《バミューダ・トリガー》十八幕 「怠惰即ち(アインワーク)」
空間がこじ開けられた。
そう表現する他に、今の狀況を説明しうる手段は、恐らく無い。
何もない空間が割れて、開いた・・・・・・・。
俺は驚き、目を見張る。
自らの機が早まっている事が嫌という程解る。
だがそれは、目の前で起きた不自然な空間の変形に、ではない。
そこから出てきた、人に・・・、だ。
「・・・永井、先生?」
そう呼ばれて永井先生は一瞬の間頬をひきつらせる。しかしすぐに、笑顔を作る。
その笑顔はまるで、今まで彼が俺たちに見せてきた笑顔を切り取り・・・・、張り付けたように・・・・・・・・冷たかった。今までと同じ笑顔に、今までの暖かいが、含まれていない。
「神河くん、無事で良かった」
そう言いながら、先生は歩いてくる。
「この空間のことなら、気にしないで良いよ。後で説明するから、今は逃げよう」
噓だ。
こんな反則的な蕓を見せつけられれば、さすがに想像がつく。
そして、さすがに理解できる。
翔斗を、諒太を、明日香を。
(皆を連れ去ったのは、永井こいつだ!)
に張が走る。
相手は大人だ。しかも、何故か能力を使える。能力を使うには《トリガー》が必要なはずだ。
(どうやって《トリガー》を手にいれた?)
《トリガー》を持つのは十代の年だけのはずである。でないと、怪校で伝えられた全國各地で起きた怪異事件《バミューダ》との関連がり立たない。
しかし、そんなことを考えている時間は無いようであった。
「ま、警戒もするよね・・・見られたからなぁ・・・參ったねぇ、後ろからこっそり襲うつもりだったのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
空気が変わる。
永井の顔から笑顔が消えた。
笑顔を取り繕っていたことで、先程まではまだ僅かに、優しさをはらんでいた永井の目は、明らかに変化していた。
冷徹な、冷酷な目へと。
明確な裏切りであった。
なぜこのような狀況になったのか。
何が間違っているのか。
―誰が悪いのか。
俺はこのとき、何も解らなかった。
「先生は、何者ですか・・・」
俺は言い直す。
もっとずっと、なくとも、今の狀況下では最もふさわしい言い方で。
「答えろ!お前は、誰だぁっ!!」
多目的エリアに聲が反響する。
優しさを消した永井の顔が、再び笑みを作る。殘さをもって、最高の嘲笑いを見せる。恐怖が、俺の思考を駆け抜ける。
そして永井が口を開いた。
「俺は、能力者テロ組織「雙蛇のデュアルスネイク」監守・・擔當、永井 幸四郎。・・・警察にり込んで々するのは、ま、それなりに愉しかったよ」
言い切るや、永井は懐からなにかを取り出す。黒く沢のある、リモコンのような。
その先には一対の金屬がむき出されていた。
側面にボタンのようながあり、俺に見せつけるように永井がそれを押す度に、バチバチと威圧的に音を発する。俺の記憶の中で該當するものを挙げるとするなら、それは―
常人ならば一発喰らうと気絶は必死の対人武、「スタンガン」だ。
「學生一人だったら、これで十分かな」
言って永井はこちらを見やる。
(來るっ!)
二度の実踐を乗り越えた覚が、ほとんど反で己の脳に攻撃を予知させる。俺は咄嗟の判斷で左の機の下にり込み、そのまま反対側までり出る。
椅子を蹴り倒してつい今しがた通り抜けた機や、他の椅子も巻き込んでぶちまけた。
簡易的なバリケードだ。
俺は足を止めずに棚の並んだスペースを駆ける。棚の間から、橫目で永井の出方をうかがう。
が、ここで。
スタンガンを手にしたまま、怪しくる相貌の殘を殘して、狂気の笑みを浮かべて永井が虛空に消える。
(能力の使用?空間の移か!?)
全方位に意識を集中させ、どの方向から來ても対処するために構える。
背後は棚だ。來るなら右か、左か。
(もしくは、正面っ・・・!)
そして―
バチィッ!
「殘念だったねぇ、人くん」
スタンガン獨特の、電気が行きう鋭い音に気づいたときにはもう、永井はすぐそばまで迫っていた。
神河人にとって死角となる―
―頭上に出現させた、異次元空間を介して。
數分前。
永井の造り出した異次元空間で、怪校の生徒たちに囲まれて加賀秋仁は言った。
「永井のヤツが能力を使ったとき、この空間は僅かに歪む。恐らくは、同時に二ヶ所の空間を作するには高い技が必要だからだ」
秋仁の言葉に皆が納得する。特に反応があったのは、中學生三年部の生徒たちだ。
彼らは早くから囚われていたため、その後に起きた空間の変化を、最もよく見ていた。
「俺たちが最初に連れてこられましたが、その後は確かに、他の誰かが連れてこられる直前には、必ず空間に歪みが生まれました」
代表して口を開いたのは、カチューシャの様なもので前髪を上げた男子生徒。
今朝、高校生二年部の教室を訪れた、高校生一年部の亜襲 蒼真だ。
蒼真は、初対面の時と比べるとすっかり丸くなった口調で言葉を紡ぐ。
鈴の方をチラチラと見遣りながら。
恐らくは昨日、鈴にがどうとか言われたことを気にしているんだろう。
蒼真は、鈴がこぼした「何よ?」の一言をスルーして話を続ける。
「俺は、歪みが生じる度に攻撃でこの空間からせないか試してみたのですが、ダメでした。これでも俺、攻撃的な方面に特化した能力を備えてるんです。それでも破れなかったので、空間が歪むからといって理的に突破を試みても、無駄だと思います」
(蒼真は攻撃特化の能力者か・・・)
秋仁は、いかにも能力者らしい特化能力を僅かながら羨みつつ思考する。
この空間を攻撃でどうにかするのは駄作であるように思える。
初耳の報もありはしたが、今注目すべきは攻撃の方法や、空間の破壊手段などにはない。
「俺の能力ならば、神河と合流できる可能がある。攜帯間の移だ」
(((っ・・・!)))
