《Duty》chapter 11 第3の審判 -3

3 7月8日 変則

床に痕が染み殘った3年1組教室の扉が開かれ、擔任である靜間がやって來た。

凄慘な出來事のあと、今回の審判で裁かれた仲居ミキ、金城蓮、伊瀬友昭の3人はすぐに救急車で運ばれた。

教室に殘された生徒たちは皆、恐怖で震え怯え続けていた。

太もその一人であったのだが、そのじている恐怖以上に、今回の悲劇の中心にいた平森に対する大きな怒りを抱えていた。

「先生が想像できない程ショッキングな現場だったと思う。みんな、あまり自分を思い詰めないように……」

靜間の聲もどこか震えていた。

勿論であるが、靜間も今までの教師生活でこんな出來事に巻き込まれるなんて初めての経験であるだろう。

普段の機械的な教師でさえ、一生懸命落ち著きを裝っていることが太ですらわかった。

「さ、三人とも心配いりません……だから、みんなは寄り道なんかせず、真っ直ぐ帰宅してください」

靜間なりに3年1組のことを気に掛けてくれているのだろうか、その言葉を告げたあと一呼吸置き、教室を出て行った。

桜は急に立ち上がり、そんな靜間のあとを追った。それを見かねた太も向かう。

廊下に出てきた靜間に続いて、太と桜もやってきた。

「靜間先生!」

「どうしました? 胡桃沢さん……」

「……し、心配いらないなんて噓ですよね」

「おい……桜」

そう言われた靜間は浮かない表で俯いた。

「本當のことを話してください」

靜間は頭を抱えながらも呟くように告げた。

「……伊瀬友昭君、金城蓮君、仲居ミキさん。皆、……搬送された病院で死亡が確認されたそうです」

桜はゆっくりと俯いた。太もただただその言葉を反芻させていた。

「早く下校してください」

「先生!」

太は去っていこうとする靜間を呼び止めた。

「事故でも、ただの殺人事件でもない」

「……なに?」

「先生は俺たちを見てくれますか?」

「……それは……どういう意味ですか?」

「先生は今、起きていることを知り、信じてくれますか」

靜間はやや暗い面持ちをしたあと、スーツの首元を正した。そして、

「……何も心配はいりません。みんな気が參っているだけです。今日は帰って休みなさい」

とだけ言い殘し、去っていった。

「どういうわけだ。まだ審判は始まってないのに。どうして伊瀬君たちは死ななきゃならなかった!?」

太は今まで以上に揺し、霧島に強く言葉を投げ掛けた。

一方、霧島のほうも揺はしているようだったが、あくまでも冷靜に思考を繋げ合わせていた。

「ルールなんて……制約なんてなかったんじゃないの……?」

桜に聞かれた霧島は自問自答するようにぶつぶつと呟く。

「今回は審判が行われずに罪人と決まった瞬間に裁かれた。変則的なルール……か?」

「なんでだよ! ……なんで3人は死ななきゃならなかったんだ!」

靜かに澄み渡った空気が流れる午後の廊下に太のびが響き渡る。

あれからすぐに下校となったこの校舎に殘っているのはおそらく太たちだけであろう。

「霧島! どういうことなんだよ……今回のこと俺にわかるように、説明してくれよ……」

「やはり……10年前の自殺した生徒の呪いなのか?」

太は霧島へ疑いと苛立ちの眼差しを向けた。

霧島はその眼差しだけで太の言いたいことを察したように返答した。

「冗談で言っている訳じゃない、考えてみてくれ。あの非現実的な殺し方を。狂ったように暴れ出し自らを痛めつけるあの手。それに伊瀬君をるようにして殺害したんだ。……非現実的すぎる。これは『呪い』としか考えられない」

太は苛立ち、噛み締めるようにんだ。

「10年前の被害者が俺たちのクラスを陥れて喜んでるってことか。くそ! 冗談じゃねえよ!」

霧島は瞼を閉じ、「うーん」と唸るように考え込んだ。

「だが、どうして今までは『罪人決定』『審判』『処刑』と段階を踏んで裁いたのに、今回は『罪人決定』と『処刑』を同時に起こったんだ……?」

霧島は顎を押さえ俯いた。

「それだけ早く『罪人』を裁きたかったから……? あの3人にそれだけ恨みを抱えていたから……?」

霧島は珍しく頭をぐしゃぐしゃと掻き毟った。

「ひ、平森君……」

桜が靜かに聲を発した。霧島も太も桜へと視線を向けた。

「平森君……おかしかったよね?」

太は頷いた。

「平森隆寛があの3人の死を招いた……? 彼は元々カーストに関する憎しみが人一倍あったから、か」

霧島は眼鏡を掛け直した。

「平森隆寛の意識と10年前の自殺生徒との意識が同調した。もしこの3年1組の狀況と自殺生徒の意識が同調し『呪い』いや『審判』が始まったのだとすれば、特定の人とも同調しているという仮説も立てられる」

