（なんだ、今の聲は？　誰の聲だ！？）

聲の主は不明。しかし何故だろうか。魔來名はこの聲を、どこか懐かしくじていた。

そして、目の前の景とは別に、脳裏に浮かぶ映像があった。

古臭い、日本家屋の座敷だった。時間は夜で、夜空に浮かぶ満月のだけが縁側から差し込み中を照らしている。

『なあ、正一まさかず』

部屋には一人の男が座っている。中年で見るからに頑固そうな、亭主関白を絵に描いたような男だった。

男の正面には一人の年がいた。坊主頭で、胡坐をかく男を前に正座で構えている。

『父さんは、明日の正午、列車でここを発つ。それからはお前たちの面倒を見てやれん』

厳格で、重苦しい聲が夜の座敷に溶ける。だが、年は真っ直ぐな雙眸を些かも逸らさず、目の前の父親を見つめ続ける。

『私がいなくなった後は、お前が母さんたちを守るんだ。お前は、我が家の長兄だからな』

『はい』

父親から託される重大な役割に、しかし年は臆することなく答えた。

『そうか……』

息子からの返事は立派なものだった。だが、父親はそんな息子を見て僅かに悲しそうな顔を浮かべた。

上出來に過ぎる自分の息子。ここでしの駄々でもねる方が、むしろ親子としてのやり取りを出來ただろうに。

今も自分を父として、見上げる眼は真っ直ぐだ。きっとこのやり取りをに刻んでおこうとそう思っているに違いない。誰よりも家族を思っている、兄だからこそ。

『男の約束だ。後は任せたぞ、正一まさかず』

『はい』

そう言って、男は悲しそうな表を止め、僅かに笑った。安心した顔を浮かべ、自慢の息子に家族を託した。

映像はここで途切れる。

（なんだ、今のは……）

突然浮かぶ景に魔來名は混するも、目的までは失念していない。目の前の敵を斬る。そのために腕に力をれるが、何故――

（何故かん！？）

天黒魔あくまの切っ先が、先ほどからいていない。それどこらか周りの全てが、時が止まったかのように停止していた。

この最終決戦、生死を賭け、敗北の危機に直面した魔來名まきなはかつてないほどの張と集中力を発揮している。

それが起剤となり、魔來名まきなを昇華させていた。涅槃寂靜とまではいかずとも、今の魔來名まきなは零秒思考を可能としていた。

止まった時の中で思考し続ける。故に、あらゆるものがかない。

そして、さらに新たな聲と映像が魔來名に流れ込む。

『ごめんなさい、正一まさかず……』

痩せ細った、の聲だった。ふすまに閉ざされた部屋には布団が敷かれており、一人のが橫になっていた。傍らには背がしだけびた、先ほどの年が正座で座している。

の顔は悪い。息も弱々しくまるで萎れた花弁のようだった。そんな彼が、隣にいる年に聲を掛ける。

『あなたが、薬のために無理をしていたことを、私は知っていますよ……』

しわがれた聲が、空虛な部屋に霧消する。煙のように漂って、雰囲気は虛しく寂しいものだった。

年は、返事をしなかった。

何故ならば、泣いていたからだ。

嗚咽を堪え、必死に堪え、目の前で今にも死にそうな、の聲に耳を傾けている。

『あなたには、何もしてあげられなかった……。世話になってばっかりで……』

涙が、年の頬を流れる。膝の上に置かれた両拳は力強く握られており、涙を拭くことはなかった。

『こんな、けない母親で、迷を掛けましたね……』

年は、全が震えていた。今にも崩れそうなを必死に正した。

『だけれど、最後に、お願いがあるのです……』

押し潰されそうな悲しみが去來する。年は前屈みになりそうなに力をれて支え、苦しそうにせき込みながら話しかける母親の、言葉をに刻み込む。

『あの子を、どうか守ってあげて……』

死に際の、母が託す願い。年は聞き屆け、數瞬の時間を要した後、言葉を返した。

『はい』

『ありがとう……』

母親は、安心した表を浮かべた。全幅の信頼と安心に包まれて、病気に瀕した母親は、死期を迎える直前に、小さく笑ったのだ。

そして、映像はここで途切れる。

そして、別の映像に切り替わった。