《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》26.母來たる
ダークエルフの山城での戦いから一週間がたった。
その日、ステルの姿は下宿にあった。
「……と、以上がその後の話というやつだな。何か質問はあるかね?」
応接室にて、わざわざやってきてくれたラウリから、ステルはその後の話を聞かせて貰っていた。
ダークエルフ討伐後、砦の魔はすみやかに殲滅された。
ちなみに討伐隊とぶつかったオーク達も無事に退治されたそうだ。
そんなわけでダークエルフの軍勢は全滅。アコーラ市の脅威は去った。
砦の中では連れ去られた村人の生き殘りが発見された。
嬉しい事に魔導士もそこにいた。衰弱していたが、五満足だそうだ。
どうやら、報源として利用するつもりだったらしい。
ダークエルフの件は新聞でも騒ぎになった。
今でも事件を事細かに分析した記事が紙面を賑わしているほどだ。
「魔導士さんが無事で良かったです。ちょっとした有名人になっているみたいですけれど」
「それも計畫のうちだったからね」
當然だが、新聞に『見えざる刃』の話題は出てこない。
冒険者と街の兵士の協力で撃退ということになっていて、部に突した冒険者として斧使いなどが表彰された。
彼らは『見えざる刃』として參加していたが、今回は表の存在として全面に押し出されたそうだ。
斧使いと魔導士の二人のエピソードは談として広まっている。
そのうち二人の冒険譚が本にでもなるかもしれないと、ラウリは冗談混じりに言っていた。
「あの二人は実力も十分だ。そのうち、もっと有名な冒険者になるかもしれないな」
「なんかすごいですね」
「……凄いのは君なのだが、わかっているのかね?」
「僕がですか? 頑張っただけですよ?」
呆れ聲に対して怪訝な顔で応じるステル。
「頑張ったの一言で、山城を躙し、あの異常なダークエルフを倒せるものはいないよ……」
苦笑しながら支部長は一枚の紙を渡してきた。
「今回の報酬だ。既に振り込みは済んでいる。當初より脅威が大きかったので、千五百萬ルンに増額しておいたのだが。これで足りるかね?」
「せ、せんごひゃくまん……」
震える手で支払いの通知を見る。見慣れない桁數だったので何度も數えた。
間違いない、たしかにそうなってる。
「こ、こんなにもらっていいんですか?」
「なすぎるくらいだ。あのダークエルフの腕は何かがおかしい。君がいなければどうなっていたかわからない……」
支部長の言う事は噓偽り無い事実だ。
あのダークエルフは異常な強さだった。運の良い事に、ステルの実力が想像以上だったので何とかなったに過ぎない。
「あの腕、なんだったんでしょう? 前に故郷で似たようなの黒い魔を退治したことがあるんですが」
「異常な強さだったかね?」
「はい……。でも、詳しいことはわかりません」
そうか、と殘念そうに行って、支部長はテーブル上のカップを口に運ぶ。
「あの腕は回収して、アコーラ市の研究機関に持ち込まれたのだが。……消滅したそうだ」
「消滅? どういう狀況ですか?」
「言葉通りだ。調べようとした瞬間に、煙のように消え去ったそうだ」
「…………不気味ですね」
「同だ。殘念ながら、これ以上の報は無い。それよりも、君には個人的に禮を言いたい」
そういって、支部長はいきなり頭を下げた。
「ありがとう。私の依頼をけてくれて。本當に謝している」
「え、あの……」
「今回見たように、アコーラ市を襲う脅威は多い。今後とも協力してくれると嬉しい。『見えざる刃』という名聲無き立場ではあるが……」
「いえ、あの……、僕は名聲とか求めてませんから。報酬も沢山頂いていますし。有名になって変に注目されるのも嫌ですし」
「そうかね? 変わっているな。君は」
顔を上げて、そういう支部長は不思議と嬉しそうだった。
「そりゃまあ、田舎者には都會は便利で楽しいですからね。有名になって外の冒険にスカウトされたくないんですよ」
そう返して、ステルは軽く笑った。
窓の外では、強い日差しが注ぎ。風に庭の木々が揺れていた。
もうすぐ夏だ。今日は季節を先取りした暑さになるかもしれない。
○○○
それから數日後のことである。
母ターラが遊びに來た。
「まさか母さんが直接來るとは思いませんでした」
「手紙もろくに寄越さないから心配になったのですよ。ふふ」
「す、すいません。もっと小まめに手紙を出します」
「冗談です。貴方の手紙に綴られた日常を見たら、ちょっと覗きたくなったのです」
そう言って、ターラはお茶を口に運んだ。
久しぶりに會う母は相変わらずの若さとしさを保っていた。
訪れた時、山暮らしの地味な服と大量に抱えた土産が不釣り合いに見えて、ステルとアーティカは思わず笑ってしまい、怒られたりもした。
