《比翼の鳥》第24話 起床、そして穏やかな日々(6)
あれからリリーに話を聞いた俺は、一人、彼の部屋で考えを纏めている。
その話は、彼自の苦労験そのものだった。
俺が教皇によって倒され、を分割された後、彼は頭だけを持って逃げだしたらしい。
なんて危ない事を……と、肝が冷えた一方で、彼のおでこうして、首の皮一枚繋がって、今の俺が存在していると思うと、彼を頭ごなしに叱る気にはなれなかった。
ちなみに、他のの部分は、それぞれの國にある教會に安置されているようなのだ。
尤も、これも、彼が調べて最近分かった事らしい。
どうやら、俺のを魔力供給源として活用し、新たな教會の利権として使っているのでは、と言うのがリリーの意見だった。
その辺りは、揚羽の言っていた事とも合致するし、ほぼ間違いないと俺も思っている。
話を戻そう。
俺の頭を抱えて逃げ出したリリーは、無我夢中で走り続けて、別の國に辿り著いたらしい。
そこで、先程のリザと呼ばれていた子を助けたんだそうだ。
んで、これがまた、王道と言うか何と言うか、あの子はやっぱりお姫様だったらしい。
マチェット王國の姫君。しかも王位継承権第二位と、文句なしのお姫様だった。
その割には、妙に直的で危なっかしいと思うのだが、これは一、誰の影響なんだろうか?
俺にジト目で見られたリリーの表を察するに、皆まで言う必要も無いだろう。
まぁ、命を助けてくれたリリーに心酔するのは、分からなくもない。
その結果として、リリーはあのお姫様直屬の獨立部隊として、その地位を確立しているようだ。
ベイルさんが何故ここにいるかと言う疑問への答えは、至極明瞭なで、彼が森で修行していた所、あっさりと勇者に捕まったらしい。
どうやら、話を聞く限り、あのカオルとか言う奴の時だから、結構前の話だな。
まぁ、殺されてもおかしくない狀況だったから、ある意味運が良かったんだろう。
むしろ、何故、生かされたのか、俺としてはし疑問が殘る。これは、追々、彼にも話を聞いてみよう。
そんな彼は、その後、奴隷として耐え忍んでいた所を、リリーに見つけられ、今に至るとの事。
一応、ベイルさんは、先程聞いた獨立部隊の副隊長との事だが、昨日のあの騒を見ていた俺のには不安しかない。
因みに、勿論と言うか、やっぱりと言うか、隊長はリリーだそうだ。
大丈夫なのか? この部隊?
とりあえず、俺は心配なのだが、彼曰く、結構、巷の評価は高いらしく、今や影の実働部隊として、その地位を確固たるにしているとの事だ。影なのに巷ってどういう事? とか思わなくも無かったが、その辺りは、リリーだし、深く追求しない事にした。
部隊の評判を話していた際、彼の耳が起立していた事から、相當な自信があるんだろう。
まぁ、きっと彼も様々な経験を通して、長したのだ。そういう事にしておく。……そういう事にしよう。
最後に、他の家族達について、何か報は無いかと聞いてみたが、彼は殘念そうに首を振るだけだった。
半ば分かっていた事ではあったが、やはり、そう簡単には行かないかなと、俺もそれ以上は彼に聞く事は無かった。
あの家族達の事だし、一番の不安要素であったリリーも、こうして立派に生きているんだ。
他の皆も、どこかで元気に暮らしているに違いない。
そんな風に思っていた俺だったのだが、彼が突然、部下と思われる狐族の獣人に呼ばれた事で、その考えが間違っていた事を知る。
「隊長!! 影が出ました!」
影? なんだ、それは。
一瞬、そう思うも、すぐにその正に思い至る。
揚羽が言っていたじゃないか。魔と呼ばれる、黒い生が、世界を侵食し始めたと。
俺の魔力によって変異した、異形の化け。それが世界を混に陥れていると。
どの位の強さなのかは、俺にも分からないが、大丈夫なのだろうか?
