《終わった世界の復讐者 ―僕はゾンビをってクラスメイト達に復讐する―》第18話 居場所
  高校から逃げ出した安藤は、鍵が空いていた近くの一軒家に逃げ込んだ。
慣れない家でドアの鍵を閉めて、ありとあらゆる窓の鍵を閉めて、安藤は布団の中に潛り込む。
「……っ」
先ほどまでの景が、目に焼きついて離れない。
もし、あの化けが自分の上に覆いかぶさっていたら、どうなっていたのか。
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
一歩間違えば死んでいた。
今自分が生きているのは、ただ運がよかったからだ。
安藤にとってゾンビは脅威ではないが、人間にとっての脅威はゾンビだけではないのだということを、改めて認識する。
それに、気の狂った人間も恐ろしい。
こんなことになってしまった世界なら、元々正常な思考の持ち主だった人間が狂ってしまった、などということもあるだろう。
確実に生き殘る方法を、考えなければならない。
結局、安藤はそのまま一睡もできずにその夜を明かした。
「ここか……」
翌日。
安藤は、近くの小學校へとやってきた。
案の定、ここにもそれなりの數のゾンビがうろついている。
それらを無視して、安藤は足を進める。
近隣住民の避難場所になっているであろうここならば、生き殘った人間がいるかもしれない。
そう考えての行だった。
……正直、子供はあまり好きじゃない。
避難民の中に小學生くらいの子供がいたら軋轢あつれきが生まれそうではあったが、それは実際にそうなったときに考えればいい。
……とにかく、このまま一人でいたら、気が狂ってしまいそうだ。
自分の存在を認めてくれる人間がしかった。
手土産に、食糧を持てるだけ持ってきた。
既に、パンデミックから二日が経過している。
何もない場所に篭城しているのなら、そろそろ食糧も心もとなくなってきている頃だろう。
「しかし、どこにいるんだこれ……」
小學校と言っても、その広さはなかなかのものだ。
生存者を確認するためには、教室を片っ端から回っていくしかなさそうだった。
「暑っつぃ……」
照りつける太が、容赦なく安藤の力を奪っていく。
秋の訪れは、まだ當分先のことになりそうだった。
とりあえず、避難場所のイメージがある育館へと足を向けてみた。
鍵はかかっていなかったので、そのままる。
「うお……ゲホゲホっ!」
耐えがたい悪臭に鼻を刺激され、安藤は噎むせてしまう。
育館の中には、おびただしい數のゾンビたちがいた。
おそらく、ゾンビウイルスについての報もまだ出ていない段階でここに避難していたのだろう。
そこから染が広がったようだった。
避難してきた人たちのものと思われる荷も多あったが、こんな空気の中ではる気にもなれない。
ここは、まともな人間にとっては、ただそこにいるだけで力がどんどん奪われていく空間だ。
安藤は、早々に育館を後にした。
育館の次は、校舎に向かう。
教室ならば、一部の特殊な教室や廊下の手洗い場からは水が出るし、食糧もある程度は備蓄されているはずだ。
幸いにも一階の正面玄関のガラスが割れていたので、そこから侵することにした。
小學校の中は、外と比べるとゾンビの姿がない。
もっとも、安藤にとってはゾンビが多かろうがなかろうがあまり関係はないのだが。
し足を進めると、安藤の視界に奇妙なものがってきた。
「うわ……なんだよこれ」
教室の中は、ゾンビでいっぱいになっていた。
南京錠で鍵がかけられており、中からはもちろん、外からもそう簡単には開けられないようになっている。
しかし、廊下に面した窓ガラスを割れば、簡単に出てこられそうだ。
ゾンビを閉じ込めているにしてはし心もとないが、小學校にある程度の資材では、これ以上の強化は行えないのだろう。
安藤はそれらを視界の端に収め、二階へと向かった。
「お?」
二階へと続く階段の途中に、バリケードがあった。
大量の機が、ロープで補強されて高く積み上げられている。
普通のゾンビなら、突破するのはほぼ不可能だろう。
幸いにも階段の途中だったので、手すりの部分にうまく足をかければ比較的簡単にバリケードを突破することができた。
「――くな」
「――っ!?」
