「はぁ、まさか、アーティカさんがラウリさんとそんなに仲良くなっていたなんて……」

「ステル君の保護者だからね、私もしっかりと対応させて頂いているよ。それに、非常に面白い人でもある。おかげで貴重な報まで頂けた」

冒険者協會所有の馬車の中。

下宿で知った驚きの報を口にしたステルに対してラウリは事も無げにそう答えた。

「アーティカさんって、もしかして凄い魔法使いなんですか？」

「表面上は農場を経営する引退した魔法使いだね。裏面は私にはわからない。魔法使いの世界というのは不得手でね。しかし、魔法使いというのは獨自の報網を持っているものだ。今も昔も神的な存在なのに変わりはしない」

現役時代、それで何度か助かった事もある。

遠い目をしながら、ラウリはそう付け加えた。

ラウリの過去について、ステルは興味があったが口にはしなかった。何となく、聞くのが悪い気がしたのである。

二人はこれから魔剣の輸送隊に合流するところである。

アコーラ市から出た馬車は三臺。馬車にはそれぞれ三名ずつの冒険者と水と食料などが乗っていた。

支部長のラウリがついて來たのは運ばれている品の重要を考えて、念のためということだった。

冒険者が者まで務める、何とも珍しい一団だった。

道は舗裝されているが、町の中ほど狀態が良くないため割と揺れる。

不平不満が出てもおかしくない乗り心地だが、冒険者にそんな者はいない。

すでに旅程は二日目。時刻は晝。早朝に出発して、予定ではそろそろ合流だ。

特にすることも無いので馬車の中では會話が続く。

「魔法結社っていう人たちに魔剣が狙われているんですよね？」

「ああ、アーティカさんに言われて慌てて調べてね。冒険者協會の方でも確認できた。『探求の翼』という王都を拠點にした小さな魔法結社がいているようだ。考え方が過激すぎて大きな結社から追い出された連中らしい」

「過激っていうと、どんなじなんです？」

「魔法使いは優れた人間である。古代の栄華を取り戻すために活すべきだ。……ここまでは良い。個人の自由だ。しかし、その手段として貴重な魔剣や魔法の類いを強引な方法で集めているのが問題になっている団だ」

「迷ですね。すごく」

ステルの言葉にラウリは頷いた。

「そう。凄く迷だ。首領のカッツという男を始め、存外優秀なのもあって、なかなか捕らえることができていない」

「冒険者協會で賞金がかかったりしないんですか？」

「勿論かかっている。王都の冒険者がずっと追っているよ。しかし、人數なのできが速いのと、『探求の翼』の人員が全員魔法使いなので、魔導の扱いが上手いのが厄介とのことだった」

「魔法使いは優秀だって言ってる人達なのに、魔導を使うんですか？」

魔導は魔法使いを駆逐した技だ。彼らにとって憎むべき存在ではないのだろうか。

ステルの素直な疑問にラウリは楽しそうに笑みを浮かべながら答える。

「そこは彼らも上手く考えていてね。古代の魔法こそが本來の姿であり、自分達の扱う魔法は退化している。だから仕方なく魔導を用いて高みを目指している、とのことらしいよ」

「賢い人達は自分を納得させるのも大変ですね」

便利だから、では駄目なんだろうか。

「私もそう思う。だがね、世の中、理由を考えるのに熱心な大人は多いものだ」

「大人は大変ですね」

「私もそう思うよ……」

しみじみと、し疲れをにじませながらラウリは同意した。多分、々とあるのだろう。

「ともあれ、私達にとって大事なのは魔導の扱い長けた厄介な組織が敵だという點だ。……そろそろ森にるな」

「僕、外に出ますね」

荷から弓矢を取り出して、ステルは者臺に出る。

馬車はアコーラ市の西側に広がる農業地帯を抜けて、森にりつつあった。

「この森、前に商隊の護衛をしている時に狼に襲われたことがあるんですよね」

農地が終わり、街道を飲み込むように現れた森のり口はステルから見ても不気味だ。

アコーラ市の人口増加によって森も相當切り開かれたそうだが、見える場所はまだ広く深い。

この森は人間の領域を抜けつつあることの印だ。

ここから先は獣に魔、悪人にとってはきやすい環境になる。

後ろから顔だけ出して様子を見たラウリが言う。

「この辺りの森も大分切り開かれたが、元々が広いからね……。街道を広げて通量が増えたのが仇になったのか、治安が良くないのは確かだ」

街道には一定距離ごとに街燈が置かれて明るく照らしているが、まだ足りない。

「狹くなった縄張りから追い出された獣や、金品狙いの強盜が多いそうですね」

「悩ましい限りだよ」

そこで、二人のやりとりを聞いていた者の冒険者が「おかげで俺達は食べるのに困らない」と言ったので、ステルは苦笑した。

平和で安全になればなるほど冒険者の仕事は減る。複雑な心境だ。

その時だった。

ステルの耳に、変わった音が聞こえた。

「なにか、聞こえませんか？」

「…………いや、聞こえるか？」

ラウリに聞かれた者が首を振る。

どうやら、二人には聞こえなかったらしい。

ラウリは仕事用の顔になってステルに問う。

「ステル君。何が起きていると思う？」

しの異変も見逃さない慎重さと、ステルに対する信頼。

その二つが混ざり合った発言だった。

ステルは心を靜めて、耳を澄ます。

を巡る魔力は筋力以外にも五を強化する。そのおかげで遠くに逃げた獲を追う事ができるのだ。

「人の聲……かな。でも、最初に聞こえたのは発した音みたいな……」

周囲は森だ。見通しが悪く、明るくもない。

見える範囲で異常は無かった。

「……距離はわかるかね？」

「それほど遠くないと思います」

言うと、ラウリは靜かに頷いた。

馬車の中にり、自分の槍を手に取ってから。者に素早く指示を出し始める。

「一度停車だ。その後、全員裝備を確認。それから馬車の速度を上げて進む。……ステル君、すまないが先行してくれるか？」

ラウリが命令すると、馬車はすぐに停止し、者は飛び降りて伝令に向かった。

「これを持って行ってくれ」

ラウリは荷の中から筒狀の魔導を取りだして放り投げてきた。

連絡用の信號弾を打ち上げる魔導だ。簡単な作で何かの明るいを空高く打ち出される。

「襲われていたら赤。何事も無ければ青ですね」

「そうだ。使うと目立つから速やかに移するように」

「わかりました」

そう答えるなり、ステルは者臺から飛び降りた。

著地して、しなやかな作で疾走へ移り、そのまま森の中へとを紛れ込ませる。

「はえぇ……」

一瞬で姿が見えなくなったステルを見たらしく、戻ってきた者が呆けたような口調で言った。

「ああ見えて、北部の狩人だ。実力を目の當たりにしないと実はしにくいがな。連絡は済んだな。出してくれ」

ラウリが槍を手に持ったまま者臺に座ったのを見て、慌てて者が馬車に乗り込む。

「さて、これから先、どうなることやら……」

厄介なものに関わる事になってしまった。心中でそう本音をらしつつ、ラウリはステルの行った森の中を見據えるのだった。