《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》37.クリスとリリカともうひとり その3
ステル達の姿は冒険者協會第十三支部の訓練場にあった。ステルにとっては今ではし懐かしい、冒険者の試験を行った場所である。
ステルの隣には支部長のラウリ。更に周囲には十人以上の観客がいた。
「クリス先輩は休日のはずだが、どうしてこうなったのかな?」
「なんというか、僕もよくわからないんですが……」
クリスとの手合わせのため、クリスとリリカの裝備を取りに寄った後、ちょうどいい場所ということで三人は冒険者協會にやってきた。
そこで運良く居たラウリに許可を貰ったら大騒ぎになったのである。
今はリリカとクリスが裝備をつけて現れるのを待っているところだ。
「リリカさんは冒険者になるべきか、ずっと迷っていますから。そのことを伝えたら、『一度私と手合わせしてみよう』と言い出しまして」
「ふむ……。クリス先輩なりに、リリカ君を勵ますつもりなのだろう。いや……どうかな」
ラウリはクリスの真意を測りかねているようだ。
「心折れちゃうかもしれない、と言ってましたけれど、本気を出したりしませんよね?」
「その點は安心だ。クリス先輩はでたらめに強い。殘念ながら、リリカ君に勝ち目はないさ。その辺りを考慮して、しっかり手心を加えてくれるだろう。もう大人だしね」
「それなら安心ですね」
そう言ってステルが安心すると、周囲がざわついた。
準備を整えたクリスの登場だ。裝備は馬車の護衛の時と同じ銀と赤の鎧姿、手には木剣と小さな盾を持っている。
あれは強力な跳躍力をもたらす魔導の鎧だ。それを相手にするとなると、自在に空を飛べるリリカの優位はあまりないようにステルには思えた。
「おー、また人が集まったわねー。こりゃあ、私ちょっと頑張っちゃおうかなー」
剣姫は観客に手を振りながら暢気な口調でそんなことを言った。
「なんか、観客を見てやる気になったみたいに見えるんですけれど」
「……だ、大丈夫だ。クリス先輩はちょっと自由なところはあるけれど、基本的に面倒見の良い人だ」
ステル達が不安になっていると、再び観客がざわついた。
今度はリリカの登場だ。前の依頼で見た魔導の鎧姿、武は剣姫と同じく木剣になっている。
魔法使いの素質と最新鋭の魔導をにつけたリリカはそれほど弱くない。
しかし、明らかに張していた。あれで本領を発揮できるだろうか。
二人は、訓練するもののいない広場の中央に立つ。
クリスは余裕たっぷりに、リリカは張でガチガチな様子で、
「おー、なかなか様になってるじゃない。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいしますっ!」
そう言葉をわして、禮をした。
にやりと笑いながらクリスが口を開き、
「見たじ、最新型の魔導よね。當然、使いこなせるんでしょ? うっかり本気になっちゃったらごめんねー」
「…………」
楽しそうに、朗らかに、事も無げに、そんなことを言った。
「すごく大人げないこと言ってますけど。ラウリさん、本當に大丈夫なんですか?」
「……大丈夫だ。多分。それにリリカ君は強い心をもっている」
ラウリの発言はクリスではなくリリカに期待するものになっていた。これはまずいのではないだろうか。
クリスがやりすぎたら止めるか。いや、いまこの時に止めるべきかステルが悩んだ時、
「クリスさんが本気を出せるように、全力を盡くします」
それまで見せていた張を噓のように消して、リリカが言った。
どうやら、彼の中で覚悟のようなものが決まったらしい。
これは止められない。彼自が、この勝負の結果、自分にどんな心境の変化があってもけれる覚悟をしてしまった。
「いい顔ね。本當に本気を出したくなっちゃうわ」
言いながら、自然な作で右手の木剣を構える剣姫。左の盾はだらりと下げたまま。
「……頑張ります」
対してリリカは、木剣をしっかりと構える。
その左手には衝撃の腕がはまっていた。使いどころを間違えなければ、切り札となりうる武だ。
