《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》70.見えざる刃
「どうぞ、こちらです」
「ありがとうございます」
王達を前にしても、付のアンナはいつも通り落ちついた様子だった。
彼に先導されて到著したのは、支部にいつの間にか完していた支部長室だ。小さな會議室を改裝したもので、音がれにくくの會議を行いやすい。
當然のことながら、そこには部屋の主もいた。
「ヘレナ王、アマンダ様、お會いできて栄です」
そう言ってにこやかに挨拶したのはラウリ・イベーラだ。
ここは冒険者協會第十三支部。
黒い獣を退治したステル達は、外に出るなり今後の方針を決定し、その一環としてここに向かったのだった。
今、この場にいるのはステル、ヘレナ王、アマンダの三人だ。アーティカは別の準備を進めるために家に帰ることになった。
ステル達の目的は『見えざる刃』の力を借りること。
そのためにはステルの所屬する冒険者協會支部の支部長、ラウリ・イベーラが適任とのことだった。
「さっそくですが、お話をしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。こちらへどうぞ」
ラウリに案され、一同が會議用のテーブルに向かった。
アンナだけはし離れた場所に置かれた自分用の機につき、書記の姿勢だ。
「あちらのアンナ君は大変優秀で、信頼が置けます。同席してもよろしいですか?」
「はい。ですが、記録は殘さない方が良いかも知れません」
「承知致しました。アンナ君、廃棄を命じるかもしれないが良いかね」
「はい。必要なら忘れます」
そんな會話を聞きながら、ステルも席に著いた。話し合いの場で自分にできることがあるとは思えないが、『見えざる刃』の者として同席しないわけにはいかない。
ラウリが手ずから茶を用意し、會議が始まった。
最初に口を開いたのはへレナ王だった。
彼はお茶を一口飲んだ後、若干早口で語り出した。
「それにしても、あのラウリ・イベーラ様にお會いできるのなら、もっと落ちついた時が良かったですわ」
「一度お會いしたがっていましたからね、姫様は」
「はっ、恐です」
興気味の王に、何故かラウリは微妙な顔つきだった。
「ラウリさんはそんなに有名な人なんですか?」
ステルの素樸な疑問にヘレナ王が反応した。
彼はステルをじっと見つめながら、勢いよく語り出す。
「ご存じないのですか? ラウリ・イベーラと言えば『現代の騎士』『紳士冒険者』と呼ばれ、あの名作小説『月影の乙と現代の騎士』のモデルとなったお方なのです! その逸話は數多く、古いしきたりに縛られたとの逃避行や、親が対立する議員である男の間を取り持ったりと、とにかくロマンチックで……」
うっとりと語るヘレナ。橫でにこにこしているアマンダ。だらだら変な汗をかいているラウリ。
ステルはただ圧倒されるばかりだ。
「い、いえ。その手の話は誇張されるものです。大は噂に尾ひれがついたもので……」
「ご謙遜を。姫様に頼まれて検証しましたが、概ね事実に即しておりました。自らの行に自信を持ってもよいかと思います」
「ぐっ……」
居心地悪そうに口を挾んだラウリだが、アマンダの発言をけて言葉に詰まった。
「ラウリさん、凄い人だったんですね。僕もその小説を読んでみたいです。なんで教えてくれなかったんですか?」
「……いや、恥ずかしいんだよ。件の小説は向きに書かれたもので、その、あまりに気障な対応をしている人のモデルが自分だと思うとだね」
彼にしては珍しい困り顔でそう語った。照れているのだ。
「よく取材された作品だと存じておりますわ」
「…………若い頃の話ですから。それよりも仕事の話を……」
話題を変えたいらしいラウリがそう言った瞬間、アンナがいた。
彼は自分の機の引き出しを開けると何かを取り出して、機の上に置いた。
「このような時を待っていました」
殆ど表を変えずに言った彼が出したのは、『月影の乙と現代の騎士』と題名の書かれた本だった。
「サインをください。まさか、王の前で拒否しませんよね?」
「……アンナ君、このタイミングのためにずっと機の中に?」
「はい。……ファンなので。勿論、作品のですけれど」
「アンナさん、ずるいですわ。私も頂けるならサインがしいっ」
王とは思えない口調で抗議するヘレン、微妙に地団駄まで踏んでいる。
するとアンナはもう一冊同じ本を取り出した。
「支部長が誤字をした時のための予備があります。これで……」
「ラウリ様、優秀な書をお持ちですね」
そう言うと、上品な仕草で王はカップに手をばした。表は打って変わって穏やかだ、
「いえ、彼は書では無く付嬢なのですが……」
「姫様、先にサインを頂いてから仕事の話をした方が良いかと」
