《骸街SS》2話 朧夜
「やあ、初めまして。隅川孤白君。」
「誰だ……お前は……?」
突然俺の前に姿を現した謎の青年に対し、俺は至極真っ當な反応をする。
學校の育館裏で突然気を失ったと思いきや変な場所に拉致されているという狀況ならば、俺のこの反応も仕方は無いだろう。
俺がもう1度質問しようとする前に青年が口を開き、こう言う。
「安心して。君の戸籍は消してあるし、この施設は國家承認済の研究所だから、君も安心して生まれ変われる・・・・・・・よ。」
は?『生まれ変わる』?
俺はこの青年がさっきから何を言っているのかを理解できない。
しかし、現時點で俺がとても危ない狀況に居るのは確かだ。しかも、俺の戸籍を消した?まあ、俺には共に暮らす家族も居ないし知り合いも殆ど居ない。だから俺が戸籍を消されても誰も文句は言わないし……まさか!?
「……俺を選んだのはそういう事か!」
そう俺が言い放つと青年はパチパチと手を叩いてこう言う。
「ははは、そうさ。君の勘は鋭いね。俺はこの"計畫"には殆ど関係が無いから良く知らないけど、ある人曰く、君の経歴はとても"被験"に向いているそうだ。だから君が丁度良いサイズと年齢に育つまで待ち、こうして捕らえた。後はもう決まっている。」
俺は青年の言葉の『後は決まっている』の意味が気になるが、それより重要な事がある。
「俺を……どうやって監視していた……?」
俺は友人はおろか知り合いすら殆ど持っていない。そんな俺を監視できる人間とは誰だ……?
しかし、青年は今度は何かが可笑しい様にクスクスと笑い出し、こう言う。
「……今度は君、隨分と勘が鈍っていないか?逆に君を監視できる人間なんて選択肢のない存在が分からないの?」
選択肢がない?……まさか……認めたくは無いが1番理に適った答えが俺の頭の中に浮かんだ。いや、元々浮かんでいたのかも知れない。その現実を認めたく無くて俺は分からないフリをしていたのかも知れない。
「…………時間だ。じゃあ、俺は行くから。」
青年は一言そう言って部屋から出て行った。扉が閉まる際に鳴ったカチャッという音は、俺がしっかりと監されている事を示しているのだろう。
「……俺は別にあいつを信用していたわけでは無い。……何でこんな事になったんだ……。」
中のを口に出し、俺はいベッドに寢転がった。
骸街SS
それからしばらく俺はベッドの上で考えていた。今の狀況とこれからどんな狀況になるかについて。
まず、今の狀況だ。俺の今居る場所は何らかの研究所、それもかなり大きなものらしい。
そしてこれからどんな狀況になるか。青年によると俺は何かの実験の"被験"に選ばれたらしい。どんな実験かわからないが、戸籍を消す必要があるという事実は、実験をけた後の俺が何らかの理由により社會復帰が不可能もしくはそれに近い狀態になるという事を暗示している。
萬一その実験が俺の生命等に危険が及ぶ様なものであればここから出する必要があるだろう。そうで無くても俺はこんな場所に一時でも居たいとは思わない。
しかし、問題はその出方法だ。出が可能か不可能かで俺の人生は大きく左右されるのだろう。
しかし、今の所扉には鍵がかけられている。しかし、俺を実験に使うのならばこの部屋から出さなければいけない訳だ。勿論その「出す役」は中學生相手とはいえそれ相応の戦闘能力を持つ者が務めるのだろう。俺の勝機は無いに等しいと思われる。
いや、まだ戦ってもいないのに負けると決めつけるのは愚かと言える。そうだ、まだ負けた訳では無い。どの道地獄ならば戦って失うも無い。
「…………やるか……。」
俺はそう一言呟いてしの眠りについた。