二階の廊下に足を踏みれた直後、暗がりから男の聲がした。
慌てて振り向くと、サバイバルナイフを持った男が、安藤のに刃を突き立てていた。
「……っ!」
「荷を床に置け。全部だ」
「……わ、わかりました」
元より、ここにいる生き殘りの人間たちと敵対するつもりはない。
安藤は、持ってきた荷を全て床に置いた。
「……じっとしとけよ。しでもいたらお前を刺す」
安藤はこくこくと頷く。
サバイバルナイフを持った男は、懐から手錠を取り出すと、安藤の両腕にそれを裝著した。
「……手荒な真似をしてすまない。新しい人間がここに來た時は、これをしなければならない決まりになっていてな」
「いえ……大丈夫です。そのくらい警戒しないとやってられませんよね」
安藤が男の行に理解を示すと、男の方もしだけ肩の力を抜いたようだった。
男の後をついて行くと、彼はすぐに教室の前で立ち止まった。
「東あずまさん。侵者を連れてきました」
「れ」
「失禮します」
低く太い聲で室を許可されると、男は教室のドアを開き、中へった。
安藤もその後に続く。
教室の中には、ガタイのいい男が一人、パイプ椅子に腰かけている。
機や椅子などは一切無い。
椅子はについてはよくわからないが、機はバリケードを作る際に使ってしまったのだろう。
男は安藤たちのほうを一瞥いちべつすると、その口を開いた。
「で、どういった要件だ?」
「ありがとうございます。ここに來た理由は、俺をここで生活している集団にれてほしいからです」
「ほう。それで?」
男は無表のままだったが、安藤は言葉を続ける。
「俺は外から食糧や、その他の資を調達して來れます。もちろん、そのかばんにっている食糧もすべて差し上げます」
「……なるほど」
そこまで言うと、男の表が変わった。
それまでの無関心から、奇妙なものを見る目へと。
「しかし、わからんな。一人で資を調達できるなら、一人で生活すればいいではないか」
「……一人だと、々と不便なことが多いので」
あの化けのことを言うつもりはなかった。
孤獨に押し潰されそうになって、心の底から他人とのつながりを求めていることも。
男はしばらく黙っていたが、やがてし顔を上げて、
「……わかった。お前を俺たちの仲間としてけれよう。ここへの滯在を許可する」
「あ、ありがとうございます!」
思いのほかあっさりと承諾されたことに拍子抜けしながらも、安藤は男に頭を下げる。
「でも、本當にいいんですか? えっと、東、さん?」
「……お前は、自分を助けてくれだの、食糧を渡してくれだの、そういったことは一切口に出さなかった。ただ淡々と、自分をここに滯在させてほしい旨と、自分をこのグループにれることのメリットだけを話していた」
それがここに滯在することを許可した理由だ、と東は言った。
どうやら、東はかなり合理的な考え方の持ち主らしい。
奇妙な威圧と相まって、それが彼がリーダーとして慕われている理由にもなっているようだった。
「ふむ。それなら……そうだな、し待っていろ」
東は、何やら仲間の男に指示を出し、教室の外へと送った。
しばらくすると、その男が一枚の紙を握りしめて戻ってくる。
「早速だが、ここに書いてあるものを調達してもらいたい。……やれるな?」
「や、やれます!」
男からけ取ったリストに目を通したが、小學校の近くで調達できるものばかりだった。
量にしても、それほど多くはない。一人で持ち運んでも苦労はしないはずだ。
おそらく、これは安藤が使えるか否かを試すテストなのだろう。
それならば、何が何でもクリアしなければならない。
「それじゃあ、行ってきます」
手錠の拘束を外されると、安藤はすぐに出発した。
「――すげぇなお前! あんなゾンビだらけのところを一人で……」
食糧を持って帰ると、男たちは喜んだ。
安藤は、リストに挙げられているものを一つもらさずに調達してきたのだ。
その日の夜は、ちょっとしたパーティーが開かれた。
安藤が持ってきた食糧が振る舞われ、教室の中は明るい空気に満ちている。
驚いたのは、ない數ではあるが、ここには子供も多はいたということだ。
パーティーの會場となった教室には、晝間には見かけなかった若いの姿もあった。
どうやら、や子供は奧の教室に隠されていたらしい。
