《比翼の鳥》第25話 起床、そして穏やかな日々(7)
結局……今、俺に出來る事をやると決めて、最初に取り掛かったのは、自分の今の力を正確に知る事だった。
自分の魔力を自分で測る。それ位なら、今の俺でも何とかなると思ったのだ。
尚、魔法陣は発不能だ。あれは、発に際して、空間に陣を描く必要がある。その上で、陣に沿って魔力を流さなければならない。
ちなみに、空中に線や文字を書く魔法は、地味に魔力を食うだけではなく、制が難しい。
それが出來たのは、俺とルナだけだった。そりゃそうだ。空中に文字を固定化する技。それを維持する魔力。平面ならまだしも、立となれば、座標指定まで発生する。俺はそれをイメージである程度簡素化できていたが、それでも、消費魔力は、下手な攻撃魔法より高いのだ。だから、宙に文字すら描けない今の俺では、魔法陣構築は、手も足も出なかったりする。
という訳で、自分に向けて、【アナライズ】を使用する為、準備にる。
式を構するため集中し……その瞬間から、強烈な倦怠に襲われた。
ぐ、これ位も駄目なのか。まだだ、し位、無理してでも……。
いや、待て、測定項目を魔力のみに絞れば……。
魔力が急速に減した狀態で、更に絞り取る様に魔力供給を続けつつ、瞬時に測定項目を絞り込む。
それが功を奏したのか、魔法は発した。
だが、次の瞬間。小さく何かが吹き上がる音が、どこかから聞こえ……俺の意識が急速に遠ざかる。
うぉ、ま、待て、せめて……數値確認だけで、も。
0・ / 0.8・
なるほど……そりゃ、厳しいわ。
數値を辛うじて確認した瞬間、そんな風に頭の片隅で納得しつつ、俺の意識は闇に落ちたのだった。
どれくらい経ったのだろうか?
誰かの泣きぶ聲が遠くから聞こえ、俺の意識はゆっくりと浮上する。
「ツバサ様!? ツバサ様!!」
あれ? リリー、帰ってきたのか。全く、何をそんなに……。
霞がかった思考を無理やり働かせ、俺は狀況を理解する。
リリーに抱きかかえられ、彼の腕の中に納まりながら、至近距離で見詰め合う形になっていた。
そんな彼は、その目からは涙を滴らせ、目を開けた俺に、必死に語りかけている。
「ツバサ様!? お気づきですか!? おは!! 大丈夫ですか!?」
目を開けた俺に気が付いた彼に、凄い剣幕で一気に捲し立てられ、俺は思わず、頷いた。
実際、特にに異常は無い。いや、凄くだるい。だが、それだけだ。
ああ、しまった。かなり無理しすぎたか?
完全に魔力が底をついたんだな……こりゃ。倦怠が抜けてない所を見ると、魔力はまだ枯渇狀態か。
「ああ、良かった……。本當に、無事で、良かった……ぐすっ。白目を向いたまま倒れられていた姿を見た時には、本當に、どうしようかと……」
俺が頷くのを見て、漸く安心できたのだろう。リリーは、再度目に大きく涙を貯めると、そのまま俺を抱きしめてきた。
一瞬、戸ったものの、彼の嗚咽をでじる事で、罪悪がこみ上げてくる。
おう、そんな壯絶な狀況だったのか……俺。
そりゃ、赤ん坊が白目向いて倒れていれば、半狂にもなるわな。
なんか、いらん心配をかけてしまったようだ。
うーん、やはり無理は良くないか。このだと、どうなるか想像もつかないし、暫く無理は控えよう。
俺は謝罪の意味を込めて、あやすように、リリーの腕を優しく叩く。
そうして、彼が泣き止むまで、俺はその行為を愚直に続けた。今の俺には、それしか出來ることがなかったのだ。
「もう、ツバサ様をお一人にする訳にはいきません」
ひとしきり泣いた後、真っ赤な目を向け、彼は開口一番、俺にそう告げた。
いや、そんな事言ってもさ、リリーは大変だろう?
