青く澄み渡る空。

風に揺れる草花。

・・・うだるような暑さ。

夏も本番といった調子で、ギラギラと照りつける太は、俺たちのを焼きながら今日も高々と浮かんでいる。

これほどの暑さにも関わらずまだ時刻は正午を過ぎていないのだから、気が滅ってしまう。

ちなみに俺は今、商店街を抜けて國道沿いに歩いている。家からさほど遠いわけでもないのだが、インドア度が八割五分の俺にしては滅多にない遠出だ。

わざわざこんなところまで來たのには理由がある。

先日、翔斗 しょうとと話したときに摑んだ可能。

翔斗が最後に発した言葉―

「俺も、冬ふゆみてぇに能力を使ったんだ・・・・・・・・」

そう、《バミューダ》の被害者であり、《トリガー》を持つ俺たち「怪校」の生徒が、

襲撃者「代市 冬しろいち ふゆ」のように、何らかの能力を発揮できるかもしれないという可能。

それは、いつまた訪れるかもしれない襲撃を防ぐことができるかもしれないという可能であった。

この報は、俺と翔斗が知っているだけでは意味がない。翔斗の話が正しければ、能力を発現する可能は、《トリガー》を持つ俺たち全員がめているはずだ。

それは、怪校の生徒全員が知っておくべきことである。

と、いうわけで。

俺は今、クラスメイトである明日 明日香ぬくい あすかに會うために・・・では斷じて無く、一人の生徒である彼に報を伝えるために、國道沿いの住宅地を目指して歩いている。

もっと近くの生徒はいなかったのかって？

いなかったよ。うん、いなかった。

(・・・5、6人ぐらいしか)

なぜ彼の住所を知っているのかって？

俺たち怪校の生徒にはお互いのことが結構詳しく伝えられるのさ。

(尾行とかしてないからな？)

俺は、頭のなかで架空の敵に様々に言い訳をしながら足を進めた。

明日香の《トリガー》は確か、ミステリー小説『奇想事件簿』だ。不可能事件や完全犯罪等を題材にしたフィクションで、読み進めるほどにのめり込んでしまう、読んでいてとても楽しい作品だ。

俺も気にって何度か読み返した本である。そのため今日は、もしかするとその話で、明日香と幸せな會話を楽しむことができるかもしれないのである。

數分がたった頃だろうか。

俺は、明日香の住む家がある住宅地に著いた。明日ぬくいという苗字は珍しいので、表札はすぐに目に留まり、彼の家は簡単に見つけることができた。

住宅地に建てられた家としては珍しく、広々とした庭があり、管理の行き屆いた芝生や植え込みの花が、のを浴びて青々と輝いている。

明日香と能力の事について話すため、俺は僅かに張しながらインターホンを押した。

「はいー」

スピーカー越しに聞こえる聲は、明日香のものよりし低く、間延びしていた。

しだけ、紗奈に似ているような気がした。

(明日香の聲じゃないな・・・)

聲から察するに、明日香の母親だろうか。

明日香を中心に引き起こされた《バミューダ》は、破壊のエネルギーによって人を巻き込まなかった、數ない例だ。

ちなみに、その數ない例とは全部で二件であり、そのどちらも俺の近にいる生徒の事なのだが。

詳しくは聞いていないが、明日香の場合、一人で本を読んでいるときに《バミューダ》が起きたらしい。

親族も誰一人として失っていないため、つまるところ明日香は、今でも普通に両親と暮らしている。まあ、怪校に通っている時點で普通とは言いがたいのだが。

「こんにちは。明日香さんと同じクラスの神河です。明日香さんとし話したいことがあって訪ねたのですが、今、明日香さんはいますか？」

「あら、明日香のお友達ね。ごめんね。あの子、今部屋でぐっすりなのよ」

(ぐっすり・・・ってことは、寢てんのか？)

