蛇に睨まれた蛙……なんてよく言うけど、まさしくその通りの狀況に陥ってた。

僕だけだけど。

あの大きな赤い目に睨まれているだけで、指先一つかせない気にさせられた。

実際、今僕は銀に降ろしてもらってから一つとしてけてない。

そんなことは構い無しに、黒い蛇はおもむろに口を大きく開けると限りなく黒に近い紺の霧を吐き出してきた。

「うわ、すごい毒々しい！！　吸っちゃいけないやつだ！！」

「かかっ、焦るでないわ」

どくかなにかだろうその気を前にして、銀は一切焦らずに元から出した鉄扇を開いて、その霧に向かって大きくひと扇ぎした。

その一回で起こされた風が瞬く間にその霧を跳ね返してしまったんだけど……。

「む、いかん」

「えっ、なにが！？」

跳ね返した霧を破りながら、巨大な赤い口が向かってきてた。

それはまるでダンプカーのような重量と矢のような速度を持って銀が立っている屋ごと飲まんとしているようだ。

そんなギリギリの狀況でも、銀は焦った様子を一切見せずに僕を抱き上げて跳んで回避してくれた。

ものすごい跳躍で空に上がり、眼下に黒い蛇の全像を捉えた。

それだけじゃない。そのもっと下の、地上にある緋禪桃源郷も。

赤い桜と、空中に浮かぶ樓閣、黒い蛇。夜空には星と、し欠けた月。

そして、こっちを追ってきた赤い大きな口と牙。

「銀！！　下！　下から蛇姫様來てる！！」

「まったく、埒があかんの」

銀はそう言いながら黒い蛇の牙を足場にして跳んでから、黒い鱗に著地した。

それから本當に長いり臺でもっていくかのように、蛇姫様のをっていって、また跳躍して屋に飛び移る。

落ちたり跳んだりったり、のたうつ蛇姫様のを避けながら銀は立ち回る。

それに連れられている僕はもう目が回っていて、すでに上下左右の覚が無くなすがままに……。

「あやつも本気じゃな。こちらも本気で応じてやらねばなるまいが……」

「あわわわわ」

「これ、目を回しておる場合ではなかろ！」

銀の平手が僕の頰を打ち、強制的に意識を覚醒させられた。

大丈夫大丈夫しっかりしてるからそんなに叩かないでくれい。

「銀の本気って……？」

「わしがなにの神か忘れたわけではあるまい？」

「狼さん」

「うむ、誇り高き狼じゃ」

そう言って微笑み、頭の耳とおの尾を揺らす。

そう、蛇姫様が大きな蛇となったように……まさか、銀も。

「ただし、今のわしの本來の姿は今の姿での。その姿として顕現するには許しがいる」

蛇姫様の追撃をかわしながら、銀は言う。

「ぬしはわしと共に居たいと言ったが、真まことじゃな？」

「ほんとだよ。なにがあっても、銀と一緒にいたい」

「くふふ。なら、ぬしのの一部をわしに寄越すのじゃな。それをもって、ぬしからの許しを得たものとする」

そうか、僕は銀に名前を與えた。実際のところ、僕は銀の手綱を握っている存在なんだという。

で、どうしよう。

僕の一部ってことは、髪のでも爪でも皮でも汗でもなんでもいいみたいなんだけど……。

「くう、しつこい奴じゃのっ」

黒い蛇のに囲まれて、銀は僕を抱えたまた高く高く跳躍した。

何度目かの空を飛ぶ覚。

ええい、もうしてしまえと、僕は銀の頭に腕を回して顔をぐっと近づけると……半ば強引に銀のを奪ってしまった。

唾だって、僕の一部であることに変わりないんだからこれでもいいよね。

なんて、言い訳めいたことを心の中で考えながら。