城谷と辻が死んだ。

あまりにもあっけなく。

「あーあ。汚れちまったよ。亜樹さんから新しいのを貰わねえと……」

春日井は今しがた殺した城谷と辻ではなく、自の服裝について気にしているようだった。

見れば、白かった法も赤に染まり、靴も先ほどの踏みつけで破損してしまったようで右足だけ足になっていた。

それが暗に、春日井の踏みつけの威力の高さを語っている。

今までの暴力などほんの遊びに過ぎなかったのだと、トバリははっきりと理解した。

復讐対象だった城谷と辻が死んでしまったが、トバリの心の中を支配していたのは形容しがたい空虛だった。

城谷と辻を殺されてしまったことが、そこまでショックだったのだろうか。

今のトバリにはよくわからなかった。

「さてと」

春日井がトバリのほうを見る。

その表には喜が満ちていた。

「で、どうする？　どんな死に方をしたい？」

手を鳴らしながら、春日井がトバリのほうに近づいてくる。

ぴちゃぴちゃと、まみれの素足が床を叩く音が響いている。

トバリはただ黙っていた。

自分の中で、何かが咲きかけているような覚がある。

「俺のプランを教えてやろうか？　それじゃあいってみるか」

その答えが出せないまま、春日井がトバリの目の前に迫っていた。

「まず、右腕の関節をへし折ります」

春日井がトバリの右腕を持って、肘の方向に勢いよく折り曲げた。

骨と筋が千切れる嫌な音と共に、トバリの右腕が使いものにならなくなる。

「左腕も同じようにします」

左腕にも似たようなことをされ、トバリの両腕は完全に使いものにならなくなった。

もちろん、これだけで終わりなはずもなく。

「つぎに両腕をねじり取ります」

春日井がトバリの右腕を捻ると、あっけなく腕が千切り取られた。

おびただしい量のが流れ、春日井の法もトバリののに染まっていく。

次に、トバリの左腕も同じような千切り取られた。

トバリの両腕を千切った春日井は、それを見て満足そうな表を浮かべている。

だがすぐに飽きたのか、適當にその辺に捨てた。

トバリにも、痛みがないわけではない。

ただ、それがどこか遠い場所での出來事のようにじられる。

現実がない。

「次は足」

春日井はそう言うと、辻にやったようにトバリの腳を思い切り踏み付けた。

先ほどの景の再來のように、トバリの腳が果実のように弾け飛ぶ。

トバリのから、生命とも呼べるものが溢れ出していく。

ここまでを破壊されたら、生命活を維持することも難しい。

「……なぁ、さっきからなんで黙ってんだ？　もうあとはお前の腹を蹴破るだけだから、何か喋るとしたらこれが最後の機會になると思うんだが」

春日井がそう言うが、トバリは答えない。

自の中に芽生え始めたものを意識するのに一杯だったからだ。

「そうか」

春日井はそれだけ言うと、トバリのを思い切り踏み潰した。

肋骨と肺が破壊され、その奧にあった心臓も強すぎる圧迫にその役目を終えてしまう。

が終わったら次は腹部だ。

春日井はそう言いたげな様子で、トバリのをひたすらに踏み潰し、破壊する。

何度も何度も踏みつけ、完なきまでに破壊する。

既にトバリの息はなかった。

「本當にグチャグチャだなぁ……。さすがの俺でも、ここまでひどい死は見たことねえよ」

春日井はそう言って笑い、塊の隙間から顔を覗かせている無明の球を拾い上げる。

『王冠ケテル』のセフィラだ。

「じゃあな、カス共。しは楽しめたぜ」

春日井はその球を握り締め、撤収することにした。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

その様子を、トバリは無明の球の中から無に見つめていた。

トバリのは、春日井によって完なきまでに破壊された。

ならば、今のトバリは一何者なのだろうか。

セフィラの中に、魂だけが殘されているとでも言うのか。

「僕、は」

人間ではない。

にまみれた臓が味しそうだと思うトバリが、人間であるはずがない。

つい先ほどまで自分と同じように生きて話していた人間のを味しそうだと思うなど、人間であるはずがないのだ。

そうだ。

トバリはもう、あの日から人間ではなくなっていた。

剎那に殺されたにもかかわらず、二度目の生をけた、あの時から。

……トバリの正。

いや、セフィラの正とも言えるものが、今のトバリには何故か理解できる。