ヴィーーーン……
近未來的な扉の音で俺は目を覚ます。どうやら「迎え」が來た様だ。
『……歩け。』
口ではそう言いながらも「迎え」の兵士は俺の橫腹を毆って強制的にベッドから下ろした(落とした)。
「……………」
チャンスはある筈、隙の無い人間など存在しない筈。俺はそう思いながら「迎え」の兵士の様子をじっと観察している。
俺が部屋から出る直前に兵士は電話の様な何かで誰かと通信し始める。
『……第3房から未寄生被験1頭を出す。実験の準備を……』
兵士の意識が電話に逸れた瞬間を俺は見逃さなかった。
ガッ
『ぐぅっ!?』
俺は兵士の背後から所謂膝かっくんをし、兵士のきを止める。その次に俺は兵士の首筋に思い切り拳を振り下ろす。
すると、ドサッという音と共に兵士は床に崩れ落ちた。
「……急いだほうが良いな。」
兵士がかない事を確認すると俺は研究所の廊下を適當な方向へと走り出す。どうせ造りが分からないので、とにかく建を走り回って地図を完させるのが先決だろう。
しばらく走ると突然俺の耳にある會話が飛び込んでくる。
『さあ、歩こう。隅川孤白が逃げ出した以上、君が被験になるしか無い。それとも君はあんな年1人捕まえるのに軍をかそうと言うのかい?』
『いやだ!私はあんなものにはなりたくたい!』
どうやら俺が逃げ出していた事には気付いていた様だ。まあ、確かに研究所の出り口とかには見張りも居るだろうし、冷靜に考えると俺の出を止めるのに兵士達に何か命令を出す必要は無いだろう。
それより會話の核心についてだ。俺が監された部屋のものと似た様な扉を挾んで聞こえる為正確かは分からないが、俺にはあの2つの聲の主に覚えがある。1つは先程俺に話しかけた青年のもので、もう1つは……俺をこの狀況に追いやった元兇・中田瞳のものだ。
『折角連れてきた"代わり"が無駄になっちゃうけど、優先すべきは効率。君を連れて行った方が早いんだよ。』
『いやだ!いくら母の命令であってもそれは聞けない!』
どうやら研究者側は俺を捕まえるより瞳を使った方が実験をスムーズに進められると考えたらしい。まあ、當然の判斷だ。俺だってそうする。
しかし……何だろう、このは。
頭では俺のを危険に曬した瞳を恨んでいる筈だ。しかし、なぜか俺は無意識のに「瞳に助かってしい」と考えているらしい。あれ・・が生きていて俺に利益など無いのに、なぜ俺はこんなにも瞳を大切にしようとしているのだろう。
しかし、無にも扉越しに聞こえる會話は進展して行く。
『はあ……どうせ君には選択肢なんて無いんだけどね……。じゃあ、言い方を変えるよ。』
『何と言っても私はあんな……』
瞳が言い終える前に青年はこう言い放つ。
『君が実験をければ隅川孤白を助けられるよ。』
『な……!』
……俺を助ける?
青年が俺の事を話題に振ると瞳はなぜか渋る様に考えた後にこう言い返す。
『う、噓だ!どの道研究所の報を得た孤白をお前らがわざわざ逃す筈がない!適當な事を言うな!』
普段では考えられない瞳の剣幕に俺は驚く。まさか、これは俺を本當に想ってくれているのか?
『ははは、俺は逃すなんて一言も言っていないよ。君の実験結果を手にれる事で隅川孤白の実験功確率が高くなるだけだ。』
『お前……!』
俺が瞳と青年の會話を更に良く聞くために扉に近付く。すると、廊下の俺が來た方向から足音がしてくる。
兵士が何かだろうか。いや、何者であっても今の俺にとっては敵である事は確かだ。逃げなければ。
俺は足音をあまり立てない様に廊下の反対側に走って行く。幸い兵士は俺を追ってこなかったので、俺は歩調を緩める。その瞬間だった。
パァンッ!!!