そこで、俺は起きて初・め・て・不安な気持ちが薄っすらと心を塗りつぶして行くのをじた。
そんな俺の表を見て、リリーは笑みを浮べると、いつもの臺詞を口にした。
「大丈夫ですよ、ツバサ様は、私が守ります。」
違うんだ。そうじゃないんだよ……リリー。
そう口にするも、出て來るのは赤ん坊特有の、むずがる様な聲だけだった。
「しの間、ここで待っていて下さいね。すぐに戻りますからね。……報告、ご苦労様。今行きます。」
笑顔でそう俺に語り掛けた後、彼はその聲と表を一変させた。
それは正しく、戦士のそれであり、その雰囲気は、歴戦の兵のだった。
リリー……そうか。君は、本當に。
彼が尾を颯爽となびかせ、音もなく去る姿を、俺は見送る事しかできなかったのだった。
そうして、俺は一人、靜かになった部屋で、自分の心と向き合う。
焦りもある。無力さもこのから離れてくれやしない。
だが、それらの衝に突きかされていても、失敗するだけだと俺の経験は告げていた。
深呼吸を一つ。
そう。落ち著け。
今、俺が出來る事を、確実にこなしていく他無い。
ならばどうすれば良い? 家族達の安否を確認するには、どんな方法がある?
そして、思い當たる幾つかの方法。
その中で可能の高いものは……。
脳裏を過る、嬉しそうに涙を浮かべる小さな狐族の。
いや、その姿は仮初のだったな。
そう俺が意識した瞬間、その姿が掻き消え、代わりに現れた山のような巨軀。
の涙を流し、それでも尚褪せないしいその山のような雙実……では無く、肢を曬す竜神。
宇迦之さん……彼に聲が屆けば、或いは?
俺は、そのまま心で語りかける。
宇迦之さん、聞こえないですか? 俺です、翼です。
彼の存在を意識し……そして、彼へと心の中で語りかける。
心を研ぎ澄ませ、彼の存在を探しつつ、語りかけ続けた。
……駄目か。
暫くの間、そうして、語り続けたが、手応えはない。
そもそも、以前にじられていた細い繋がりのようなものが、今は微塵もじられなかった。
俺が弱化しているせいか……或いは、向こうに何かあったせいか。
一瞬、脳裏に過ぎった桜花さんの姿。
……そうか。何かあった可能は、高いわけだ。
結局、リリーにこの事を伝え損ねていたな……。
いや、違うか。
俺が伝えたくなかったんだ。
彼に、桜花さんの死を、そして、森で何かあったかもしれない事を。
ずるいな。俺。
嫌悪と罪悪が綯いぜとなり、俺の心をす。
しかし、俺は目を閉じ、首を振ると、そのを抑えた。
けど、今はまだ……せめて、俺が自分でけるようになるまでは……。
ゴメンな。リリー。
けないけど、今はまだ、無理だ。
俺は、詫びる。心のなかでそっと。そして、その聲を聞くべき彼は、未だ帰らなかった。
結局、あれから、々と試行錯誤してみたの、狀況は芳しくはなかった。
宇迦之さんが駄目でも、もしかしたら、ディーネちゃんや此花と咲耶なら、聲が屆くのでは? と思ったが、やはり、現実はそう甘くなかった。
ならば、ファミリアを使っての通信を……と試みたのだが、そもそも、ファミリアのストックがこちらには無かった。
そうなると、新しく作らなければならない訳だが、俺の今の魔力量では、それも葉わない。
リリーに著けて置いたファミリアは、どうやら消失しているようだ。
中々、思い通りにはいかないな。
今の俺に打てる手はない。その事を嫌と言う程、痛する。
ふぅ。そうなると……やっぱり、俺が早くけるようにならないと駄目な訳だ。
一番手っ取り早いのは、前と同じように、魔力循環法を利用した隠蔽により、強制的に魔力量を底上げする方法だ。
だが、この手段は、問題が二つある。
