４ ９月１６日　絆

雷鳴轟く宵崎高校の屋上。

靜間と五十嵐、東は驚き目を見開いていた。

霧島たちの背後から影零の聲が響いた。

「充兄さん！」

霧島は驚き振り返った。

影零はドアを思い切り叩き開け、慌てて『神谷太』と『胡桃沢桜』に駆け寄ろうとした。

「寄るな！」

靜間は拳銃を影零へと向けた。

「ガキが……！　黙っていれば普通の人生を生きれたかもしれないのに！　以前には『審判』を使って私を脅しに掛けようとしやがって！　私が全ての鍵を握っていることも知らずにね！」

影零は靜間を睨んだ。

「影充の呪いだとでも思っていたか？　馬鹿が！　心霊なんて非科學的なもんすら夢見るようになったのか、哀れなクズめ」

「……」

「いい？　お前のする充は死んだの。もうこの世にはいないの！　いい加減に目を覚ましなさい。影零」

影零は全てを蹴散らすようにんだ。

「哀れなのは貴方のほうよ！」

靜間は眉間に一層の皺を寄せ影零を睨んだ。

「何も見ようともしていないくせに、わかったような口きかないで……いい加減に目を覚ましなさい……！」

靜間は舌打ちをした。

そして、トリガーに指を當てた。

「不愉快だ。お前から死ね。影零」

そのとき、暗雲を切り裂くような雷鳴とともに空から滴が降り出した。

そして、直していた『神谷太』がゆっくりと口を開いた。

『俺の娘を侮辱するな！』

周囲にいるもの全てが目を見開いた。霧島も衝撃をけた。

その聲は神谷太の聲ではなかった。

誰か別の。

まるで大人の男が乗り移ったような聲だった。

靜間も信じられないとでもいうような目で神谷太を見つめていた。

「……馬鹿な」

影零はハッとして『神谷太』に向かって聲をかけた。

「お父さん！　お父さん、また意識が戻ったの！」

「お父さん……だと」

霧島が嘆の聲をあげた。

「そんな……神谷太の霊質は、影充へと捧げられたものでは……？」

霧島は誰にも聞こえないような聲で呟くと、それをかき消すほどの聲で靜間はんだ。

「ふざけるな！　そんな……馬鹿なことがあるはずない！　お前、どうしてあの人の聲を出している！　どうして『影徹』の聲を発している！　答えろ、神谷太！」

『お前はこれ以上さらに家族を苦しめるのか？　……お前は再び『充』を殺すというのか！』

「！」

靜間の手が震え始めた。

拳銃に込められていた力が解けていくのをじた。

「黙れ……黙れ……黙れ！　充がなんだ！　あんなガキは私には関係ない！　私は『審判』を実行しなければならない！　それだけが私に課せられた『Duty』だからだ！」

『そんなことをしてもお前の苦しみは消えない！』

靜間の瞼が震え始めた。

「ふざけるな！　何を言っている！　私は……私は苦しんだことなど、今まで一度もない！　私は……私にとって充はただの無様な塊にしか過ぎない！　私は――」

『お母さん』

その聲に靜間が拳銃を落とした。

どっと嫌な汗が噴き出るのをじた。

中が直して、なお震えが止まらなくなった。

胃が込み上げてくる。

視界がぐらつく。

「どうしてだ……」

靜間は全てが理解できなかった。

今、目の前にいる『』から、どうして『あの子』の聲が聞こえるというのだ。

一時だって離れずに、自分の耳に纏わりつき、いくら削ぎ落そうとしても消えない、『あの子』の聲が……。

『胡桃沢桜』は焦點がつかめないような瞳を浮かべ、再びゆっくりと口を開いた。

『お母さんのせいじゃないよ』

靜間は既に持っていない拳銃の引き金を引こうとした。

「黙れ……」

『お母さんは、悪くない』

「黙れ……」

『僕は知っているよ。お母さんはいつだって僕のことを見守ってくれていたよね』

「黙れっていってんだろが！」

靜間は再び瞼が熱くなるのをじた。

#神的外傷__トラウマ__#だった。もうこの覚は二度と味わいたくなかった。

何かが自分の中から込み上げてくる。

それはとなり眼球の脇から絞り出される。

そして、の中に鉛が形される。

とてつもなく重い鉛が。

CT検査にも映らない。

手をしようとも取れない。

いらない、鉛が……。

そして、この理解できないが。

ああ、誰かこれを取ってくれ。

こんな#__もの__#は、人間には……私にはいらない。

『胡桃沢桜』は靜間の前までゆっくりと歩いてきていた。

「やめろ……來るな……」

『……』

「お願いだ……やめてくれ……私は……」

『……』

そして、ゆっくりと靜間に抱きついた。

『お母さんが僕を嫌いでも、邪魔だと思っていようとも、興味がなかろうとも』

「……」

涙が溢れ出た。

『僕は、お母さんが大好きだ』

ああ、やはり……天気予報は噓だったじゃないか。

今日の天気は雷雨だ。

「いやあああああああああ！」

靜間は崩れ落ち、目からは大粒の涙が溢れ出ていた。

その瞬間、ぴんと張られていた糸が切れ、ふっと力が抜けたようにして、太と桜はその場に倒れた。

霧島と影零は駆け寄り、太と桜の肩を揺すり聲をかけた。

霞むぼやけた視界を開くようにして、太と桜は目を開いた。

「霧島……俺は……？」

「大丈夫だよ。神谷君」

霧島は、地面に這いつくばる靜間の姿を見つめ、

「全て終わった」

と呟いた。

影零が靜間のもとまで歩き、首元から掛けていたロケットを外し目の前に投げ捨てた。

「一生分後悔し続けて、一生分苦しんでから、死になさい」

ロケットのなかの寫真は笑顔の男と年と、そして無表の、４人が寫った家族寫真だった。

まるで中の水分が枯れるかのほどに、靜間は地面に這いつくばって慟哭していた。

そんな姿の靜間を見つめて、太と桜は目を伏せた。

やっと、だ。

終わったんだ。

『審判』は終わったんだ。

そのとき、大きな雷鳴が轟いた。

そして、雲間にる雷鳴のなかに一筋の硝煙が上っていた。

音は雷鳴にかき消された。

しかし、確かに銃が発砲されたということだけはわかった。

「え……」

太と霧島はその銃と銃口の先を見つめた。

五十嵐の持つ銃から硝煙が上がっていた。

そして、その銃口の先には腹から大量のを流す靜間がいた。

「……え、え」

靜間は苦しそうな吐息をらしていた。

そして、２発目、３発目、４発目……。

サプレッサーの中に消える発砲音が響いた。

中からを流し、靜間は手をばした。

その手は影零が落としたロケットを摑もうとしていた。

五十嵐と東は、だらけの靜間のもとまでやってきて、その手を踏みつけた。

そして、靜間の頭に銃口を當て、発砲した。

脳漿が雨に汚れ飛び散った。

太たちの怯える眼差しは、その景から目を離すことができなかった。

東が落ちている拳銃を拾い、そして、五十嵐の持つ拳銃が太たちに向けられた。

「ひどいことだ。審判実験は失敗。我々の苦労は全て水の泡だ。よって、手順に従い『役立たずのゴミ』の排除は完了」

五十嵐の冷たい言葉に続き、東も口を開いた。

「続いて、『実験サンプル』の排除を開始する」

再び大きな雷鳴が轟いた。