そう腕に書いたが、リリーはすぐに首を振る。
「ツバサ様をお一人にして、何かあった方が、よっぽど辛いです。今回の事で、良くわかりました」
そんな事を言われてしまうと、俺はグウの音も出ない。
事実、凄く心配させてしまったし。これで益々、過保護になるのは避けられないんだろうな。
……まぁ、逆に考えれば、リリーと一緒に居れば、外の様子も見られるし、報もってきやすい。
何より、いざと言う時、対応できる事も増えるかもしれない。
前向きに考えるなら、悪い事ばかりでもないか。
ただ、問題はある。幾ら何でもずっと、俺を抱きかかえて移する訳にも行かないだろう。
両手がふさがっていては、いざと言う時に困るしな。
だとすると、俺をに括りつける、何か道が必要になるかな。
その辺りをリリーに聞いてみたのだが……帰って來たのは意外な答えだった。
「それなら大丈夫ですよ。私、ずっとツバサ様を離さず持っていましたから。あの袋をし手れすれば、問題ないかと思います」
あの袋って何よ……ちょっと待て、そもそも、俺って生首狀態だったんだよね?
そんなものずっと持ち歩いていたのか!?
半分、引きながら恐る恐る訪ねた訳だが……。
「はい! なので、ちょっとした手違いで、他の者にツバサ様を見られてしまった時に、大騒ぎになっちゃいまして。それ以來、私の通り名は、首・狩・り・になりました。ふふふ、ちょっとカッコいいですよね」
容もそうだが、その誇らしげな顔が余計に恐いわ!
やだ、この子、ちょっと見ない間に、趣味趣向が変な方向にねじ曲がってますよ!?
って言うか、レイリさんや桜花さんに顔向けできねぇ!? 何か、本當にごめんなさい!!
……それに、俺の生首をそのまま見た人って……軽くトラウマになっているんだろうなぁ……。どこの誰だか知らんが、ご愁傷様だ。
まぁ、俺よ、落ち著け。もう過去の事は仕方ない。そうだ、もうどうにもならないんだ。
それよりも、今は、未來のことを考えよう。その方がよっぽど建設的だろう。
そう半ば強引に自分を勵ましていたのだが、リリーが音も無く立ち上がった事で、考えが中斷された。
「ツバサ様、ちょっと移しますね」
そんな言葉が彼の口から発せられたのは、彼が完全に立ち上がった後からだった。
勿論、俺は今なおリリーの腕の中に収まっているわけで、そのまま軽い浮遊とともに、移を開始する。
一何処へ行くのだろうか?
そう思いつつ、顔を上げリリーの表を伺ったが、どうやら、とても楽しそうにしていたので、結局、そのままにした。
今の話の流れから想像するに、先程言っていた、袋とやらの件だろうしな。
リリーのに抱かれる格好の俺には、周りの様子を詳しく知ることが出來ないので、この時間を使って、先程の【アナライズ】の結果をけ、今後の対策を考える。
しかし、まさか、俺のがここまで弱っているとは。
文字すら出せない時點で、かなり魔力値が低いのは実していたが、最大値が1に屆かないって……。
この【アナライズ】の魔法は、俺が魔法を使い始めた當初のフレイムランス1本分の魔力を1として定義している。
つまり俺は、あの最初の頃の魔法すら、ろくに使えないということが実証されてしまった訳だ。
まぁ、枯渇狀態を長時間維持していれば、魔力量は増えるのだから、暫くの間は地道に鍛錬するしか無いのだろう。
ただ、どの位時間がかかるのかは、未知數である。
どちらにしても、暫くの間は、何も出來ないんだろうなぁ。
ただ、魔法の制自はスムーズに行えたし、発できると知れたのは大きな前進だ。
つまり、制力は落ちていない。俺が眠る前の苦労は無駄にはなっていなかった。
と言う事は、現狀、魔力量だけがネックなんだよな。
うーむ、困った。この問題さえ解決できれば、出來ることが、かなり増えるのだが……。
ファミリアが使えれば、々問題が解決するんだけどなぁ。
ファミリア、無いしなぁ。
……待てよ?
あるじゃないの。ファミリア。
俺があのタカちゃんと名乗る教皇と対峙した時、余剰魔力を、ストレージにぶち込んでたよな?
魔力をストレージに送り込むために、ファミリアにファリアを作らせていたはずだ。
じゃあ、ストレージには、ファミリアがあるんじゃないか?