広い廊下中に激しい発砲音がこだまする。
『止まれ!殺するぞ!』
音の主を探すと、廊下の俺が來た方から1人の兵士が拳銃を構えているのが見える。今さっきわざと銃弾を無駄に撃ったのは恐らく俺を牽制するためだろう。
しかし俺は走るのを止めない。銃弾は數m離れてき回ってる相手にはほぼ當たらないというし、ある程度複雑なきをすれば大丈夫だろう。
『くな!』
ありゃりゃ、前からも來た。しかし、俺のやる事は同じだ。前後の銃口の向きに注意して俺は前方に突き進んで行く。
『く……銃聲じゃ止められないか。川崎小隊長を……。』
『了解。』
俺が前方の兵士を突破した直後に2人の兵士のそんな聲が聞こえる。今度は何か?
その瞬間、背後に恐ろしい程の気配をじる。
「隅川孤白君……。研究者は今は君を捕まえるつもりは無い。が、殘念ながら俺は暇でねぇ、ちょっと付き合ってもらおうか。」
俺の10m程後ろから聞こえてきたその聲は先程の青年のものだった。しかし、先程と違ってその聲にはかなりのを"殺気"ざ含まれていた。
なんて恐ろしい殺気なんだ、が竦みそうだ。しかし、俺と奴の距離は10m程度……あそこから俺に追いつくのはそこまで簡単では無い筈だ。
しかし、青年は今も走っている俺を傍観している。
捕まえる気が無いのか?いや、何かを企んでいる……罠か?
俺はそんな事を考えるが、後になって考えてみればそんな周りくどい方法を青年が取る筈が無かった。
ダダダダダダダダッ!!!
直後に機関銃を連した様な音が背後から俺へと迫って來る。その音の主は……恐ろしい速度で走る青年の足音であった。走り出してから1秒と経たないうちに俺との距離を3m程度に減らしている。
「ッ!?」
次の瞬間、十分に俺へと接近した青年が拳を突き出す。俺はそれに反応できずにその拳の攻撃をもろに顎でけ、吹き飛ばされる。
「がッ……!」
俺がドサッと床に叩きつけられるより先に青年は俺を自の腕中に収める。
「な……何者な……だ……おま……は……」
俺が聲にならない聲で青年にそう聞くと、青年はこう返してから俺を毆り、意識を飛ばす。
「川崎かわさきとおる。ただの兵士さ。」
「う…………」
目蓋越しの眩いで俺は目を覚ます。
うう……が痛い……。
中からが流れているのが分かる。
ここは……どうやら手臺……の様だな。
しかし、周りの様子がおかしい。朦朧とする視界からでも、周囲には瓦礫やガラスの破片が散しているのが分かる。
「……くそ……どうなっていやがる……。」
俺がそう呟いた瞬間だった。
グヂャ グヂャ グヂャ グヂャ
塊か何かが足を使って歩くかの様にその"何か"は現れた。
『クキュルルルルルル……クキュルルルルルル……』
"何か"はそんな音を発したかと思うと、突然こちらへと何かを放り投げる。
ドチャッ
手臺に寢ている俺のすぐ隣にそんな音を立てて何かが著地する。
それは、四肢を失い、も半分以上が無殘に部位欠損していた「人間」だった。白という服のじからして研究者だろう。その白にべっとりと付いた赤黒いにはまだ溫かさが殘っている様だった。
『な……で…………』
すると、流れた研究者のが手臺の腳1本を濡らし始めたと同時に"何か"が暗闇から姿を現す。
"何か"はやはりぶよぶよとした塊の様な質で、頭は人間のもので上半は昆蟲の部分、下半は百足の様なものだった。
塊狀のから生えた巨大な蟲の腳が蠢き、"何か"が俺の方へと移する。
こうなったら喚きもせずに素直に死ぬのが良い。どうせ俺は生きたい訳では無かったし、生きていても誰も喜ばない。ああ……死ねてよかった……。
しかし、俺が死を覚悟した瞬間、"何か"は予想外の行に出る。
『こ……はく……?』
そう言葉を発し、"何か"が俺の腹へと近づけていた顔を今度は遠ざける。
もしかして…………
『こ……はく……?』
"何か"の顔部分を至近距離で見た俺は驚愕した。なぜなら、それが良く知る人のものだったからだ。
「瞳…………」
その後、俺は人生で初めて號泣した。理由は分からないが、自の中の何かが壊れてゆく様な覚がした。
いや、理由は明白だ。俺は瞳の事が好きだったのだ。信用するかしないかは問題では無かったのだ、俺はただ瞳の側にいられる事に生きる意味さえを見出していたのだ。
しかし、現実は悲しむ時間を與えてはくれないのだ。手室の出り口の方から足音が聞こえて來る。まるで俺等をあの世へとう死神の様に、その人は現れた。
「やあやあ、元気かな隅川孤白に中田瞳。俺はとても元気だよ。」
そんな軽口を言いながら姿を現したのは先程俺を捕らえた青年・川崎だった。
部屋の電燈が壊れているので良く分からないが、が普段は殆ど開いていない右目をしだけ開く。
「中田瞳、殘念ながら俺は君を処分しなければならない。これだけの被害を出してくれたのだからね。」
がそう言うと、瞳は唸る様にを威嚇する。被害?じゃあ、この手室も瞳に壊されたものだったのか?いや、それなら瞳がこの場所にまた戻るまで俺の存在に気付かなかった事になる。一何なんだ……?