実力差はいかんともしがたいが、善戦するかもしれないとステルは思った。
二人の様子を見たラウリが前に出た。
「試合の前に言っておく。クリス先輩、相手は未來ある學生です。ちゃんと加減をしてください」
注意というか叱るような口調でクリスに釘を刺した。
「お、おう。了解」
剣姫は一応了承してくれた。ステルの優秀な耳はこっそり「信用されてないわね……」と呟くのを聞き逃さなかったが。
そして、今度は諭すようにリリカに言う。
「リリカ君。君が弱いわけではないが、相手が相手だ。何より君はただの學生だ。危険だと思ったら私達が迷わず止める、いいね?」
「はい。よろしくおねがいします」
雙方の了承したのを確認し、ラウリは手を空高く上げて宣言する。
「では、はじめ!」
こうして、予定外の模擬戦が始まった。
「さ、どこからでもいいよー」
勝負が始まるなり、クリスは剣をだらりと下げて、無防備な構えになった。
二人の相対する距離は三メートルも無い。一瞬で距離を詰めて斬りかかれる。
「…………」
しかし、リリカはけなかった。
隙が無いのだ。
冒険者で無いといってもリリカもそれなりに鍛錬を積んだだ。目の前の相手が桁外れな実力者であることはでじていた。
どういてもやられる気がする。
木剣を構えたまま、リリカは攻めあぐねていた。
周囲で見ている冒険者も無言。訓練場の空気が一気に張り詰めたものになった。
しびれを切らせたのは、クリスだった。
「よっしゃ。じゃあ、私からいくかぁ!?」
そう言うなり、剣姫はいきなり飛び出した。
大地を蹴って、弾かれたように加速する。
目の前にいたリリカにとっては瞬間移したかのような速度だった。
目を離さないように集中していたのに、気づけば目の前にいて、剣を振り下ろそうとする剣姫がいた。
「……くっ!」
「遅いよっ!」
クリスが木剣を振ったのと、リリカが後ろに下がろうとしたのはほぼ同時だった。
一撃で終わった。
観客の殆どがそう思うどほどの一撃だった。
しかし、結果は違った。
リリカが全ににつけている魔導鎧が、彼の足が地面を蹴るよりも早く起したのだ。
足と肩から緑の魔力を散らし、リリカは低空で飛行して後退。
ギリギリのところで剣姫の剣閃を回避した。
そのままクリスを見下ろせる高さまで飛翔し、上空に留まる。
「良かった。見た目だけじゃなかったみたいね」
「危なかったですよ……」
剣を肩に置いて、心してみせるクリス。
対してリリカは顔を引きつらせていて、まるで余裕がない。
やっぱり、油斷しなくてもあっさりやられる……。
彼我の戦力差くらい把握しているつもりだったが想像以上だ。今の一撃で十分伝わった。
一応、自分に勝機があるか考えてみる。
上空から衝撃の腕による遠距離攻撃を続ければ、勝てるだろうか。
見たじ木剣のみ裝備の剣姫に対して、一番有効そうな作戦はそれだ。
しかし、できれば選びたくない作戦である。
これは命がけの決闘でもなく、自分を試すための模擬戦なのだ。相手を遠距離から完封にかかるのはちょっと違う気がした。
それと、衝撃の腕の扱いの難しさも問題だった。取り回しに失敗すると、周りの人や建を巻き込む可能が高い。それもかなり。
この貴重な機會を無駄にしちゃいけない。
そう思い、リリカは決めた。
こちらを見上げるクリスに、木剣を向けて言う。
「いきます……!」
「おう、きなさい!」
相変わらず武を構える気すら無いクリスは余裕の返事を返した。
リリカは周囲を飛んで徐々に加速。
魔力のをまき散らしながら、剣姫の周囲を高速で飛翔して様子を窺う。
対してクリスは、リリカが背後に回ってもまるで気にする気配すら見せずに立っている。
どこからでも來いということだろう。
その無言の挑発に、リリカは全力で答えた。
速度が乗った空中、それも正面から突撃という形で。
周囲の観客から「早いけど、なんで正面なんだよ!」というびが上がった。
それらを気にせず、リリカは加速を続ける。間合いが詰まり、クリスの剣を持つ手に力が籠もった。
ここだ!
