって好きな様にこの時代のセキュリティを荒らし、あらゆる報端末を電車で車両移をする要領で回った様だ。

「紫姫音ちゃん……一応言っておくけども、痕跡は全部消しておきなさいよ。あと、もう勝手に侵クラックしちゃ駄目よ」

頼りにならない紫姫音の主バディに代わり、絵はWITに向けて小聲で釘を刺す。

〈わかったー〉

首筋から骨伝導で伝わる応答を一旦信じ、足を速めた。

『取り敢えずあの馬鹿とっ捕まえないと落ち著いて任務に當たれないわね』

任務が一つ増えた様で、眩暈がする。

とにかく、任務開始まで時間がない。

いよいよ本気で走り出そうかと、前傾姿勢になった。

その時。

『いた……要確認対象』

QFRONT一階に展開するTHUTAYAの前、心底つまらなそうな表でスマートフォンを弄る一人の。

絵に並ぶとも劣らない貌とプロポーション。

否、部分的には完全勝利している彼は、そのかなに垂れるバーバリーのマフラーをたくし上げる。

城野夕貴。

2014年12月24日18:17。

星降る聖夜の中。

彼は殺される。