「く…………!」
俺は力の出ないに鞭を打って手臺から降りる。足にガラスの破片が刺さり、が出るが、気にしている余裕は無い。
「……瞳……いや、民間人にそんな事をして許されると思うのか……?」
俺が恨みの篭った目でを睨み、そう聞くと、は俺の神経を逆する様に、突然大きく笑い出す。
「あははははははは……君は本當に愚かだねぇ。許されるさ、なぜなら俺等は「政府の人間」だからだ。」
『政府の人間』……?こいつらが?いや……確かにの服裝は日本國軍のもの、政府側の人間に間違いは無い。
しかし……なぜ政府が國民である俺等を実験臺にしてこんな実験を……?まさか……俺等國民はずっと騙されていたという事か…………。
その瞬間、俺の何かが吹っ切れた。
バリィンッ!!!
近くの窓ガラスを痛みを堪えつつ當たりで割り、研究所の建外へと逃げ出す。
「ふぅん?逃げたか。しかし、俺のやる事に変わりは無い。そうだろう?中田瞳しっぱいさく。」
『グゥゥゥゥッ……!』
俺の居なくなった手室からそんな聲が聞こえる。罪悪を引き摺りながら俺は走る。
俺は瞳生きる意味を見捨てた訳では無い。あれ・・はもう助からない。それに、俺は生きる事自を優先すべきなのだ。
そんな自分の事で一杯の自分がけない。俺は自にある程度の力があると思っていた。そんな訳が無いじゃないか、他人ひと1人守れずに、どんな力があるって言うんだ。
何が悪い?何が駄目だった?俺はなぜ生きる意味を失った?生きてはいけない存在なのか?これが夢であってしい。
ただひたすら俺は走る。
悪かった、悪かったよ。俺なんかが生まれてさ。こんな世の中にこんな俺が生まれてさ。
いや……違う。確かに悪いのは俺だ。この世の中は俺を嫌っている。でも、嫌っている世の中だって悪いじゃないか。世の中が変われば俺達も……下層國民達とかも幸せになれたかな。
誰だ、誰だ、この世をこんなにした犯人は。新政府に決まっている。あれのせいでこの國はこうなった。しかし、過去に文句を言っても仕方がない。俺に國を変える力があればな……。
自分自の非力がけない。俺には國を変える事は愚か瞳を救う事も葉わない。じゃあ、俺は何をするか。何でこれからの人生を繋ぎ止めて行くか。きっと瞳は俺が死ぬのをまないから、生きるしかない。
答えは1つ、復讐。今までの俺の生きる意味は1つ、中田瞳の存在。それをこれから失うだろう俺にはそれがお似合いだ。
さあ、復讐じんせいを始めよう。復讐じんせいの為の力を蓄えよう。俺の殘された道はただ一つ、それを突き進もう。
それから何があったのかはほとんど覚えていない。気付いたら俺はどこかの路地裏に立っていた。と服をだらけにし、一丁の拳銃を握りしめていた。
「は…はは……。」
背後からは數人の足音が迫る。俺は振り向き、拳銃を構える。
【3話に続く】
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