將太と別れて三十分、私は睦達と合流していた。

 「神奈！ お前何してんだよ！ もしかして將太か？」

 睦は憤然とした面持ちで、口調にも怒気が混ざっていた。

 「ち、違うわ……、逃げ遅れたの……」

 「ちっ、ほんとかよ」

 睦はその後、しかげりのある表をした。彼も悪い人では無いのだ。人よりし、いや、かなり獨占が強いだけだ。

 「神奈は後ろに下がってろ。いつでも逃げれるように準備はしとけよ」

 「分かった……」

 そうこうしているにも夜は來る。

 しづつ、しづつ、日は山に帰る。それと伴い空の表は暗く、悲しいものになっていく。

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 終わりの時は來ようとしていた。私にとってはこれは、速いか、遅いかの違いなのだ。そこまで気負う必要は無いのだ。

 だけど、それでも手は、足は、言うことを聞かない。まるで貧乏揺すりをしているみたいだ。

 死ぬ勇気など出來る筈も無かった。人間としてその一線は超えては行けない一線なのかもしれない。それなら私はまだ────私はまだ、人でいていいのでしょうか────。

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 年は走っていた。何度も何度も転び年の顔はアザで覆われ、服は破け、皮からは、真っ赤なが次から次へと渋滯を起こしていた。

 まだ……まだだ、ここで諦めたら……諦めてしまったら……前と同じじゃないか。

 場所は違えど日は沈む。

殘酷な世界で、彼は願う。悲しい世界で彼は祈る。

 もう一度。

 もう一度。

 彼に

 彼に

 會わせて下さい

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 10

 太の頬が隠れ出す。

 9

 8

 太の鼻に山がかかる

 7

 6

 太の3分の2はもう家の中

 5

 4

 遂に完全に見えなくなる。だが、まだ日がれる。時は近い。

 3

 2

 星がはっきりと見え出す。さぁ、始まるよ。

 1

 終わりか、はたまた、始まりか。すべてを決める戦いが始まる。

 一斉に赤い炎がこちら走り出す。

 彼もそれと共に走り出す。村のチンケな城壁の側面に沿うように走る。

 追いつかれるのも時間の問題だ。だが、だけど、出來るだけ遠くに、出來るだけ────。

 そんな中、赤い炎は新たな獲を見つけたのか、大きく二つに割れた。

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 「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお！」

 雄び、びと共に、両者は走り出す。片方は各々武を持ち、片方は圧倒的なまでの量を要し、総力戦である。

 男達は容赦なくヘルハウンドの頭を叩き割る。一撃だった。自分の強さ、圧倒的なまでの武力、皆は改めて痛した。

 「あはははははははははは！ お前らなんか、お前らなんかこわくねぇーぞ！」

 一人の兇は狂気と化し、奧へ奧へと突き進む。

 「待て！ 行きすぎなっ！ 囲まれる！」

 時は既に遅かった。彼はヘルハウンドの檻に囲まれていた。

  奴らからしたらそれは、おの大安売り、特大セールだった。

 「うわっ！ うわっ！誰か！ 誰か……ぁぁっ」

 腕は引きちぎれ、足は折れ曲がる。

 ヘルハウンドは知能が低い。故に彼らの行原理は常に本能だ。本能は知恵より怖い事がある。迷いが無いのだ。戦いに置いては特にそれは突飛した才能となって牙を向く。

 ヘルハウンド達に買い占められたは骨が浮き上がり、が辺りを染めた。

 皆は武力と強さを自覚すると共に、この世界の恐怖、悲痛さを自覚する。

 「うぁ…………」

 ある者は足から崩れ落ち。

 「気を抜くなっ！ 怖くなったら逃げろっ！」

  ある者は、それでも勇敢に立ち向かった。

 そんな中、生きを問わず、別を問わず、歳を問わず、皆が一斉に刮目する。

 その先には、まるで天使の梯子、詰まるところ、薄明線を尚、濃く。白に輝く柱のようながある一點に降り注いでいた。

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 辿り著いた時には既に始まっていた。

 だが、まだ終わった訳ではない。始まっただけだ。まだ間に合う。

 僕は山ように高くなっている場所に足を引き摺りながら、一歩づつ、一歩づつ、近付いた。

 そこからは全てが見渡せた。生も、死も全て、平等に、その中には彼もいた。彼は約三百メートルの幅を開けて城壁に沿うように走っていた。

 僕は彼を守る為に來たのだ。もう出し惜しみは辭めだ。全てを賭けよう。

 大きく息を吸って、あの詞をなぞる様に口にした。

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 戦いは始まった。死人は出るだろうか。確実に一人は出てしまうだろう。悪魔のである。彼にも、それ以上に將太には悪い事をした。だが、將太にはもう傷付いてしくなかった。

