刃がわり火花が散った。

その剣撃の強さにシルヴィアがのけぞる。

切斷された四肢の腱は回復し、新たにつけられていく傷も超常的な早さで塞がっていく。

だがかれこれ數十分は戦闘を続けているにもかかわらず祭は無傷で疲れた様子もみせない。

シルヴィアは既に８度、並の吸鬼なら絶命しているはずの致命傷をけている。

初めはまるで戦闘狂のように笑顔を見せていた彼もしだいに焦りが表に出てきていた。

彼にとって殺し合いは激しい踴りのようなもの。危機に瀕すれば瀕するほど楽しくなってくる。シルヴィア本人もそう思っていたはずだ。

違う。

彼は生まれ持ったその強すぎる力ゆえに死闘というものをまだ経験したことがなかっただけである。所詮敵は圧倒的に自分よりも劣った人間。そう見くびっていたからこそ必ず勝てるという前提のうえで今まで戦いを求めてきた。強者を求めていた。今までの殺し合いなど彼にとっては遊びに等しいものだったからだ。あの伝説のハンターにしてもそう。所詮はハードモードのゲームにすぎなかった。だがこれは違う。目の前の彼は最強などよりも遙かに強い。

………負ける……？

「そんなわけないでしょ！」

一瞬じた悪寒を無視するように言い放ち、疾風のように駆けた。

攻撃のタイミングを悟らせないよう祭の死角から死角へ跳び回る。

以前祭が繁華街の地下で重裝悪鬼兵にみせたものと似ているが、ここまで縦橫無盡ではない。

電柱に飛び移り、街燈をわって、獣の爪痕のようにコンクリートを削っていく。

祭がゆっくりと靜かに息を吐く。構えを変えて、背をばしまるで一本の木のような勢をとる。

どこから攻撃しても十二分に致命傷を與えられることができそうに見える。だがむしろそれが怖い。この狀況でそんな構えをとったということはそれだけ攻撃をさばけるという自信のあらわれかもしれない。

