《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》24.山城の戦い
ダークエルフはいらついていた。
たちの悪い人間二人が自由自在に暴れ始めたからだ。
「侵者を見失っただと! しっかり広間に追い詰めろと言ったはずだ!」
「ソ、ソレガ。アイツラ、カベニアナヲ……」
側に控えていたゴブリンが気弱に答える。
知能が高いので重寶している個で、しっかり報を押さえているのは上出來だ。
「……魔導か。厄介だな。それで、損害は?」
「ジュウクライ、ヤラレタ、ブンサン、シテルカラ」
「各個撃破されるか……。方針を変える。人間を追いかけず、広間に集合だ。獲がいなければ自然と現れる」
「ヒトジチ、ハ?」
「一匹連れてこい」
言うなりゴブリンが部下に指示を出しはじめた。
人間を何匹か飼っていた理由は報源だけでなく、こういう時を想定してのことだ。
「なかなか目敏い人間が來たようだが、たった二人ではな……」
今だ一匹も損害の出ていないオークを引き連れて、ダークエルフは城の一畫へと歩みを進めるのだった。
○○○
「ゴブリンのきが変わりましたね」
「ああ、導だな。親玉の指示だろう……」
「どうしましょうか……」
山城をだらけにして好き放題暴れるステル達だが、今だにダークエルフどころかオークすら遭遇できていなかった。
ゴブリンは定期的に現れるが二人の姿を見ると弓矢で攻撃してすぐに逃げていく。
今も二匹のゴブリンと遭遇し、ステルが布で矢を払ってから投げ矢で一匹仕留めたところで、殘りは逃げていった。
連中のきは稚拙なりに、自分達をどこかに導している節があった。
「ここは導に乗ってみるのはどうだろうか? いざとなれば私の槍で出できる」
「わかりました。気をつけて行きましょう」
ステルとしてはこの建の魔を見逃すつもりはない。
二人は周囲に気を払いつつゴブリンを追う。
ゴブリンに導された先にあったのは、中庭のような場所だった。
かつては庭園でもあったのだろうか。そんな想を抱かせる荒れ果てた広場だ。
この場に屋は無く、今は周囲に雑な石壁が積み上げられていた。
當然のように、石壁に上には弓を持ったゴブリンが配されている。
どうやらここは、侵者を躙する処刑場のようだった。
「……なかなか周到じゃないか」
「ええ、これは參りましたね」
この処刑場のり口は二つ。
ステル達が來た場所と、その向かい。
そちらのり口から武裝したオークが二匹現れた。
丸太のような太さの棒に雑な作りの鎧で完全武裝だ。
オークの突撃と同時、ゴブリン達からの矢が二人に降り注ぐ。
「ラウリさん、こっちへ!」
「うむ!」
聲に応えるや否や、隣に支部長が來た。
ステルは両手に布を持ち、魔力を通す。母から教わった技により、ただの布は鋼の強さを手にする。
二枚の布は、盾であり、鞭であり、刃となるのだ。
ステルは降り注ぐ矢を布を盾として振る事で殘らずたたき落とす。
「まずは足から潰すとしよう!」
矢の雨が収まるなり、ラウリがいた。
「貫け!」
びと共に、魔導槍を地面に突き立てる。
効果は即座に現れた。こちらに迫るオーク達の足下に石槍が現れ、下半を貫いた。
「ウオォオォオオオ!!」
怒りと痛みによる絶。流石にオークの足が止まる。
その隙をステルは見逃さない。
全を駆け巡る魔力によって強化された腳力で、一気に距離を詰める。
正面突破だ。けないながらもオークは棒を振り回すが、そんなものステルには當たらない。
「終わりだ!」
軽く飛んで、オーク二匹の首目掛けて、極薄の鋼の刃と化した二つの布を振り抜いた。
狙い違わず、オークの首が飛んだ。
ここでようやくゴブリンの矢の追撃が來た。