 彼ならきっと命さえも簡単に差し出してしまう。もう見てるだけなんて出來なかった。

 その時、神奈は絶句した。絶句の中の絶句。息が止まってしまうのではないかと言うほどの絶句。

 「な……何でいるのよ…………將太！！！」

 走り出していた。彼がなにかする前に、自己犠牲してしまう前に。

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 彼は口にする。自己犠牲の象徴を、自己犠牲の権化を、自己犠牲の現を。

 「我が『右目』を捧げる。神よ『神の義眼』を與え給え」

 その瞬間、空から天使の梯子が降りてくる。白を尚、白く。まるで寶石の様な輝きが僕を覆った。

 「ぁぁぁぁぁぁぁっ！ ぐっぁぁぁっ！ うっ……ぁぁ」

 右目は消える。瞼を支えていた筋が居場所を失い、だらりと垂れ下がる。

 それに伴い、左目は青く、き通るほどに青くなる。それはどこか機械地味ていた────義眼なのだから仕方が無いのかもしれないが。

 彼の姿はどこかキリストに近いに見えた。誰の為でも無い、自分の為に犠牲になるのだから何とも言えないのだが、キリストも本當は自分の為に犠牲になったので無いのだろうか。今や、知る由もないのだが。

 誰もが刮目する。王都の王も、側近も、気まぐれな魔も、能天気な報屋も、睦も、神奈も、ヘルハウンドも、自己犠牲のも區別なく、差別なく、皆一様にそのに、その中心にいる年に見とれ、刮目する。

 この戦いはもう、終わらせてしまおう。早すぎる終幕を、何も勿ぶる話ではない。早ければ早いほどいいのだから。

 ────もう、終わりにしよう

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 夜になってから一時間も経過していないが早くも朝日が見えた。それは、この世のでは無いと思う程にしかった。

 つい、見とれてしまった。追われていることも忘れて呆然と呆気に取られた。

 正気に戻り、再び走り出そうとするがそれは無駄な作だった。

 そのは、黒い化けさえも魅了して見せたのだ。彼等も一様に呆然と呆気に取られていた。

 それから乗っ取られた様に、憑かれた様に、目掛けて走り出した。

 「そっちは駄目！！！」

 知っていた。いや、悟っていた。あれは彼だと、來てしまったのだと。それはどこか嬉しくもあり、同時に苦しくもあった。人間というのは複雑な生きだ。

 彼も走り出した。

 全て走り出す。それぞれ目的は違えど、目標は違えど、終息に向かい走り出した。

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 彼の周りには、それはそれは幻想的なが天から降り注いでいた。

 遅かった。彼の元に著いた時、彼の目は既に無かった。また失った。また彼は傷付いた。

 「なんでよ……何でなの……どうして貴方はそこまでするよ！」

 「似てるんだ……彼がさちに、凄く、凄く、きっとここで知らないふりしたら、僕はもう戻れなくなっちゃうよ」

 知っていた。彼がそう思っている事も全て、だけど、こんなのあんまりだった。この世界は、この力は彼に殘酷過ぎる。彼にどこまでも、どこまでも殘酷だった。

 こんな力があれば彼は使ってしまうに決まってた。彼の為の力、そんな気さえした。

 あんなが居たら助けてしまうに決まっていた。彼の為の、そんな気さえした。

 「もう、二度と自分を自分を投げやりにしないで……」

 私は泣いていた。苦しくて、辛くて、が痛くなった。

 「次、そんなことしたら、したら私、どんな事をしても戻すから！ このの半分が消えても……だから、もう……」

 「神奈……ごめん……僕は助けなきゃ壊れちゃうよ……僕は投げやりになんてしてないんだ。ただ、本心からから自分の為に、自分の為だけに彼を救いたいんだ……」

 また、私はあの時と同じ様に、同じ様に泣き崩れるだけしか出來なかった。自分の哀れさに、無力さに吐き気がした。

 「そんなの……そんなのやだよ……やだよ……」

気持ちが聲になって溢れ出す。

 が張り裂けそうで、首を絞められた様に何かがに詰まって離れない。

 嫌だよ……もう……嫌なのに────。

 彼は何かを決意したように言う。

 獨り言のように口ずさむ。

 それはどこか呪いの様で、呪縛の様で、恐怖さえじた。

 言わないで、言わないで、言わないで、と願うが彼に屆くはずもない。

 「さぁ、自己犠牲を始めよう……」

 彼の自己犠牲は始まった。

 もう一度言おう。

 皆は走り出す。

 生きも、別も、歳も関係なく皆一様に走り出した。

 終息にむけ、終點に向け、最良か最善か、最悪か最低か全てを決める為、天使の梯子目掛けて走り出した。