《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》9.初依頼で見つけたもの
學院から下宿に戻ったステルは、荷を置くとさっそく買い出しにでかけた。
幸い、アーティカの屋敷から歩いて行ける距離に商店や店が建ち並ぶ市場がある。
冒険者協會が近くにあることもあり、そっち向けの商品も富に取り揃えられているのだ。
採取地近くの村までは乗合馬車だ。
水と食料は道中でも補充できるだろう。だが、念のため最低限の水と保存食を購しておく。
正直、水は魔導でも作れるのだが、これも用心である。
保管箱が大きいため自分の荷が減ってしまう。どこかに拠點を作って山中を走り回るべきだろう。
そんなことを考えながらステルは見慣れないばかり並ぶ商店を楽しみながら買いをした。
そんなわけで三日後、ステルは予定どおり山中にいた。
アコーラ市はおろか、人の住まう形跡すらない山中、その斜面に生えた樹上に彼は立っていた。
賑やかな都會と違って、彼の周囲に聞こえるのはときおり吹く風の音と、それによって生み出される木のさざめきだ。
場所は違えど、慣れ親しんだ自然を全の覚で味わいながら、ステルは仕事に邁進していた。
依頼は順調である。
「うん。こっちだな」
方角を確認し、読んでいた地図を懐にいれる。
今日のステルは黒の上下に木剣、それと小さなバッグと軽な姿だ。
近くの村から山中にってすぐ、採取用の拠點になりそうな場所を見つけ、そこに荷と保管庫を隠しての作業である。
斜面の上を見て、樹木の數々を見定め、跳ぶ。
人とは思えない軽さと跳躍力で、ステルは太めの樹木を足場に高速で山を駆け上がる。
そのきに迷いは無く、息一つ切らさない。
驚異的な能力。
これこそが、ステルが北部の山中で狩人をやってこれた理由である。
この能力の源は魔力だ。
全を巡る魔力を自在にり、戦うとする
それがステルが母から授けられた技であった。
一種の魔法のようなものらしいが、詳細はわからない。
ステルに出來るのはの強化と手持ちの武の強化、呼吸で周囲の魔力を集めるいった事柄で、自分のから離れると効果が無くなってしまう。
どうやらこれは詠唱によって離れた場所に何らかの現象を引き起こす魔法とは違った技らしい。
母から伝授された戦いの技と合わせると、どちらかというと武に近いとステルは思っている。
この魔力運用の技を使うのも才能が必要だと母は言ってた。
実はステルは魔法使いになりたかったのだが、そちらの才能はないようだった。
魔法を使える母が斷言したのだから間違いない。
考えてみれば、母さんもよくわからない人だよな……。
そんなことを考えつつ、斜面を登りきると、今度は地面を高速で走って一気に山頂に到達。
「お、あったあった」
山頂近くの巖場にひっそりと群生する小さな花を見つけた。
採取目的の品であるエラス草である。
加工と調合次第で様々な効能を発揮する萬能薬で、人里離れた山中にしか咲く事が無い。
今回の依頼で最も採取が難しい品だったが、地図通りの場所に咲いていてくれた。
さっそく小さな袋を取り出し、街で買った移植ゴテを手にエラス草を採取する。
勿論、その場の全ては採らない。必要な分だけだ。
「よし。こんなもんかな……」
袋の中を確認して満足する。
早朝から山にって、今の時刻は晝をしすぎたあたりだった。
普通の冒険者なら三日はかかる採取を、ステルは半日程度で終わらせていた。
山に慣れている事と強化による異常な速度によるものである。
魔との遭遇も無く仕事が順調に行った事も大きい。
後は保管庫のある場所に戻って帰るだけ。
その事実に一安心したステルはこのまま山頂で一服する事にした。そういえば、晝食がまだだったのだ。
見晴らしのいい巖場に腰掛け、バッグからパンと小さな缶詰と水筒を取り出す。
「よっと」
