《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》30.ユリアナからの依頼
施設の見學を終えた後は、そのままホテルのプールへ案された。
アコーラ市南部は海に面しているし、ホテルの近くには砂浜もある。
しかし、シーズン中は砂浜は人で一杯だ。このホテルの客はプールで優雅に過ごすのが大半だという。
ステルは先程見學した大型魔導によって管理されたプールの橫に設けられた席で、のんびりジュースを飲んでいた。
橫にはテーブルと空いた椅子が二つ。二人はまだ來ていない。
水著はその場で貸してくれた。ユリアナが事前に用意してくれていたらしい。サイズはリリカが知っていたというが、ステルはそれについては深く考えないことにした。
「ふぅ……充実した日だ」
さっぱりした柑橘系の飲みでを潤し、一息つく。
今日は珍しいものを沢山見ることが出來た。こんな経験はなかなか無い。
そこに更に珍しいものが現れた。
「やっぱり男の子のほうが著替えは早いわね」
「お待たせ致しました」
水著に著替えたリリカとユリアナである。
リリカが青、ユリアナが黒の水著だった。
年相応といったじのリリカと、自己主張の激しい型のユリアナ。
どちらも十分以上に目を引く外見であるのもあり、現れるなり周囲から注目されていた。
「…………」
「あら意外、ステル君。もしかして照れてるの?」
「一応、僕も男なんで……」
こんな外見。今も時折、上半のステルを見てギョッとする人がいたりもするが、ステルも健康な男子である。
水著姿のを見てそれなりに思うところはある。
二人はテーブルを挾んでステルの向かいの席に座った。すぐに従業員が飲みを持って來る。流石のサービスだ。
「いかがですか? 楽しんで頂いていると良いのですけれど」
「素晴らしいです。凄いですね、どういう関係でこんな大きなところを研究対象にできたんですか?」
「あら? 話していませんでしたっけ? このホテル、私の父が経営しているんですのよ?」
「…………す、凄いですね」
素樸な疑問に凄い答えが帰ってきた。相応のお金持ちだと思っていたが、まさか経営者だとは思わなかった。
「お気になさらず。凄いのは父様ですから。まあ、おかげでこうした良き出會いがあるのですけれど」
「きょ、恐です」
「ステル君、意外と権力とか、そういうのに弱かったのね」
「あまり偉い人と話すのに慣れていないので、相の無いようにしないとな、とは思いますね」
別に極度に恐れているわけではないが、自分がその手の禮儀や常識について疎い自覚はあるので、ついつい張してしまうのだ。
そう考えると、冒険者家業は気楽だと思う。偉い人には滅多に會わない。今のところは。
「気を使わせてしまって申し訳ありません。できれば、私とリリカには気軽な友人のように接して頂けると嬉しいのですが」
「わ、わかりました……」
「やっぱり私の時と態度が違う気がする……」
「人柄というものですわね。それはともかく……」
容赦なくリリカをこき下ろしてから、ユリアナは本題にった。
彼にとっては、これからが今日のメインイベントだ。
「ステルさん。アコーラ市に來てからの意中のなどはいらっしゃいますの?」
「ぶっ!」
飲んでいたジュースを吐き出しかけるリリカ。
こいつ、いきなり何を言うんだ、単刀直すぎるだろと目で語る。
対してステルの方はというと、
「意中の……ですか?」
怪訝な顔で問いかけてくる始末である。
「ええ、対象としての好みとかそういうのでも構いませんの。ステルさんくらいの形でしたら、そういうお相手もいるのかなと」
唐突すぎんだろ、と目で語るリリカに対して、ユリアナもまた「誰のためにやっていると思ってるんですの?」と目で返した。用な二人である。
対してステルの反応は子二人の予想を越えたものだった。
「れん……あい……?」
ぼんやりとその言葉を口にして考え込むステル。
「れんあいって、初めて聞く言葉ですね……。都會の言葉ですか?」
「なっ……」
今度は子二人が驚愕する番である。
想定外の狀況にリリカがステルにまくしたてる。
「ステル君。っていうのはね、概ね男で好きだとか嫌いだーっていうあれのことよ。わかるわよね?」
「好きだとか嫌いというのはわかりますけれど、なにか特別な意味が?」
「えっとね、それは意味がどうとかではなくてね……」
更に首を捻るステル。
それをリリカが言葉にどうにかわからせようとする。
そんな景を冷靜に見守っていたユリアナはあることに思い當たった。
「もしかして……。ステルさん、故郷ではどのようにして結婚が行われましたの?」
「結婚? えっと……親同士で決めるものですよね?」
思った通りだ。アコーラ市と北部の山奧ではそもそも生活や風習が大きく違う。原因はそこに違いない。
「……やっぱり。好きあった男の語などは読んだことがありますの? 親の決めた婚姻を振り切って、とかそういうお話ですの」
「一応、読んだことはありますけれど……」
「ご存知なようで安心しましたわ。おおざっぱに言うと、というのは男が自然と好きあうことですの。時には親の決めごとを振り切って」
「そ、そんなことが……」