隙だらけのようにみえて、全く隙がないのだ。

針に糸を通すような気分になってくる。

どうして人間相手にこんな苛立ちを覚えなくてはいけないのだ。

シルヴィアが選んだ行はここまできて正面からの突撃だった。

背後や側面などの死角に気を集中させていた祭からすればむしろ正面が一番の予想外。

見えてはいても判斷が遅れる。防ぐことはできても、遅れた判斷から生じる力なら押しきれる。それがシルヴィアの算段だった。

甘い。

攻撃はいともたやすく弾かれる。いや、弾かれたというより刃がわった直後、フワリとシルヴィアのが飛ばされたのだ。

強い力を正面からぶつけられたというよりかは、勝手に自らの力の向きが逆転したような覚。

これぞ麻上流に伝わる防剣　功の剣。

相手の筋を利用して攻撃をけ流す剣だ。

中華拳法や合気道の技を応用させたもので、コツは刃がれた瞬間、相手と一になること。

それにより相手の筋を意図的に作する、といっても過言ではない。

相手からすれば押していたはずなのにいつのまにか引いていたという狀態になるのだ。

今のシルヴィアの攻撃も、祭に向かっていたはずの力の向きは、刃がわった時に逆方向へと変わりシルヴィアは後方へ飛ばされた。

この剣を極めた者に正面からの攻撃は通用しない。全て力の向きが逆方向へと作用するためだ。

ただし筋のない車などの無機質なからの衝撃はけることができない、さらに複數からの同時攻撃は対処できないというのが弱點だろう。

しかし一対一の対人戦においていかにこの剣が有効か。

シルヴィアは今ので完全に戦意を削がれていた。

指のことなど放って、もう逃げてしまおうか、そう考えたほどである。

だがその選択肢を祭が許さない。

構えを戦闘的なものに変えて攻撃を放ってくる。

避けきれなかった刃がシルヴィアの耳を切り飛ばした。

まずい。いくら治癒能力が高いといっても欠損した部位ばかりはとかげのしっぽのように生やすことができない。

つまり首を落とされれば終わりなのだ。

鳴華！こいつを殺しなさい！

念話を飛ばして助けを請う。

だが鳴華は戦いを傍観しているままで全くかない。

肝心なときに役に立たない下僕め！

だがシルヴィアの切り札はまだある。

戦いを楽しむために當初は使うつもりなどなかったが、こう劣勢続きだともう楽しむ余裕などない。

全力でこのハンターを撃滅する。

「やりなさい！」

シルヴィアの掛け聲で祭の猛攻が止まる。

新たに出現した気配を察知したからだ。

び聲をあげて夜道をってこちらに向かってくる者がいる。

一人だけではない。二人、三人……いや、まだいる。

計１８名もの存在が祭に強烈な殺意を持って突撃してくるのだ。

シルヴィアがを吸って洗脳した人間達である。

軍団の先頭がその手に持つゴルフクラブを祭の頭めがけてスイングした。

洗脳によって筋の使用限界を超えて力を放つそれは當たれば一撃で昏倒してしまうだろう。

だがいくら洗脳で力を底上げしているといっても所詮は人間の攻撃。祭にかすりもしない。

すかさず反撃しようと刃を振るうが、その刃は途中でピタリと止まる。

相手は人間。殺すことはできない……。

攻撃に躊躇している祭を二人目、三人目が彼を襲う。

祭は簡単によけるが、彼を挾むように攻撃してきた二人は互いの攻撃が當たって赤いを撒き散らす。包丁が首筋に突き刺さり、ギターが頭を砕していた。

祭が顔をしかめる。

シルヴィアはその様子を見て笑みを浮かべた。

……やはりこいつもそうなのだ。人間を殺せない甘っちょろいハンターの一人……。

そんな奴と私が戦う必要はない、とさっきまで劣勢だったことを棚にあげるシルヴィア。

られた人間達は連攜など一切とらず、近くにいる者から順に祭を殺そうと飛びかかる。

ここは住宅街のど真ん中。もうし広い場所ならいくらでもやりようがあっただろう。だが狹い。回避しても次の攻撃が絶え間なく続く。

仕方ないと祭は一人の足を刀の柄で叩き折ったが、そんなことなどお構いなしに超人的な能力を見せて腕だけで移してくる。

戦闘不能にするには四肢を全て使いにならないようしなければならないのか。

そんな狀態で洗脳から覚めてもあまりにも心苦しい。

なら本を倒すまで。

祭は襲い來る人間達の間をうように走り抜ける。

狙うはシルヴィアただ一人。

あまりの素早さにシルヴィアも驚く。

互いの距離はわずか１メートル。そこから最速の突きが放たれる。

麻上流鬼葬剣　教えの壱　魔爪。

発された弾丸のように繰り出される剣はあまりの早さにパアンッと空気の弾ける音がした。

シルヴィアの手がその攻撃をけ止めるよう顔の前に出るが刃は易々と貫通する。

しかし刃は勢いがおさまり鼻先で止めた。

なぜならシルヴィアの手に突き刺さる以前に他のが彼の盾となったからだ。

「……な、なんで……」

シルヴィアの洗脳した相手は１８人だけではなかった。

そしてその新たに現れた人は祭のよく知る人で……。

「吾郎！！」

直江と四ノ宮がそこに駆けつける。

三人は隨分も前に兜山を降りていた。シルヴィアの手によって人払いがされている靜まった街を見て急いで祭を探している最中、突然吾郎が何も言わずに走り出したのだ。

既に數日前からを吸われて潛在的に洗脳狀態であった吾郎がシルヴィアの呼びかけに答えたのだ。

そして彼はシルヴィアの盾となり祭の刃に貫かれた。

を吐いて地に膝をつく吾郎。

その姿があの日の彼と重なる。

『いいのよ、これで……』

「……先生……」

瞬間、祭の中で何かが顔を出す。

それに意志はない。自我などない。だが彼にこう囁くのだ。

『殺せ。もっと殺せ……！』

無機質な聲は自然と祭の知っているものへと変わっていく。直江の聲に、鳴華の聲に、あの時殺した師の聲に、そして自分の聲に。

まるでそれがお前の為すべきことなのだと言い聞かせるように、本能が祭の理を誑かす。

殺してしまった殺してしまった殺してしまった殺してしまった………！

『それでいい。それでいい。それでいい……』

特別にならなくてはならない、麻上の門下生として優れていなくてはならない、全ての鬼を殺さなくてはならない、先生を超えなければならない。

『殺せ。もっと殺せ……！』

みんなを私が守らないといけない。目の前の吸鬼を殺さなくてはならない。

でも私は吾郎を殺してしまった、先生を殺してしまった。

『いいのよ、これで』

あの日の先生が囁く、本能が、が、囁く。鼓が荒れる。

いつの日か、麻上家の當主は祭に言った。

『お前は麻上ではないがここで剣を磨く以上、麻上という名前を背負っているに等しい。必ず責務を果たせ。鬼を殺せ、魔を滅ぼせ、それはお前の師とて例外ではない。時がきて、あやつが自我を失った時、その手であやつを殺してやれ。どこぞの馬の骨に切られるよりも自ら手塩をかけて見てやった弟子に殺されるほうが幾分かましというもの。それこそがせめてもの弔いだと思え』

だが麻上家當主は祭のいない場所で彼の師にこうも言っていた。

『あの娘にはお前が自我を失ったときのため自刃の代わりをするよう伝えてある。だがゆめゆめ忘れるな。あの娘はこの麻上に異界のをれるよう提案を持ちかけた立花家の娘。もし何かあった場合、お前の全力をもってあの娘を討ち滅ぼせ！』

その意味がこの日明かされる。

既に犠牲者は二人出ているが、今宵はさらに増えるだろう。

指が記憶を、記憶はそのに眠る異形の殺意を呼び起こしてしまった。

『殺せ……―――殺せ！』

そして紅蓮の華が咲き誇る。