し驚いた。

今は、まもなく太が高く上る晝時である。夏休みであるとはいえ晝まで寢ているというのは、天然だが真面目な、明日香の普段のイメージとはし違っていた。

まあ、なんにせよ、寢ているというのに無理に押しるわけにもいかない。

期待が泡のように消えてしまい、大変心のが盛り下がるが、ここは出直すとしよう。

「そうでしたか。では、また時間をおいて訪ねます」

「あ、ちょっと待ってちょうだい。ええと、神河君」

インターホン越しにそう言い殘すと、今度は家の中から足音が聞こえてきた。玄関のドアの向こうまで音が続いたかと思うと、気持ち強めにドアが開け放たれた。

明日香とよく似た顔立ちの、主婦らしき人がそこにいた。

そして言葉を紡ぐ。

「せっかくだし、あがっていきなよ」

「えっ？いいんですか」

「そうだ！ついでだからさ・・・」

「はい？」

「明日香の部屋にあがってから、明日香を起こしてきてくれない？神河君も、明日香に用があるのよね？」

(・・・・・・・)

「ほえっ？！」

いったい明日香の母親は、今、何と言ったのだろうか。明日香の部屋にあがれ・・・・・・・・・・と言ったのか？本気なのだろうか？俺は確かに明日香に用がある。だが、睡眠中の子の部屋に上がるなど子(とくに明日香)に免疫のない俺には厳しすぎる。

そう、俺は、明日香の部屋に上がりたいなどこれっぽっちも思っていないのだ。

・・・いや、それほど思ってはいないのだ。

まあ、実を言うと4対6くらいの割合で上がりたいと思っていたりはする。

・・・というか！正直10対0で上がりたいと思っている。

(しかし、しかしぃ・・・！！)

―――――――――――――――――――――――――

あの葛藤から三分後。

結局、甘いに秒で負けた俺は今、俺の心のエンジェル明日 明日香ぬくい あすかの部屋にっている。正直、背徳が半端ではない。

しかも、それだけではない。

彼の部屋にると、目の前にはやや信じがたい景が広がっていた。

部屋にあるベッドには、首元まで布団を被った明日香が眠っていたのだ。

窓は開いているものの、クーラー等の冷房は使われていないようだ。それなりに暑い。

それもそのはず。ご存じの通り今は夏休み。夏真っ盛りなのだ。窓から吹き込む風すらも熱気を孕んでおり、むしろその風からは暑苦しささえじる。

布団をしっかり被って寢るなど、俺には決してできないだろう。

「さて・・・どう起こすか・・・」

明日香の親にも頼まれたため、早いとこ起こさないと怪しまれる。

やましい方向で怪しまれる。

となると、もう明日香を起こす他に道は殘されていない。

だが、起きて真っ先に、恐らく寢顔を見られたであろうクラスの男子を見て、喜ぶ子がいるだろうか？

いや、いない。

絶対いない。

(俺はまだ、明日香に嫌われる勇気を持ち合わせていないっ・・・！！)

俺はどうすれば良いのだろうか。明日香の親に悪く見られるのは避けたい。だがしかし、明日香自に嫌われることには耐えられない。俺の今後にダイレクトに関わる問題に直面した俺は、結論をくだす。

「俺には無理だ・・・」

ピュアすぎるとつっこまれてもいい。

意気地無しと罵られてもいい。

俺は絶対に、明日香にだけは嫌われないように生きることを、もう決めたのだ。

(すみません、明日香のお母さんっ)

俺はそのまま、まわれ右をすると、部屋のドアノブに手をかけた。

―そのとき

「あ、あれ・・・？、人君？」

聞き覚えのある、しかし今までと違って、怯えた子貓のような聲が背中にかけられた。

(あれ？なんだろう・・・)

真夏だというのに背中にヒヤリとしたものがはしり、俺は震いをした。

まずい。

非常にまずい。

冬の時とはまた別の張が、はしった。