おぉ、とまるで珍しい魔導を見た時のような反応を返すステル。
それを見ながらリリカは呆れ気味に言う。
「あの、ステル君。いくらなんでも、その反応はないんじゃない? 田舎といっても親の決めた人以外とくっつく人だっているだろうし。普通にお付き合いする人だっていると思うのだけれど」
「……僕は生活の殆どが母と二人きりでしたから。狩人なのでいつも山にいましたので、村の人とは良い関係でしたけれど、そういう人間関係までは……」
どうやら、そもそも人の営みそのものと縁遠かったらしい。
「なるほど。理解致しましたわ。答えにくいことを聞いてしまい、失禮致しました」
「いえ、そんなことは。なんか、すいません……」
「謝ることはありませんわ。そもそも、アコーラ市だってまだまだ親からの勧めでお見合いしてから結婚するのが主流ですもの」
「そうなんですか?」
「わたしも新聞で見たことあるわね。ちょっとずつ結婚も増えてるらしいけど、大半はお見合いだって」
なるほどー、とリリカの言葉にステルは心する。
「ふむ……なるほど……」
リリカには悪いがこれは難しい。
ここまでのやり取りでユリアナはそう結論した。
自分たちの水著姿に反応していたことから、男のあれこれに興味がないわけではないだろうが、結婚観とか観とかがそれ以前の問題だ。
學院の生徒なら今のやり取りである程度道が開けたかもしれないが、ステル相手では時間がかかるだろう。
自分自、経験もないくせに、ユリアナはそんな分析をしていた。
そして同時に、友人のための良い手助けも思いついた。
「突然、変なことを聞いてしまいましたわね。お詫びというほどのことではないのですけれど、冒険者のステルさんに依頼がございますの」
「え? 依頼ですか? 別に気にしていませんけど」
「私が気にしたんですのよ」
それにユリアナ自、もうしこのステルという年を見てみたくもあった。そう、リリカが語った、冒険者としての実力を。
「はい。このホテルの敷地に大きな展示場があるのですが、そちらの催しの警備ですわ」
「ああ、『魔法使いの産展』ね。面白いと思うけど、ユリアナ、いいの?」
「警備の冒険者を一人増やすくらいなら問題ありませんわよ」
「的には、どんな容なんでしょう?」
今日一番、それこそ水著姿の二人を見た時以上の食付きで問いかけるステル。
『魔法使いの産展』、非常に興味深い名前だ。どんな展示なのだろうか。
表がそう語っていた。
「高名な冒険者が跡で発見した強力な魔剣が、アコーラ市に持ち込まれるのですわ。今は失われた魔法の技で作られた魔剣を中心に、魔導でも実現できていない魔法に迫るというテーマの展示ですの」
「そ、それは個人的に凄く見てみたいです。あ、でも警備だと見られないのな?」
わかりやすい反応が好ましく、笑みを零しながらユリアナは続ける。
「展示を見る時間くらい作れますわ。私達としても、腕が立つ上に信頼できる冒険者は是非とも雇いたいところですの。リリカ、ステルさんは警備が務まるかしら?」
「余裕よ。ステル君、九級冒険者なのがおかしいくらい強いし。格的にものあまり魔剣を持ち去ったりはしないと思うわ」
「なら安心ですわね。當日は私とリリカもおりますから、張することはないと思いますわ」
「リリカさんも? 研究の一環とかですか?」
問いかけると、リリカがちょっとバツが悪そうな顔をした。
「いや、わたしも々協力というか、私がってるというか……」
「展示會の警備には魔剣の発見者でもある二級冒険者『剣姫』クリスティン・アークサイドも來るんですの。リリカの憧れの冒険者ですのよ」
「ちょっと、いきなりばらさないでよっ」
「あら失禮」
「へぇ、リリカさんの憧れの冒険者ですか。どんな人か気になりますね」
そんな呑気な発言をした現役冒険者に、リリカが言う。
「いや、超有名冒険者だから。最近は表立って活してないけれど、ステル君みたいな外に興味の無い新人さん以外は誰でも知ってると思う……」
「もしかして、一緒に仕事をする上で知らないと不味いですか?」
「多分……いやちょっとかなり……」
警備に參加するなら剣姫クリスティンはその中心人になる。人となりを知っておくべきだろう。
リリカはそんな考えと共に答えた。
そして、この手の失禮を嫌うステルにとって、それは非常に大きな問題だった。
真剣な顔をして、ステルはリリカに頭を下げる。
「良ければこの場でし教えて頂けると嬉しいんですが……」
「仕方ないわねぇ……」
その反応に、頬を緩めて得意気に語りだすリリカ。
「長くなるでしょうから、飲みを頂いてきますわ」
そう言ってユリアナは席を立った。
リリカの冒険者語りは長い。せっかくプールに來たのに泳ぐのは大分先になるだろう。
仲よさげに仕事の話をする二人を見て、「多は親になる手助けになるかしら?」などと思いながら、ステルへの依頼を手配するなど事務的な手続きに想いを巡らせる。
何はともあれ、展示會の楽しみが増えた。
楽しいことが多いのはいいことだ。
そんなことを考えつつ、足取りも軽く、ユリアナはプールサイドを離れていくのだった。
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