いや……駄目だ。ストレージを開くには、魔法陣を書かねばならない。
流石に、俺の制だけでは、空間に干渉する魔法を使えないだろう。無理やり使えば、暴走しかねない。
ストレージの中には、ファミリアがあるけど、開くには膨大な魔力が必要。
うん、完全に詰んでおりますな。
せめて、何か代替できるがあれば……。
例えば、そうだなぁ。膨大な魔力を貯蓄できるものとか……。
そこまで考えた時、リリーの歩みが止まった。
彼は、そのまま、片手で俺を抱きながら、目の前の扉に手をかける。
強く力をれているようで、し引っかかるような音を立てつつ、その扉がゆっくりと開いていく様子を俺は、何となく見つめる。
それは、何か躊躇うような、そんな風にも見えた。
まるで、封印されていた何かを掘り起こすような、そんな狀況を俺に思い起こさせた。
「確か、ここにしまったはず……です」
そんな風に、呟くリリーの聲が、扉越しの部屋に吸い込まれるように消えた。し埃の舞う部屋に、彼は足を踏みれ、壁のランプに當たり前のように魔法で火を燈すと、その部屋の全像が影の中に浮かび上がった。
それを見て、俺は合點がいく。簡単に言えば、この部屋は倉庫だろう。
10畳程の狹い部屋の片側に、棚があり、そこに々な品が雑多に保管されていた。
定期的に掃除はしているようで、それ程多くの埃が積もっている訳ではなかったが、それでも、何かの歴史をじさせる程度に、趣があった。
そんな部屋の奧へ、リリーは俺を伴って足を踏みれる。
目の端に過ぎ去っていく棚には、何か小手のようなや、書。素材不明の布や、石ころ何とかもある。
ふと、棚の端にるものがあり、目を向けると、水晶玉のように研磨された珠が一つ、鎮座していた。
うん? これ、どこかで見たことがあるような?
一瞬、既視が過るも、リリーはそんな事は気づきもせず、目的のものを探しながら目の前を通り過ぎていった。
「えっと、確か、この辺りに……」
獨り言を呟きながら、そのまま最奧まで來ると、リリーは棚をし始める。
その棚は、し布製品が多いように思える。しかも、特別なものではなく、ごくありふれた、言ってしまえば末なが多かった。
今、彼が著ている服の布地とは全然違う。所々、よれたりほつれているばかりだ。
だが、だからこそだろうか。俺は、見た瞬間に理解した。これは、彼が使って來た服や布地なのだろうと。
中には汚れているものが多い。の跡だろうか? 黒いシミのように、布地を汚しているものが多かった。
彼の歴史が、ここにある。俺はそう悟った。彼も一杯、俺を守りながら生きてきた。その証がここに詰まっていた。
「あ、ありました!」
彼の喜ぶ聲が、俺を現実に呼び戻す。
見ると、ふと、見覚えのある柄が目に飛び込んできた。
よく見ると、それは所々、補修してボロボロになった袋だった。しかも、々な布地をあてたのだろう。継つぎ接はぎだらけで、正直、見れたものではない代だ。
だが、俺には分かった。分かってしまった。
あのシミだらけの斑な布地部分……あれは、リリーが最後に著ていた服だ。
あそこは、俺が急増で作ったのスポーツブラっぽい奴の布地だろう。
そして、真ん中に誇らしげに……そう、お守りのようにい付けられていたのは……。
涙が出そうになった。だが、こらえる。
リリーは、そんなを、大事に……ずっと、使っていてくれたんだと、そう分かった。
「これは、私の心の支えだったんです。これにツバサ様のお顔をれて……ずっとに纏っていたんです」
そんな彼の聲が、どこか憂いを帯びたにじられた。
見上げると、とてもらかな……しかし、どこか遠くを見つめているような彼の姿がそこにあった。
「皆には、なんて小汚いものをって馬鹿にされましたけど、私にはこれしか無かったから……いえ、これが良かったんです。皆と一緒に過ごした日々が詰まった、この袋でツバサ様を包みたかったんですよ」
そんな風に呟く彼は、し困った顔をしながら、俺に靜かに笑いかけた。
「だから、ちょっと不格好ですけど、良いですか? もし、ツバサ様が宜しければ……なのですけど」
不格好? 良いじゃないか。俺には、最高にカッコよく見えるよ。
だが、そんな事を伝える必要はない。俺が、伝えたい言葉は、単純だ。
リリーの腕を俺は、2回叩く。
「あ、はい。何ですか? はい、っと。えと、あ……り、が……と、う……り、ぼ、ん。き……れ、い?」
ありがとう。リボン綺麗だね。
何度か書いて、その言葉が通じたのだろう。
彼は、満面の笑みを浮かべて、答える。
「はい! このリボンはツバサ様との大事な思い出ですから!」
その継ぎ接ぎだらけの袋のど真ん中。
ボロボロになりながらも、大事にい付けられていたあの日のリボンを見て、俺は、湧き上がるを抑え、そっと彼の言葉に頷くのだった。
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