ステル達親子は、応接では無く一階の食堂で穏やかな時間を過ごしていた。
窓の外では日差しをけた庭の花々が穏やかな晝の時間を演出している。
「ごめんなさいね。何分山奧からだから到著する時期がはっきりしなくて」
事前に手紙を出していたそうだが、どうやら母は郵便よりも早くアコーラ市についてしまったらしい。
恐らく、馬車では無く自分の足で來たからだとステルは思った。
「よくわかってるから大丈夫です。山はどうですか?」
「変わりありませんよ」
それから二人は近況について語り合った。
といっても、主にターラからステルへの質問攻めだ。
獨り立ちさせたとはいえ、かなり心配していたのだろう。
『見えざる刃』についてを伏せたステルの冒険譚を聞きながら、安心した様子で母は何度も頷いた。
「しかし驚きました、ステルの実力なら、既に街の外の冒険にでも出ているかと思っていましたから」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「ええ、貴方の実力なら、周りが放っておかないでしょう?」
「そ、そんなことないですよ」
そんなことを言われてし慌てたりもした。
失させてしまったかな、と思う。のんびりしすぎたのが不味かったか。
「じゃあ、今度はもっと街の外で派手な冒険をして手紙に……」
「無理に冒険をする必要はありませんよ。貴方はもう大人、思うとおりに生きなさい。母は予想が外れて驚きましたが、それは好ましいことです。子供が親の考える姿と違う、自分の生き方を見出したのですから」
そう言って、ターラは実に満足そうにケーキに手を出し始めた。甘いに目が無いのに、それを言うまで我慢していたのだろう。
「……母さん。僕、頑張ります」
「無理はしないでくださいね。それだけが母のみです」
「はいっ。あ、すいません。ちょっと時間が……」
時計を見たステルが慌てだす。
何しろ突然の來訪だ、今日は平日、簡単だが仕事がある。
「お仕事お気を付けて。そうだ、せっかくだから、帰りに都會の味しいお菓子を所しても良いかしら」
「知り合いに聞いて、味しいのを買ってきますよ。それじゃ、母さん。ごゆっくり!」
脳裏にリリカの姿を浮かべてから、ステルは母からの依頼を請け負った。
軽い足取りで、いつもの格好をしたステルが室外へ出て行く。
ターラはその姿をおしい眼差しで見送るのだった。
○○○
息子が立ち去った扉をしばらく見ていると、そこから新しく人がってきた。
この屋敷の主、アーティカである。
「行ったみたいね。ほんと、元気で可い子ね」
「ええ、自慢の息子です」
アーティカはお茶をれ直しながらそんな會話をす。
そのまま先ほどまでステルのいた席に座り、自分のカップにお茶を注ぎ、口を開く。
その口調は普段の穏やかなものに、若干の張を含んでいた。
「ここに來るまでに、新聞は読んだかしら」
「一応は。ダークエルフが出たようですね」
「ええ、記事には書かれていないけど、ステル君がそれに參加してるわ。『見えざる刃』という冒険者協會の特別な部隊としてね」
その言葉にターラが一瞬だけ驚きに目を見開いた。
ダークエルフの一件に、自分の息子が関わっていることまでは予想していなかったのだ。
「……そういうことになっていましたか。あの子を放っておけない目敏い者がいたようですね」
「詳しくは後で話すけど、信用できる人よ。それよりも問題はダークエルフの方でね。……黒い腕を持っていたそうなの」
「……………」
黒い腕。
その単語を聞いて、ターラは深刻な顔つきになり、考え込み始めた。
「どう思う?」
「黒き力を手にしたとはいえ、この大都市にダークエルフが小規模な侵攻を行うのは考えがたい。命じた者がいます」
貴方の見解は? と表だけでターラがアーティカに問いかけた。
「多分、『落とし子』がいる。どこにいて、どんなやつだか、まだ全然わからないけれど」
「………………」
友人の予想を聞いて、ターラは靜かに目を閉じた。
心を落ち著けるために、それが必要だった。
「ターラ、どうしたの?」
「……あの子がこの街を出なかったのは、本能的にそのことを察知したからなのかもしれませんね」
「………………」
アーティカは無言で紅茶に手を付けようとして、やめた。
「……できるだけのことはするわ。それでも、困った時は頼ってもいいかしら?」
「私は思うようにけないですが、他ならぬ友人と息子のためならきましょう。しかし……」
「何かあるの?」
目を開き、ステルのよく知る優しく強い母の顔になってターラは言う。
「私の自慢の息子はとても強く育っています。きっと、そんな困難などはね除けてしまうでしょう」
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