一つは、前と同じように、無盡蔵に魔力を底上げしてしまう可能がある事。
何だかんだで、予定外の事を呼び込みまくったのは、俺自が制しきれない魔力量が原因だった事もあるだろう。
出來れば同じ轍は踏みたくない。これは、最終手段にして置きたいのだ。
もう一つは、そもそも論だが、俺のが、その方法に耐えられない恐れがあるという事。
あれは、疑似的にではあるが、魔力枯渇を継続させることで、魔力に対するを高める効果があると、俺は推察してる。
であるならば、この弱り切ったが、魔力枯渇に耐えきれ無かった場合、最悪、死ぬんじゃないかと。
思い起こしてみれば、この方法を取った初期の段階ですら、俺は大人のであったし、魔法もそこそこは使えていた。
一瞬、森の奧でルナと不な打ち合いをしていた頃を思い出し、頬が緩む。
結局、最後まで彼の盾は抜けなかったな。
を過る一抹の寂しさと、大きな虛無に襲われ、俺は頭を振ると、そのを抑える。
いや、今は、それは良いんだ。傷に浸る必要はない。彼はきっと、向こうで元気にやっているはずだ。
なんたって、意地の悪い付き人が目をらせているんだからな。
あの人―――人と呼んで良いのか疑問は殘る―――が、彼を悲しませるような事をするとは思えない。きっと何かしらの準備はしていたはずだ。
そこまで考えて、俺は、ふと、ある存在を思い出す。
そうだ……セレネ? セレネはどうした!?
今迄どうして忘れていたのだろうか?
まだ、あまり言葉もわさず、関係が希薄だった事も理由としてはあるのだろうが……。
最初に彼をじた時の様に、俺は心の奧底を見詰める様に、意識をへと向ける。
まだ、心の中に、まるでが開いたような虛無は、そこに居座っている。
だが、そこに彼の存在をじる事は出來ない。
いや、一瞬、何かが俺の心にれた。俺ではない、何・か・が、そこにある。
セレネ! 君か!? 
だが、その聲に応える者は無い。
暫く、そうして、自分のを探るも、先程じたか細い何かも、消え去った。
更に、諦めきれず、心で聲を上げ続けたが、それに応える者は無い。
俺は、息を深く吐くと、意識を浮上させた。
そこは、変わらずリリーの部屋。
その部屋の景は、末なベッドと、木籠の様なが數個置いてあるだけの、本當に簡素なだった。
天井から吊るされているランプが放つが、寒々しくさえ思える。
俺の落膽が、この部屋をそう見せるのか、そもそも、これが彼の今の生き方なのか。
いや、両方だろうな。
彼をそうさせてしまった。彼を縛ってしまった。
一瞬ではあったが、そう思わずにはいられない俺が、本當に酷くちっぽけで、薄汚れた存在の様に思えてしまい、慌てて首を振る。
一人で勝手に落ち込んで、人の気持ちを分かった気になって、本當に何やってんだか。
……もう、それは飽きるほど、散々やっただろう?
俺は苦笑しながら、部屋をぐるりと見渡し、窓から差し込むへと目を止める。
外から差し込むが尾を引いて、部屋の隅を申し訳程度に照らしていた。手をばせば屆きそうな距離。
俺は、何とも無しにに手をばした。
そのは、俺の小さな手を包み、仄かな溫もりを伴って、自己の存在を主張している様に思えた。
窓の外には、切り取られたように広がる、ただただ青い空。
それを見て、何故だかは分からないが、俺は心がスッと軽くなったのをじた。
そうだ。ここから、もう一度、始めよう。
俺は窓の外へと手をばし、グッと握る。
小さな手に、そのを摑んだような、そんな気がして、俺は一人頬を緩めるのだった。
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