「そうですわね。ステルさん、ごめんなさいね。趣味に走ってしまって」
「大丈夫です。僕も今度サインを貰いますから」
その言葉に、ラウリは頭を抱えた。
○○○
「と、いうわけなのです……。ラウリ様、どうかなさいましたか?」
「いえ、最初の會話と落差が激しすぎて……」
三十分後、機に突っ伏し、胃のところを手で抑えているラウリがいた。
「ステル君、帰ったらアーティカさんにいつもの胃薬を用意してくれるように頼んでおいてくれないか? 彼の薬は良く効くんだ」
「わ、わかりました」
「頼む」
そう言うとラウリは立ち直り、居住まいを正した。そして、小さく「やっとクリス先輩の件が終わったのに」と呟いたのをステルの耳は聞き逃さなかった。
どうやらまた心労を抱えてしまったようだ。
「申し訳ありません。和やかな話題から會話にった方が良いかと思いまして……」
「いえ、お気遣いありがとうございます。いくつか、お聞きしたいことがあります。……その『落とし子』が何かの勘違いだということは?」
「ありません。アコーラ市を守護する結界の中でも、落とし子に関わるものだけが的確に壊されていました。何より、私達が戦った『黒い獣』は『落とし子』の尖兵です」
アマンダの説明にため息をつくラウリ。ちなみに結界の破壊にクリスが関わっていたらしいことを聞いたときにも、彼は胃を抑えてのたうち回っていた。
「その、お話の通りならば『落とし子』はダークエルフとは比較にならない強さに聞こえます。どうやって倒せば良いのですか?」
「このような時のためにエルキャスト王家は落とし子に対抗するためのを用意しております。王家の者にしか使えない魔法だとご理解くださいませ。それと、アーティカ様の対抗策がいくつか。何より、ステルさんがおります」
「ステル君が?」
「はい。彼が母から託されたという魔剣が『黒い獣』に大変有効でした。恐らく、『落とし子』へ対抗する強い力となるでしょう」
「もしかして、その魔剣はステル君にしか使えないのでしょうか?」
「アーティカ様はそう仰っておりました」
「……今更だが、君と母君は何者なんだい?」
「すいません、僕は普通に狩人のつもりで育ったので詳しくは。今度、母さんに聞いてみます」
心の底から疑問に思ったらしいラウリに対して、申し訳なく謝るステル。
こればかりは母に聞かない限りわからない。
「いや、すまない。対抗策があるのは頼もしいことだ。興味はあるので、もし話しても良い容だったら教えてくれると嬉しい」
「わ、わかりました」
「あの、軍隊を使うことはできないのでしょうか?」
「すいません。ことが公になると市でパニックが起きてしまうかもしれませんので、裏に処理したいのです」
アンナの質問に対して、申し訳なさそうに言うヘレナ。だからこその『見えざる刃』ということだろう。
「どちらにしろ、明確な対抗手段の無い軍で『落とし子』を倒せるとは限りません。まずは數鋭で挑むべきかと」
「それで、問題の『落とし子』はどこに? ここで會議をしているくらいの時間はあると思いたいのですが」
「それについてはご安心を」
ヘレナが促すとアマンダが地図を出した。
それは、アコーラ市とそのの地下通路を示した地図だ。
「『落とし子』の目的はアコーラ市の地下に封じられた『古の落とし子』の殘滓。そこに至る道は二つ。どちらも王家の先祖とエルフが『落とし子』を弱らせるための仕掛けの數々を設置しております」
「なるほど。そう簡単に目的地には辿り著けない、と」
地図をじっと見ながらラウリが言った。彼の頭の中では『落とし子』と戦うための方策が練られているのは明らかだ。
「道は二つ、『落とし子』にとって罠のない道を本命として、ステルさんを初めとした面々で行こうと思いますの」
「では、私が用意する『見えざる刃』はもう一方を行きましょう。……あの、私達の分も『落とし子』対策の裝備を用意して頂けますか?」
「當然です。十分な準備の上、臨みましょう」
その言葉を聞くなり、アンナがずっと書いていた議事録を破り捨てはじめた。
突然のことに一同が呆気にとられる中、しばらく紙を破く音が室に響いた。
「流石にこの話は記録に殘せません。支部長、協會の仕事は私達に任せてください」
無表にそう言うと、アンナは機の上に次々と々な書類を出して作業を始めた。
後のことは任せてしい、そんな無言の態度だった。
「ステル君、これだけ事件に関わってから言うことではないが。この街を守るため、力を貸してくれ」
いつになく真剣な目でいうラウリにステルは真っ直ぐに答えた。
「勿論です。僕で力になれることなら」
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