缶詰を指先で弾くと、それだけの作で蓋の部分が斬り飛ばされた。
指先に細い魔力の刃を作り出したのである。
缶詰の中は濃い味付けをされたで、パンで挾むと結構味い。
「んー。塩辛い」
塩気が増えた口の中を水で流しながら、のんびりと景を眺めるステル。
目の前には低い山がいくつか見える。
緑が富で、故郷の過酷な山と比べると暮らしやすそうだ。
後は下山して帰るだけ。
食事を終えてそう思った時、ステルはそれを見つけた。
一つ向こうの山。その中腹の木が不自然に切り倒されていた。
「あれって……っ」
慌てて地図を開く。その山の付近に村があるという記述はなかった。
嫌な予がした。村から離れた山の半端な場所を切り開くなどありえない。
準備を整えて調べる必要がある。
そう判斷したステルは、荷を素早くまとめ、登った時以上の速度で下山した。
○○○
「あった……」
二時間後、ステルは隣の山中で古い砦の跡を発見していた。
あの後、荷置き場に戻り、裝備を補充してからすぐに隣の山に向かった。
そして、不自然に木が切り倒されている場所で足跡を発見し、慎重にそれを追跡したのである。
もはや道すら無い、山の中腹に隠された砦跡。
半壊した石造りの建だが、周囲には切り倒した木で雑な柵が組まれている。
崩れた部分は山に接しており、そちらも雑に屋が取り付けられていた。
そして、砦の見張り臺には生きの影があった。
ゴブリンだ。
小柄で貓背、醜い外見の數だけは多い小さな魔。
山中で見かける魔としては珍しくない。
珍しいのはゴブリンが砦にいることだ。
通常、連中が砦や窟に住み著く事はあっても、要塞化することはまず無い。
親玉がいると考えるのが自然だ。
観察する必要がある。
そう判斷したステルは、茂みの中で気配を消しつつ、偵察を続行した。
數時間後、殆ど日が暮れた頃に、予想どおり親玉の姿を見つけた。
砦の裏側、崩れた部分に新設された木造の建から出てた大きな影。
現れたのは二メートルを超える巨の魔。
オークである。
古の時代に人々を苦しめた巨人族の末裔。その口からは巨大な牙がつきだした顔は豬を思わせる。
もっと巨大なトロルやオーガほどではないが、十分に危険な魔だ。
さて、どうしようか……。
オークの姿を確認して、ステルは考える。
教本によると、こういう場合、十級冒険者の取るべき行は協會への報告だ。
その上で敵の規模に応じて適切な実力の冒険者が派遣される事になっている。
実に理に適った対応だと思う。
十級冒険者は大抵戦いの初心者。オークの軍団を退治する事は不可能だ。
しかし、ステルの中の狩人としての常識はこの場で連中を狩るべきだと告げていた。
神話によるとこの世界は神々ので出來ている。
神話の時代、神々は世界を創造したが、それは不完全なものだった。
そのため神々は不完全な世界に自らのを混ぜ合わせる事で、今日の世界の原型を作ったという。
そして、魔とはその時に混ざった悪しき神々のから生まれるとされる。
魔は倒すべき敵、悪しき存在。
狩れるべき時に狩る。
それが狩人の魔に対する姿勢だ。
脳裏の周辺の地図を思い浮かべる。
何かの拍子にオークとゴブリンの軍勢がけば、近くの村まで一日程度。
アコーラ市でステルが報告して適切な冒険者がここに派遣されるまで一週間はかかるだろう。
「よし、殺そう」
考えるまでも無いことだった。
犠牲が出てから後悔しても遅い。
自分に出來るならやるべきだ。
砦の大きさからいってオークは一匹、ゴブリンは十か二十。
例え中に倍の數がいてもステルにとっては問題ない。
協會には「中にったら既に死んでいました」とかいって誤魔化そう。
どうにかなるさと安易な期待を抱きつつ、ステルは狩人としての自分の判斷に従うことにした。
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