しかし、數がまばらだ。一斉撃の次の瞬間にオークが倒されたことに揺したのだろう。
飛んでくる矢を打ち払いながら、ステルはラウリのところまで戻る。
防はできるが弓矢は厄介だ。二人で対応する必要があった。
「さて、あの石壁だが、私に考えが……」
支部長がわかりやすく障害となっている石壁への対策を口にしようとした時だった。
「そこまでだ! 人間ども!」
び聲が聞こえた。
場所は石壁の上、緩やかな坂になっているその上方に人影があった。
黒いの目つきの悪いエルフ。右手は包帯のようなものでグルグル巻きにされた奇妙な風。
そして左手にはステルに見覚えのある魔導杖があった。
「ダークエルフッ!」
「待て、ステル君!」
布を持ち替え、投げ矢を手にしようとしたが、ラウリの制止がかかった。
見れば、ダークエルフから離れた位置にゴブリンに抱えられたがいた。
あの魔導士では無い、滅ぼされた村の生き殘りだろう。
ボロボロの服と消耗しきった様子から、酷い狀態に置かれていた事が否が応でも伝わってきた。
「人質付きとは厄介だな…………」
「…………」
二人がきを止めたのを見て、ダークエルフは満足気な笑みを浮かべていた。
奴が右手を掲げると、ゴブリンの攻撃が止まった。
「どうやら、話でもするつもりらしいな」
「どうしますか?」
ダークエルフから視線を外さず、問いかける。
ステルの問いは右手の投げ矢の行き先だ。ダークエルフと人質を持ったゴブリン、どちらを狙うべきか。
「まずは人質が優先だ。その前に話を聞こう」
小聲で打ち合わせをすると、ダークエルフの方から聲がきた。
「たった二人とは言え、好き放題してくれたものだな」
「お前たちほどではないと思うが?」
憎々しげな言い分に、支部長が涼しい顔で返す。
すると、ダークエルフも同様に応じた。
「そうかね? しかし、人間の目敏さには驚かされるよ。もっと準備を整えるつもりだったのだがね」
「なんでこんな所に砦を作った!」
激高しながらステルが言うと、向こうは怪訝な顔で答える。
「魔が人間を襲うのに理由がいるのかな? 冒険者とか呼ばれる人間ならよくわかるだろう?」
言うなり、ダークエルフが魔導杖を振り上げた。
魔導杖から魔力のが発され、風の刃が二人目掛けて襲いかかる。
勿論、それを素直にけるステル達ではない。
杖が振られた瞬間に、二人で散らばって魔法を回避にかかっていた。
結果として地面に風の爪痕が生まれただけだ。
「避けたか! だが、こちらには人質がいる!」
ダークエルフのその発言を待っていたかのように、支部長からの指示が來た。
「ステル君! まずは人質だ! 道は私が作る」
「了解です!」
人質を抱えたゴブリンは、ステルから見える位置にいる。
高所に陣取ってはいるが、狹い城だ。
目を閉じても投げやを命中させられる距離である。
「……いけっ!」
迷い無く投じられたステルの投げ矢は、一瞬の間を置いて人質を抱えるゴブリンの眉間に命中した。
「なんだと!」
人質ごと倒れるゴブリンを見て、ダークエルフが驚きの聲をあげる。
その隙を見逃す二人では無かった。
「そのまま走りたまえ!」
「はいっ!」
人質のいる場所まで一直線にステルが走る。
その後ろで支部長が槍を振るう。
「道が無いなら造るまでだ!」
支部長の魔導槍が地面に振るわれると、ステルの目前の石壁に石で出來た階段が出現した。
土の魔法は建築などにも広く使われているものである。何も攻撃ばかりが能ではない。
即席の階段を利用し、ステルは一気に石壁の上に到達する。
そこでダークエルフがようやく我に返った。
「矢だ! 矢を放て! 人質は殺せ!」
指示としては悪くないが、もう遅い。