「同調って……なんだよ」

太は目を丸くして霧島を見た。

「……所謂、憑依。取り憑かれている、ってこともあるのかもしれない。このクラス自が。そして平森隆寛が一番、自殺した生徒の意識に近かったのかもしれない、っていう仮説だ」

太は気に喰わなそうな目で霧島を見つめた。

「あくまでも自殺した霊を引っ張り出したいんだな。平森君……平森隆寛が『審判』を企てた張本人って可能だってある」

「……平森隆寛が超能力者で人をって殺したってことを言いたいのかな、神谷君は」

太は苦蟲を噛み潰したような顔で霧島から視線を外した。そんな太を見て、霧島は自分の見解を続ける。

「だったら審判なんて行わずさっさと殺せばいい、今回みたいにね。まあそれ以前に五十嵐アキラからあんな仕打ちすら許さなきゃいいだけだ。それに僕は認めたくないよ。普通の人間が超常現象を起こして人を殺すなんて」

「霧島……」

「エゴかもね僕の。だったら霊の呪いのほうが納得するだけだ」

「自殺した生徒の霊……」

桜は神妙な面持ちでそう呟いた。

「やはり幹となるそこから探っていくことが、僕たちが今できることじゃないかな」

太は納得しないような聲で言った。

「超能力者は信じないのに、霊は信じるんだな」

霧島が含み笑いをしながら、答えた。

「おや神谷君が超能力を信じているなんて思わなかったよ」

「俺はそんなもんも信じてない」

「こんな狀況になっても?」

霧島は相も変わらず不敵に笑みを浮かべた。彼はこの狀況をとことん楽しんでいるように太の目から窺えた。

おそらく『元兇となる霊』=『10年前自殺した生徒の存在』を彼は頭の中で思い描き、追い詰めるシミュレーションを何度も行っているのだろう。

だが未だに太は生徒の霊の呪いという存在を信じることができずにいたのだ。

「ってわけだからさ。早速向かおう」

霧島は鞄を背負って歩き始めた。

太も桜も呆気に取られ、慌てて鞄を抱えた。

こんな意味もわからずに咄嗟なことは初めて霧島と會い、話したカフェ以來の経験である。

「え!? ……いやどこに行くんだよ?」

「……あ。そうだ言いそびれていたね。さっき依頼していた探偵から調査結果の連絡が來たんだ。今から聞きに行こう」

「本當に!?」

桜が鞄に教科書を積めながら、見上げるようにして聲を上げた。

「電話で『結構簡単な仕事だった』って言われたよ。全く、僕たちを舐めてるね、この探偵」

太も桜も苦笑いを浮かべる。

「さて反撃の一手だ」

そう言って3人は歩き始めた。

階段へと下る廊下の曲がり角で太は黒髪なびく仄かなシャンプーの香りを嗅いだ。

それと同時に角を曲がって歩いてきた子生徒と肩がぶつかってしまった。

そのとき子生徒の首に掛けてられていたロケットが外れ廊下に落ちてしまった。

「ああ、ご、ごめん!」

太は慌ててぶつかった子生徒に謝り、落ちたロケットを拾おうとした。

そのとき、

らないで!」

と、子生徒は太に向かって怒鳴りつけた。

隣にいた霧島と桜も驚いたように凝視していた。

「あ……す、すいません」

ロケットを拾う際、子生徒は小さな聲で、

「何も知らない貴方は幸せね。『神谷太』」

と、太にだけ聞こえるように呟いた。

「え……?」

そして、子生徒は颯爽と去っていった。

「もう太が注意して歩かないから悪いんだよ」

「あ、ああ」

桜が太に注意する。

「彼、まだ校舎に殘っているんだね」

霧島は去っていく子生徒の後姿を見つめた。一呼吸置いて桜も続けた。

「でもミカゲさんがあんなに大聲出してるの初めて見たよ……よっぽど大切なものだったのかな? あのロケット……」

「え……?」

太は桜へ驚きの眼差しを向けた。

「? どしたの太?」

「えっと……誰って?」

「ふふ」と小さな笑いを溢し霧島が言った。

「全くキミは。クラスメイトの名前くらい知っておいたほうがいいと思うよ」

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