その瞬間、リリカは空中で縦方向に回転。空中で躓いたかのような挙で前転し、そのまま一気にクリスの背後に回る。
空を自在に駆けるリリカだからこそできる挙。
狙いは背後への一撃だ。
「……っ!」
空中で逆さまになり、背後から気合いと共に橫なぎの一撃。
乾いた音が、場に響いた。
「いいね。でも、狙いが見え見えだよ」
剣姫クリスティンは當たり前のように振り返り、攻撃を剣をけ止めていた。
「……どこから気づいてました?」
「こっちに向かって來た時から、何となくかな!」
「うわわっ!」
短いやりとりの後、クリスの攻撃が始まった。
空中を浮遊し地面を駆けるよりも機敏かつ自在に勢を変えてくリリカを、木剣の連撃がしずつ追い詰めていく。
人はこれほどまでに上手にを制できるのかと言う見事な攻撃を、リリカは必死にけ止める。
観客から歓聲が上がった。
「おぉう! 普通になかなかやれるじゃないの!」
その通り、リリカは何とかクリスと打ち合えていた。
その理由は簡単だ。
クリスが楽しんでいるのである。
彼はわざとリリカがけきれるギリギリの速度で剣を振るい、しずつ追い詰めている。
おかげで周囲の観客はリリカが防戦ながらも善戦しているように見える。
會場は大盛り上がりだ。
しかし、二人ほど、それを厳しい目で見ている者がいた。
「……どう思う、ステル君」
「まだ、大丈夫です」
二人にはクリスが楽しんでいることも、リリカが追い込まれていることもわかっている。
しかし、止めるわけにはいかない。今のところ、これは「いい勝負」なのだから。
最新鋭の魔導をに纏い使いこなすリリカと、のかし方一つとっても並では無いクリスの戦いは見た目にも非常に派手だ。
防戦一方のリリカもたまに機を生かして反撃に出ている。
これはいい勝負。だからまだ、止めるほどの狀況では無い。
「ほらほら、もっと向かって來なさい!」
「くっ……このっ!」
クリスの連続攻撃をかいくぐり、苦し紛れの突きを繰り出すリリカ。
しかし、それは左手の小型の盾であっさりけ流される。
それどころか、無理に攻撃をしたせいでリリカの態勢が空中で崩れた。
「隙ありぃっ!」
右手に持った木剣が容赦なくリリカを襲う。
勝負を決めるきだ。
木剣がリリカの左肩を強かに打ち付けるかに見えたその瞬間、
「んぅぅ……っ!」
リリカの唸り聲と共に、クリスの木剣が弾かれた。
直後、訓練場全に一瞬の強風が吹き荒れた。
衝撃の腕だ。
リリカの切り札ともいえる、強力な衝撃波を発する魔導。
一瞬だけそれを発し、見えない盾を左腕の周囲に生み出したのである。
彼の裝備を知るステルはそれを把握できた。
周りの観客もなんらかの魔導だと推測したかもしれない。
「……驚いた。いえ、油斷した。全魔導だものね。私の想像もつかない仕掛けくらいあって當然か」
クリスは剣が弾かれた瞬間に、素早く距離を取っていた。流石に隙は無い。
対してリリカは疲れた様子で上空だ。
「意表をつけたみたいで……良かったです……」
肩で息をしながら、リリカは言った。
対してクリスは元気なものだ。
そろそろ止めるべきじゃないだろうか。
數々の修羅場を潛り抜けてきたであろうクリスにとっては楽しい遊びかもしれないが、リリカには負擔が大きすぎる。
ステルがそう思い始めた時、クリスが不適な笑みを浮かべた。
「じゃあ、次は私が意表を突く番ね」
「え?」
言うなり、クリスの足の周辺が揺らめき。
「いくよっ!」
彼の足下が砂を巻き上げて発した。
ステルが以前みた、驚異的な跳躍力。魔導の機能だ。
リリカのものは違う、直線的な空中への加速。
速度は速く、想定外のきにリリカは反応できない。
「てぇいっ!」
「……ぐぅっ!」
勝負を決めたのは左手の盾による打撃だった。
正面から鎧を打ち付けた強打。
それをけたリリカは吹き飛び、そのままバランスを崩し墜落した。
「ぐっ……しまった」
「油斷したね。はい終わり」
起き上がったリリカの前にクリスの木剣が突きつけられた。
「參りました……」
「はい。參らせました」
にこやかに笑うと、クリスは木剣を肩に乗せてそう言った。
終わってみれば、しっかり加減をしてくれた勝負だった。
魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】
※ルビ大量に間違っていたようで、誤字報告ありがとうございます。 ◆TOブックス様より10月9日発売しました! ◆コミカライズも始まりした! ◆書籍化に伴いタイトル変更しました! 舊タイトル→魔力ゼロなんだが、この世界で知られている魔術理論が根本的に間違っていることに気がついた俺にはどうやら関係ないようです。 アベルは魔術師になりたかった。 そんなアベルは7歳のとき「魔力ゼロだから魔術師になれない」と言われ絶望する。 ショックを受けたアベルは引きこもりになった。 そのおかげでアベルは実家を追放される。 それでもアベルは好きな魔術の研究を続けていた。 そして気がついてしまう。 「あれ? この世界で知られている魔術理論、根本的に間違ってね?」ってことに。 そして魔術の真理に気がついたアベルは、最強へと至る――。 ◆日間シャンル別ランキング1位
8 199【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気に入られたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~
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