夏の夜ほどいいものはない。

冬のように寒さに凍える必要もない。

誰の目も気にしなくていい。

ただ、時折聞こえる気がするさざ波の音やクビキリギスの鳴き聲に耳を傾け、それに浸るだけでいられるから。

｢皆は寢てるの？｣

宿屋の屋の上、長く続いていた夜の靜寂を鈴のような聲が優しく壊す。

三日月を背に現れた聲の主は、銀髪をなびかせながら僕の隣に立っていた。

｢うん｣

｢良い人達でしょう彼らは？｣

｢うん。’’才能はとりあえず置いとくとして’’なんて初めて聞いたよ僕｣

｢言いそうだねぇレイスさん達なら｣

彼はそう言って嬉しそうに笑ってみせた。

名前はいいから才能を話せ、とかはよく聞くけどその逆は本當に初めてだ。

良い人だけど変わった人だったなあの人…。

｢新しく名前も付けてもらった｣

｢シャルカも君も名前あるのに新しく付けてもらったの？｣

｢うん。面白そうだと思って。僕がライで…｣

｢私がランだって｣

突然った第三者の聲。

聲のする方を見ると、深くフードを被ったシャルカ…否、ランが僕を見下ろしていた。

｢ニビって人が付けてくれたの｣

｢ニビくんが…。じゃあ明日からライとランだね｣

｢間違えないでよ？｣

｢気をつけまーす。というかなんでライとランなの？由來とかあった？｣

思いついたように聞いてきた彼の疑問は最もだ。

そして僕は名前の由來を思い出して思わず笑いながら答える。

｢好きなを聞かれてさ。部屋に獅子の置があったからライオンって答えたんだ｣

｢なるほどね…｣

由來の安直さを理解した彼は｢なんにせよ良かったじゃない｣と呟いた。

｢そういえば僕ら兄妹と勘違いされてたよな｣

｢うん。私とコールが似てるのなんてせいぜい目のぐらいなのに｣

｢そう？私からすれば兄妹みたいなもんだよ二人共｣

｢どういうことルミス｣

｢僕がシャルカのお兄ちゃんかー｣

｢やだよコールの妹なんて｣

音一つしなかった屋上に、三人分の靜かな笑い聲が響く。

誰にも見られない場所でしか本當に笑うことが出來ない僕らは、寂しい存在なんだろうか。

変わらず佇んでいる三日月を橫目に、僕はふとそんな事を思ってしまっていた。