《山育ちの冒険者 この都會(まち)が快適なので旅には出ません》73.落とし子
それを見た時、死んだと思った。
ステル達と別行で、本命で無い方の跡の経路。即ち、対『落とし子』用の罠が大量に設置された上、り組んだ構造を持つ跡でラウリ達は出會ってしまった。
黒いローブをに纏った、漆黒の人型。
大きいわけでも、異形なわけでもない、しかしながら、ただただ圧倒的な気配を放つ存在。
跡の中程まで進んだあたりでそれに遭遇した時、ラウリ達は瞬時に理解した。
こいつこそが『落とし子』だ、と。
「ラウリの旦那。貰った裝備はまだあるか?」
「ああ、まだあるが……」
「困ったわね……」
グレッグとラウリの會話を聞いたイルマが困り顔で目を伏せる。
今回、ラウリが『見えざる刃』としてかせたのはよく見知ったこの二人だった。
急な話だったこともあって、すぐに手配できるのが彼らしかいなかったともいえる。
とはいえ、腕は確かだ。いかに『落とし子』と言えど、自分も含めて三人で當たれば時間稼ぎくらいできる目算だった。
何より、ラウリ達にはヘレナ王とアーティカから數々の裝備品が渡されていた。
王家の護符は武につけて扱うだけで『落とし子』に対し特別な威力を発揮し、アーティカから渡された裝飾品は魔力の盾を作ってを守ってくれた。
ラウリに渡された短剣は『落とし子』を一時的に封じる力を持り。その短剣の一撃を屆かせるため、イルマには強力な魔法の封じられた杖を持たされた。
渡された裝備がどれも効果を発揮した。
しかし、『落とし子』の力は想像以上だった。
ラウリ達の攻撃はその殆どが無力化された。王家の護符が力を発揮した時だけ、傷を負わせることができたが、時間稼ぎにしかならない。
三人は全員が練の冒険者である。勝てない戦いはしない。
このままでは勝てない。
素早く判斷した三人は、見事な連攜で時間を稼ぎつつ撤退した。
今はラウリの魔導槍の力で通路に小さな部屋を作り、そこに貰った裝備の力で結界を張って隠れているところだ。
三人が見ているのは、ヘレナ王が作ってくれた跡の地図だ。
ラウリ達は戦いを諦めたわけでは無い。
そもそも、こちらの通路に『落とし子』がいた場合、時間を稼ぐ作戦になっていたので、どうにかそれを実現しようと會議をしているのである。
「なあ、聞いてたより、裝備の効きが悪くないか?」
「確かに私もそう思う。イルマ君、何か心當たりは?」
事前の話では、王家の護符はもっと有効な裝備のはずだった。魔導につければ魔力に自で反応し、『落とし子』に痛撃を與えるとのことだった。
現実は、ほんのしきを止めるだけだ。手応えが殆ど無い。
「なんともいえない。でも、この奧から嫌な魔力の流れをじるから、それが原因とか?」
「なるほど『古の落とし子』の殘滓の影響か……」
「ありそうな話だぜ」
雑な理屈に男二人が納得したのを見て、イルマがため息をつく。地図を指さし、強めの口調で語りだす。
「専門家でもないのに推測しても無駄じゃないの? それよりも、これからどう切り抜けるかを決めましょう」
「どうする、逃げるか?」
「気持ちとしては逃げたいのだけれどね……」
ここで『落とし子』を放置するわけにはいかない。
放置しておけば『古の落とし子』の殘滓とやらを取り込んで、アコーラ市に大きな災いを呼ぶだろう。
戻って助けを呼ぶにしても、時間を稼いでからだ。
「アーティカさんから預かった『落とし子』を一時的に封じる魔法の短剣がある。せめてこれで時間を稼いでからだな」
「それ、呪文を唱えると封印の結界が出るんだろ。どこまで効果があるか怪しいぜ」
「うむ。だから、直接叩き込む」
『落とし子』封じの短剣は本來結界で包み込むものだが、直接刺して発すればより強力な効果を発揮する。「危険だからやらないでね」とアーティカに釘を刺された方法だ。
「…………支部長、死ぬ気か。俺はそういうのは好きじゃねぇぞ」
ラウリの迷い無い言葉に、グレッグが靜かな口調で言う。真剣だ。命がけの手法だと把握しているからこそだろう。
「死ぬつもりは無いさ。どうにか隙を作って一撃をれる、それだけだ」
ラウリはグレッグの言葉を、いつもの軽い口調でけ流す。
「それだけ……ね」
そう言ったイルマは荷から裝備を取り出し、黙々と魔導杖の準備を始めた。
「おいおい……」
「どちらにしろ、あいつのきを止めないと逃げることもできないでしょう?」
やるしかないのよ、とばかりに言い放つイルマを見て、グレッグは大きく肩を落としてから、言う。
「……わかった。覚悟を決めるか」
その目は、言葉通り、覚悟を決めた者のそれだった。
「覚悟なら一人で決めたまえ、私は死ぬつもりはないよ」
「當然、私もよ」
「お前ら……」
せっかくの決意表明を臺無しにされたことに抗議しようとした時だった。
いきなり、イルマが鋭く、しかしながら小さな聲で言った。
「どうやら、見つかったみたいよ」
「長時間、隠れられるわけではないと思っていたがね」
「しゃあねぇ、やるとするか」
『落とし子』が來た。いくら優秀な結界を張っているとはいえ、隠れ続けることができるとは思えない。
三人はそう判斷し、それぞれの武を構える。
「さて、どこまで迫れるものか……」
「あまり迫りたくねぇ相手だけどな」
グレッグの軽口に応えるように、魔導斧が魔力の輝きを帯びた。魔導の起に応えるように、手元に無理矢理くくりつけた王家の護符が輝く。あと數回しか効果を発揮しないが、『落とし子』に対して最も頼りになる攻撃手段だ。
「來た」
イルマの短い言葉と同時、三人のいる場所の結界が砕かれた。
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