５ ４月１５日　母と子

「太、進路どうするの？」

憂鬱な気分で學校から帰宅した太に対して、彼の第一聲がそれであった。

太は溜息を吐き、そんな言葉を投げ掛けた神谷波絵かみやなみえの姿を橫目で窺った。

彼はテーブルに腰掛け、何やら家計簿のようなものを開いて、カリカリと電卓片手に記帳している。

「母さんの悪いようにはしないよ」

太は呆れ混じりの聲で返した。

波絵は太の母である。

太はい頃に父を亡くした。

それ以來、寂しい思いを太にさせないようにしつつも、自の友関係や、近所付き合いなどもそつなくこなし、一人手で太を育ててきた。

そのせいもあるのか、波絵は日頃から太を必要以上に気に掛けることが多かった。

今の狀況がその「必要以上」に當たるのかどうなのかはわからないにしても、太は鬱陶しいとじてしまう日も沢山あった。

太は母・波絵を一人の親の形として尊敬するようなを持ち合わせてはいたのだが、それを聲に出して表現など出來てはいないものであった。

「母さんの悪いようにはしない、って當然でしょ。そうじゃなくてどこの大學に行くとかちゃんと考えてるの、って聞いてるの」

若い頃に塾や學校で講師の経験もある波絵は太の學業のことについて特に気に掛けていた。

それに関しての心配は「必要以上」なのかもしれない。

「大丈夫だって」

「もうアンタは２年生じゃないのよ、今年験なんだからね。勉強だってしなきゃないし、自分の學力の範囲だって知っておかなきゃいけないんだから――」

「わかってるよ。うるさいな」

太も本當にそんなこと理解している。

「今年験」「勉強」「進路決定」……。

しかし、あのクラスのことを思うと、またそれを危懼している馴染のことを思うと、そんな思考がうまく回らないというのが太の本音であった。

「なんとかなるよ」

太はそんな母の姿から視線を外しながら、適當にそう答えた。

「なんともならないの。だから私は忠告してるのよ？」

「わかってるから」

多苛立ちのった聲だったかもしれない。

太はそうは思ったものの、母の居る部屋から逃げるように出て行った。

波絵は溜息を混じらせ再び家計簿と向き合った。

しかし、落ち著かず部屋の棚の上に置かれているロケット（小さなペンダント式寫真ケース）に目を遣った。

それを開き、中の寫真を確認する。

そして一瞬微笑んだが、すぐに不安げな眼差しへと表を変えた。

「いつからあんな子になったのかしら」

小さくそう呟いた。