１ ９月１７日　ありがとう

太が、目を覚ますと病院だった。

ここは乙黒も院している朝倉醫院か。隣のベッドには桜が寢ていた。

ゆっくりと起き上がり太は桜のそばに寄った。

安心しきって寢ている。

それはかつて、そう子供の頃から見ていた純粋な桜の寢顔だった。

「胡桃沢さんの調不良はもしかしてここ數年でひどくなっていたんじゃないのかい？」

太は驚いて前方を見ると、カーテンレールが開けられ霧島が顔を出した。

「霧島、お前！　どうしてここに！」

「僕たち３年１組の生徒はみんなそれぞれの病院に院しているようだよ。……ああ、別に怪我をしたり、病気にかかったりってわけじゃない。ただのメンタルケアってやつかな」

おう、と吐息をらすと太は先ほどの霧島の質問に答えた。

「桜は昔からが弱かったが、最近はとくに崩しやすかった。『審判』のストレスとかが原因だと思っていたんだが」

霧島はすやすやと眠る桜を見つめて呟いた。

「彼こそ霊質だったのか。それも『影充』の……」

「なんだって……？」

「いや、なんでもないよ……。そういえば乙黒さんは僕たちとれ替わるように退院できたらしい。結局原因は不明だったらしいけどね。いたって健康だ」

「おう、そうか。良かった。俺も後で謝りにいかないと」

「ああ良かったよ。一応ね」

そういいながら嫌味たらしい霧島の笑みを見ると、思わず太は噴き出してしまった。

「！　なんだい、人の顔を見るなり」

「いや、悪い。お前のその嫌な笑い方、最初は嫌いだったが。慣れてみればどういうわけか、頼もしくもあり、安心する」

「……凄く失禮で、かつ気持ち悪いな」

そういうと太は微笑んで桜の顔を見つめた。

「おっと……僕は邪魔なようだね。院中なんだから隣の僕には迷をかけないようにしてくれよ」

霧島は嫌味たらしい笑みを浮かべカーテンレールを閉めた。

「馬鹿か！　何もしねえよ！」

太はカーテンレールを見つめていった。

「……ったく」

『だから言ったでしょ。キミなら大丈夫、って』

その聲に太は目を見開き、聲のした『胡桃沢桜』のほうを見た。

『胡桃沢桜』は呆然として太を見つめていた。

『ごめんね。これで最後だ。これ以上キミたちに迷は掛けないよ』

「……お前は……」

『あ……胡桃沢桜さんに謝っておいてくれないかな。を借りてごめん、って』

「……ああ」

『あと……お母さんを、影浪子を止めてくれてありがとう』

「……影零には會っていかなくていいのか？」

『……零はああ見えて凄く弱い所もあるんだ。だからこそ、僕のことをカセにして生きてほしくない』

「……」

『良かったら友達になってあげてくれないかな？』

「あいつ格悪いからな……大変だ」

無表の『胡桃沢桜』は笑ったような気がした。

そして、

『……ありがとう』

と呟くと、『胡桃沢桜』は目を閉じた。