ステルのきに迷いは無い。石壁の上を疾走し、早くも人質のの元に到達していた。
慌てて放たれたゴブリンの矢は當然のように布の盾に阻まれる。
「ギギィ!」
「うるさい!」
近くにいたゴブリン數匹が短剣を振りかざして突撃してきたが、振り払われた布が次々と切り裂いていく。
石壁の上はそれなりの広さで、り口が合計四カ所あった。
そのうちの一つ、一番近くからオークが一現れた。
「オークは何いるのかな……」
人一人抱えたまま戦うのは骨が折れるな、と思った時、オークの下半が石槍に貫かれた。
支部長だ。ステルの後を追いかけていたらしい彼がすぐ側に來ていた。
「ステル君。彼は私が護ろう。すまないが、向こうの手數を減らしてくれ」
「わかりました」
を託し、ステルは疾駆する。
ダークエルフは城の魔に集合をかけているのだろう。
その証拠に石壁上のり口からゴブリンとオークが數匹ずつ現れていた。
しかし、驚異というほどの數ではない。
ステルは走りながら、左手に持った布を盾にしつつ、右手で投げ矢を次々と投擲する。
狙いはゴブリンだ。數の多い飛び道はかなりの驚異と言える。
「くそっ、非常識な連中だ!」
凄い勢いで暴れ始めたステルを見てダークエルフが焦りと共に魔導杖を振る。
打ち出されるのは風の刃。當たれば金屬鎧でもただではすまない威力だ。
「はああああっ!」
しかし、ステルの布はそれを容易に弾き飛ばした。
「なんだとっ!」
何度目かの驚愕の聲を聞きつつ、ステルは更に前進を重ねる。
目の前に立ちふさがったオークへ向かって布を放つ。
「グガッ!」
まるで生きのようにうねった布が、オークの頭に巻き付き、
「はあああっ!」
そのまま力一杯に引っ張っられた。
ステルの筋力で頭を強引にねじ切られたオークは、そのまま首の骨を折られて絶命。
「ルォオオオオオ!」
怒りの咆吼と共にもう一匹のオークが棒を振り上げてステルに突撃してきた。
しかし、獲は振り下ろす前に魔がバランスを崩した。
原因はオークの足下から現れた石槍だった。
「助かりますっ!」
聲と共に、ステルは冷靜に左手で布を振る。
振られた布は鉄より鋭い刃となり、オークのを斜めに切り裂いた。
吹き上がるしぶきを気にも止めずステルは進む。この場の魔を殲滅するために。
そして、その進路上にはダークエルフもいた。
獲目掛けてステルは速度を上げる。
ゴブリンから大量の矢が降り注ぐが、両手の布によって全て弾く。
このまま終わりにする!
布に更なる魔力を込め。ダークエルフを切り裂く一撃を繰り出すべく、踏み込む。
「お、おのれ!」
苦し紛れに打ち込まれた魔法を右手の布で弾いた。
「終わりだぁっ!!」
程に捉えた。即座に左の布の一撃を見舞う。
オークを容易に両斷する一撃がダークエルフに炸裂した。
「…………?」
だが、來るべき手応えが無かった。
「…………どうした、俺が生きているのがそんなに意外かね?」
ダークエルフは生きていた。
が二つに分かれてもおかしくない一撃をけたというのに。
理由は簡単だった。
その右手がステルの布を摑んでいたのだ。
そして、ステルにとって驚くべきことは、攻撃を防がれた事では無くその右腕にあった。
「黒い……腕……?」
ダークエルフの右手の包帯は、いつの間にか取り払われていた。
現れた右腕は漆黒。全てのを飲む込むような、吸い込まれる黒をしていた。
「その通り、俺の力の源だ」
そう言うなり、ステルの左手が強い力に引っ張られた。
「なっ……っ」
それがダークエルフの力だと理解するより前に、ステルのが軽々と浮き上がった。
石壁の下の広間に、ステルは落下する。
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