黒の下で食い散らかされる年を見て、ユリは戦慄に支配されていた。

そして今、化けの魔の手は、他の男の子たちにもびている。

「く――そっ！」

もたもたしてはいられない。

男の子の一人に巻きつく手をなんとか外そうと、ユリが腕に力を込める。

だが、緩みこそするものの、手が男の子から外れる気配はなかった。

それならばと、ユリはその手に噛み付いた。

「……！？」

から染み出す淡い塩味と、タコのような食に、ユリは困する。

それを無視して、ユリは男の子に絡みついていた手の一本を噛み千切った。

噛み千切られた手は、地面に落ちてもなお、うねうねといている。

その景に生理的な嫌悪を覚えながらも、ユリは年に巻き付いている手に歯を立てていく。

やがて全ての手を噛み千切ると、年は拘束から解放された。

「あ、ありがとう……」

「いい。それより、ほかの子たちを――」

ユリがそう言い終わる前に、目の前の年のに、太い手が突き刺さっていた。

驚愕の表で固まっている年はその場に崩れ落ち、再び手で足を絡め取られる。

そしてそのまま、黒っぽい布を被った化けの布の中へと連れて行かれた。

そしてまた、耳障りな咀嚼音そしゃくおんが、ユリたちの鼓を叩き始める。

「…………ッ！！」

助けられなかった。

その事実が、ユリの中に突き刺さる。

「ユリちゃん！　逃げなきゃ！」

「ダメ……。まだ、あの子が――」

まだ、手に捕らわれている男の子が一人いる。

今ならまだ間に合う。

助けなければ……！

「あなたは、逃げて」

「ダメ！　ユリちゃん！」

ユリはを置いて、いまだに手に拘束されている男の子のところへと向かう。

はしの間迷っていたものの、すぐに屋上から二階へと下りていった。

「だいじょうぶ！？」

「あ……ぁあああ……」

男の子は、涙を流しながら放心したような表で、その場に座り込んでいる。

よく見ると、ズボンがビショビショに濡れていた。

幸いにも、化けは先ほど捕まえた二匹の獲に夢中で、こちらに関心を向けている様子はない。

ユリは男の子に絡みついている手を噛み千切り、男の子の拘束を解除する。

そして、いまだに泣きじゃくる男の子に向かって、屋上のり口を指差した。

「あそこから逃げて。もうすぐ、助けが來るから」

「うっ……うう……ひっく……」

ユリがそう言うが、男の子は腰を抜かしてしまっているようで、その場からけそうにない。

涙も止まらないようで、會話もまともにり立ちそうになかった。

仕方がないので、ユリが屋上のり口のところまで引っ張っていこうとしたが、

「……あれ。おかしい、な……」

なんだか、妙に重い。

この前までは、人間の一人ぐらい楽に運べたはずなのだが、今は腕にそこまで力がらない。

とはいえ、男の子を引きずっていくぐらいのことはできるので、なんとか男の子を避難させることはできた。

屋上のり口のところまで來たが、まだ助けが來る気配はない。

しかし、もうすぐだろう。

おそらく、ユリ一人ではあの化けを殺し切ることはできない。

もう避難させる人間がいない以上、ユリにできることは一つだ。

――助けが來るまで、できるだけ補給させてもらうことにしよう。

そう思い、ユリは化けに向き直った。

ユリの視線に気がついたのか、黒を纏った化けが、ユリのほうに意識を向ける。

「……あなたは、なんなの？」

化けは答えない。

ただ、そこらじゅうにばした手をうねらせるだけだ。

ここまで來ても、ユリには化けの正が完全には摑めないままだ。

ユリが噛み付いたにもかかわらず、化けがゾンビ化する気配はない。

ということはなくとも、この化けは人間ではない。

……しかし、やはりそういうことなのだろうか。

この終わってしまった世界を、我が顔で平然と闊歩かっぽできる存在など、ユリは一つしか知らない。

だから、

「――食べて、あげるね」

ユリがそう宣言すると、化けは怯えるかのようにを震わせる。

そんな化けの挙を確認することなく、ユリは飛び出していた。

この前までと比べてキレは無いが、それでも化けがばしてくる手に捕まるほど遅くはない。

ユリを拘束せんとく手は、逆にユリのきに翻弄されていた。

「はぁ――っ！」

ユリが手に噛みつき、そのままそれを噛み千切る。

今度は、僅かな抵抗もなかった。

「――ッ！！」

それを咀嚼すると、今まで足りていなかったものが、補給されていく覚を覚えた。

力が漲みなぎる。

しっかり噛み砕けば、口の中で手がくこともない。

そのまま嚥下えんげし、久々のの味を楽しんだ。

気分が高揚している。

高揚しているのに、心の奧底のほうは冷たいような、そんな覚。

ゾンビに混じって生活を送っていた、あの頃に近い覚。

――もっとしい。

ユリの脳裏に、そんな考えが浮かぶと、

「――オラぁああああ！！」

ユリの目の前で、手が切斷された。

銀の軌跡がユリの目の前を過よぎり、ユリの隣に一人の年が現れる。

「無事か、ユリ！？」

「……だい、じょうぶ」

鬼気迫った表のトバリに返答しながら、ユリは周りの様子を伺う。

トバリの他にも、何人か男が來ている。

たしか、三田とかいう男と、トバリの復讐対象である城谷と辻だ。

「よし。もう大丈夫だからな」

「……うん」

トバリに頭をポンポンとでられると、ユリは心が溫かくなった。

それと共に、さっきまでじていた冷たい覚が消える。

「…………」

しかし、ユリはしばらくがおあずけになったことに、僅かな不満をじていた。