まあ、見知らぬ人間が來た時のために、子供を匿かくまっておくのは妥當な判斷と言えるだろう。
「何しけたツラしてんだよ安藤。ほら、お前も飲め!」
「うぉっ!? あ、ありがとうございます」
既に酒に呑まれて出來上がっている男から、ビールを渡された。
ほとんど強制で、それを飲まされる。
「どうだ? 旨いだろ!」
「……ええ。味しいです」
正直なところ、安藤はあまり酒が好きではない。
しかし、今この瞬間に男に貰った酒は、妙に味しくじた。
それはおそらく、安藤にとっての新しい仲間たちと共に、同じ時間を共有しているからだ。
安藤にとって、それはとても幸せな時間だった。
「――安藤」
「……ん? え? ……なんすか?」
教室の中で睡していた安藤は、を揺すられる覚に目を覚ました。
「あ、どうも……」
目を開けると、そこには見覚えのある男の姿があった。
安藤を拘束していた見張りの男だ。
「どうしたんすか? こんな時間に……」
まだ辺りは暗い。
朝が來たから起こされたわけでもなさそうだった。
「えっと、な」
男は、し言い淀よどんでから、その口を開いた。
「これから、お前をいいとこに連れてってやる」
「え? いいとこ、ですか……?」
「わかってるさ。獨占なんてしねえよ。俺たちは今日から兄弟だ」
「は、はぁ」
そう言うと、男は教室から出て行ってしまった。
なにがなにやらわからないまま、安藤は男の後をついて行く。
「さぁ、著いたぞ」
「著いたぞ、って……」
男が立ち止まったのは、一番奧にある教室だった。
「何なんです? この中に何かあるんすか?」
「耳を澄ましてみろよ。何か、聞こえてこないか?」
そう言われたので、耳を澄ましてみた。
「……あれ?」
何かが、聴こえてくる。
男との聲、そして……。
「っ……!」
それは、何か本能的な衝を呼び起こす音だった。
その音の正に気付かないでいるうちに、男が教室のドアを開けた。
そして、
「……なんだよ、これ」
何人ものたちが、男たちに組み伏せられていた。
「…………」
あまりにも非現実的な景を前にして、安藤の思考回路は完全に止まってしまっていた。
しばらくして、ようやく言葉を発することができるようになった安藤は、疑問の聲を上げる。
「こ、これって犯罪じゃ……?」
「……あ? 犯罪? そんなもん、こんなになった世界で誰が気にするってんだ?」
ケロっとした顔で、男が答える。
その答えを聞いて、安藤の中で何かが音を立てて崩れ落ちていったのをじた。
……そうだ。その通りだ。
わかっていたことじゃないか。
正常な倫理観。
そんなもの、この壊れてしまった世界では、なんの役にも立たないものであるということなど。
「さあ、こいつなら、今は空いてるから」
男はそう言って、教室の隅のほうでうずくまっていた、一人のの手を摑んだ。
その瞬間、安藤はの顔を見た。
二十代後半ぐらいの、それなりに顔の整っただ。
安藤は、自分の間にが集まっていくのをじていた。
「や、やめ……」
「拒絶するのか? いいぜ、それならお前の娘を使わせてもらうだけだからな」
「っ……! そ、それだけはやめてください……」
男の視線の先には、まだ年端もいかないようながうずくまっている。
顔が似ているので、おそらく親子だろう。
「わかればいいんだよ、わかれば。ほら、安藤も早くげよ」
男は笑顔で、安藤にそう呼びかけた。
……ここは天國なのか、それとも地獄なのか。
まともな神経を持っている人間なら、それは地獄に見えることだろう。
「ひっ……」
だが、安藤には、ここは天國に見えた。
の、その怯えた目がたまらなかった。
のにれると、安藤の中にあった不安が、一気に薄らいでいくのをじた。
に包まれると、今までの人生の中でじたことのないほどの幸福に包まれた。
生きているという実をこれ以上に得られる行為など、存在するはずがない。
安藤の心の中が、幸福で満たされていく。
「…………」
ふと、教室の隅にいると目が合った。
この世界のすべてに絶したような、あまりにも暗いをその瞳に宿している。
安藤はそれを見なかったことにした。
こうして安藤は、自分の居場所を手にれた。
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