秋仁の能力を知る、高校生二年部の何人かが、言葉の意味を悟って息を呑む。
「ってことは、永井のやつに差し出したスマホは、お前の《トリガー》か?」
翔斗が核心に迫る。
「違う」
「・・・え?」
返ってきたのは予想外の答えであった。
《トリガー》を用いなければ、能力は使えない。それは、怪異事件《バミューダ》を経験した學生全員にかけられた枷のはずだ。
もし永井先生に手渡したスマホが秋仁の《トリガー》でないのならば、先程の作戦が功する以前に、その作戦を決行できる可能さえ摑めないことになる。
その場に居合わせる怪校の生徒全員が耳を寄せるなか、秋仁は驚愕の事実を語る。
「俺はどういうわけか、手にした全ての通信機を能力発現の対象とすることができる」
「何っ?!」
「えっ、」
「秋仁くん、本當?」
翔斗に鈴、諒太が同時に聲をあげる。
無理もない。何故なら、本來《トリガー》とは、最も思いれのある道等の事であるからだ。
つまりは、生徒一人につき一つの《トリガー》が通常なのだ。
「正確には、一度れた、インターネット回線に接続できる通信端末だ。それさえあれば俺は、自分の攜帯をとして、それらがある全ての場所へ移ができる」
秋仁は補足をする。
「ただ、永井のヤツが俺の能力を知っている可能が高い。攜帯をブッ壊されてたらおしまいだ」
つまりは、一種の賭けのような方法だ。
だがこの能力を活用すれば、確かに、人が連れ去られる前兆を見越して助けに行くことができるかもしれない。
徐々に秋仁の能力についても理解できたらしい怪校の二年部以外の生徒を含め、その場にいる生徒のほとんどが、それぞれの頭の中で可能を的に描き始める。
「お前ら」
聲がした。
それぞれの思考に沒頭していた怪校の生徒が、揃って(何人かは突然の聲に肩を弾ませてから)振り向く。
聲を上げた人は、それまで長い間、一言も発していなかった五影兄弟の、片方。いつの間にか目を開き、こちらに近づいてきていた二人のうち、貞命さだめと呼ばれていた青年―
―恐らくは、兄弟の兄の方だ。
正直なところ、今この場にいる怪校生にとって、つい先程までいざこざでは済まされないような戦闘を繰り広げた張本人たちと話すことには抵抗があった。
「・・・何だ?」
押し黙る怪校生を代表して、翔斗が問う。
首から下げた、比較的裝飾の類いが多くあしらわれたネックレスをらせ、臨戦の狀態を作り上げる。先の戦闘で、覚悟と自信を五影兄弟によって完封されていたこともあり、その面持ちと背中からは、強い敵対心が滲み出ている。
すぅ、と小さく息を吸う音を発した後、聲をかけてきた貞命が、再び答える。
「お前ら怪校の生徒は、「雙蛇のデュアルスネイク」のメンバーではないのか」
その口から告げられた「雙蛇の」という単語は、なくともその場にいた怪校生の誰もが、全く聞き覚えの無いものだった。
「デュアル・・・何だって?」
翔斗がやっとの事で言葉を返す。
その反応を見るや困の表を濃くするのは、他でもなく五影兄弟だ。
「貞命兄さん、これは・・・」
「時々、これはどうやら・・・」
瓜二つの容姿をした二人の青年は、ほとんど同時に互いを見遣って戸いを共有する。
「・・・狀況は分からないんだが、話をしている暇もない。それは、俺たちの會話を聞いてりゃ解っただろ」
秋仁が踏み込んで話を展開させる。
そう、次に空間が歪むとき、永井は人を襲う可能がある。
そのタイミングを見逃さないためにも、今は話をしている場合ではない。
「我ら五影兄弟とてのんびりとしていられる訳ではない」
「里音様への報告を至急にしなくてはならないのです」
多の口調の違いこそあれど、どちらの言葉からも冗談の類いである様子はじ取れない。
つまりは、だ。
「とりあえず今は、お前達を敵とは判斷しない。俺と時々はこの異次元空間からする手立てを持っている・・・・・・・・・・・・。しかし先に言った通り、我ら五影兄弟は里音様へ報告すべき事が多くある」
途中、聞き流せないような容を孕んだ言葉であった。
だが言われてみれば、彼らは闇のなかから唐突に出現した。この空間からも、似たようにして出することは可能なのかもしれない。
「よって我らはここから去る。縁があったらまた會うだろう。・・・お前らと我らは、似た境遇のようだ」
「では、失禮します」
弟の時々が禮をした直後、五影兄弟の周りに異変が生じる。夜のように暗い影。
そう形容するに相応しい闇が現れた。
無數の昆蟲、あるいはコウモリのように集った闇は、五影兄弟の背に一翼ずつ―
―二人で一対の翼を形する。
翼が、二人を包み込むように閉じられた後、散り散りになった闇の後に、五影兄弟の姿はなかった。
「・・・なんだったんだ」
「気味が悪い能力だよね」
翔斗と諒太が言葉をわす。
直後。
怪校の生徒達を包む空間に、歪みが生じた・・・・・・。
「「「!!!」」」
息を呑む、生徒。
そして一人。
「待ってろ、神河っ!」
秋仁がぶ。
「怠惰生活歴十余年、「怠惰即ちアインワーク」っ!!」
秋仁の姿が、虛空に―
攜帯に、消える。
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