が破壊され、トバリ自があまりにもセフィラに近づきすぎたせいだろう。

『知恵コクマー』が言っていたのは、こういうことだったのだと、今ならすんなりと理解することができた。

――神は、人類をより優れた、新しいカタチに作り替えようとしているのだと。

セフィラは、新しいヒトとしての適を持つ者の中に発生する。

適を持たないものは、セフィラウイルスによってゾンビと呼ぶべきものに変貌してしまう。

つまり、トバリ達は神からセフィラを與えられたことによって、全く新しい種族として生まれ変わったのだ。

新しい人類の一人として。

『資格』とは、新しい人類としての自己の知覚。

『資格』があるかないかというのは、それができるかできないかの違いだったのだと。

それを理解した今、トバリには神の聲が聞こえる。

『卑しい猿共を殺しなさい』という、慈に満ちた囁きが聞こえる。

もしかすると、神を語る悪魔の聲なのかもしれない。

そんなものはどちらでもよかった。

トバリは考える。

自が一何者なのかを。

その答えは、すぐに出た。

「……僕は、復讐者だ」

セフィラや新しいヒトなど関係なく、トバリは復讐者だった。

あの日、このゾンビだらけになった世界で、トバリを地獄に突き落とした人間たちに復讐すると誓った。

その中には、『慈悲ケセド』である春日井や、『ティファレト』である亜樹も含まれている。

だが、それが何だというのか。

セフィラを持つ者同士だからといって、それが敵対しない理由にはならない。

トバリ自のために、『王冠ケテル』の力を使う。

そして、生き殘っている春日井と亜樹、まだ見つかっていない佐々木と中西を殺す。

それが正しいのだ。

「……まず、目の前にいるこいつからだな」

トバリは上を見上げると、その表を歪める。

それは、先ほど春日井が浮かべたものとよく似ていた。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

「――あ？」

その時、春日井は自分の腕の違和に気付いた。

あまりにも大きな喪失に、春日井の顔が驚愕に歪む。

右手がない。

たしかに『王冠ケテル』のセフィラを握りしめていたはずの右手が、どこにもなくなっている。

それどころか、春日井の左手が右手を握りつぶしているのだ。

「は……ぁ……！？」

遅れてやってきた激痛に耐えながら、春日井は何が起きているのか考えを巡らせる。

自分で自分の腕を握りつぶすなど、自分の意思ではあり得ない。

どう見ても異常な事態だ。

「……あぁ？」

必死に頭を回転させる春日井の後ろで、何かがいた気配があった。

そんなはずはない。

三人はさっき、しっかりとを破壊し盡くしたはずだ。

セフィラをもってしても、生き返ることは葉わないほどの悲慘な狀態の死にしたのだ。

他でもない春日井自が。

「……味いな」

それなのに、聞こえてはいけない聲が聞こえた。

慌てて後ろを振り向く。

「なっ……」

先ほどまでだんまりを決め込んでいたはずの夜月が、まるで何事もなかったかのように立っていた。

何事もなかったかのようにというのはし語弊があるだろう。

その服は無殘にも破れており、全だらけだ。

特に、先ほど春日井が潰した部位の損傷は激しい。

それはまるで、急遽その場で繋ぎ合わせたかのような、そんな歪さを持っていた。

彼の左手には、の塊が握られている。

それが春日井の右手だということに気付くのに、そう時間はかからなかった。

「なんだ、お前……それは……」

春日井の理解の範疇を超えている。

いくらセフィラといえど、あんな狀態になった死を生き返らせることなど不可能なはずだ。

……ならば、春日井の目の前にいるこれは一なんなのか。

「僕は、――王冠の『王冠ケテル』」

夜月――『王冠ケテル』が、そう名乗った。

その名前が告げられた瞬間、春日井のは無意識のうちに『王冠ケテル』に跪ひざまずきそうになった。

そのあり得ない事態の連続に、春日井の頭は理解が追いつかない。

「春日井。いや、慈悲の『慈悲ケセド』」

必死に今の勢を維持しようとしている春日井とは対照的に、『王冠ケテル』は自然だった。

ゆえにその後に続く言葉も、なんでもないことのように放たれたのだ。

「僕自の復讐のために、お前を殺す」