眼下に見下ろすように対峙したビビと率いられた魔の群れは、雄びを上げるかのように、思い思いに吠えていた。

その中心で、ビビは天に向かって翼を広げ、獅子の様なその咆哮を、辺りに響かせている。

吠えると言う表現が示す通り、ビビを中心として群れているのは、殆どが狼や犬のような獣の姿をしていた。

その數は、【サーチ】で確認したところ、およそ３００程だ。こちらとの距離は高低差を無視して、およそ１ｋｍ。

眼下に見える獣の群れは、ここからは、さながら黒い波のように見える。

その波間から浮かぶ赤い。それは、剣呑なを湛えており、決壊寸前のダムの様に、解き放たれるその時を、今か今かと待っているようにも見えた。

ちなみに、本當にどうでも良い事なのだが……獰猛な獣の集団の中にあって、黒く斑になってしまったものの、ビビのその軀は、非常に違和を持って俺の目に飛び込んで來て、何となくやる気がそがれる。

いや、だってさ、食獣の群れの真っただ中に巨大文鳥ですよ？

どう考えても絵面的には、捕食者に囲まれている文鳥ですよ。ただ単に、大きいだけでさ。

俺は、そんな事を考えるも首を振り、思考を切り替える。

そうして、リリーの腕を叩き、言葉をわした。

「はい、大丈夫です。まずは、手筈通りに」

そう。俺達も無策でここに居る訳ではない。

一応、こうなる事は予見できていたから、流れや不測の事態を考えて、ある程度の意思疎通は図っておいた。

リリーはこの間にも、魔力を練り、その力を高めている。

俺も魔力を練り、周囲の魔力をかき集め続けていた。

【サーチ】を維持しながら、その様子を観察していたが、思っていた通りだ。

徐々にではあるが、この場に漂う黒い魔力……つまり元々は俺由來の魔力が、ゆっくりと俺の元に集まって來るのをじる。

それは、魔たちが発散する魔力も例外ではない。

黒い霧の様に立ち込めていた魔力が、徐々に薄れていくのが、高臺からだと良く分かった。

それは、まるで流れる様に俺の元へと集まってくる。

その様子をでじたのだろう。

魔たちの遠吠えが、徐々になくなってきた。困した様に、周りの様子を落ち著きなく見回す魔たちと対照的に、ビビは俺を睨むように一瞬見つめると、次の瞬間、天へと咆哮を上げる。

その瞬間、魔達が一斉にこちらに向けて走り始めた。

「いぃ～リリー」

「はい！」

こちらも、その瞬間、行を起こす。

リリーは溜めていた魔力を解放し、地面を右足でしっかりと踏みしめた。

その瞬間、まるで津波の様に広がる魔力の波。

その波は、リリーの右足を中心に丘の下に向かって扇形に広がる。

最初は點でしかなかった魔力の力場も、その歩を進める度に面積を増して行く。

そうして、その魔力波は、先陣を切った魔達の踏みしめる大地を巻き込みながら何ごともなく進み、最後尾で雄びを上げ続けるビビの所まで難なく到達した。

全ての魔達の足元に、リリーの魔力が到達したその瞬間。

「破！！」

踏みしめた右足を軸として、天を仰ぐ様に左足を振り上げると……そのまま、その足を大地に力強く叩き付ける。

同時に全ての魔の足元が、一斉に陥沒し……その軀の大半が地面へと埋まる。

勿論、狂ったように雄びを上げていたビビですら例外ではなく、そのの半分が、地面へと沈んだ。

この機をリリーが逃すはずも無く、震腳の勢いそのまま跳躍すると、足を取られきの取れない魔の群れの直上へを躍らせる。

そして、そのまま、クルリとをひるがえし、腰だめに構えた右拳をわにした。

拳に宿る金の魔力が、まるでもう一つの太の様にを放ち、解き放たれるその瞬間を待っている。

「突式とつしき　流星槍りゅうせいそう！！」

彼の力ある言葉に答えた魔力が、その拳より放たれる。

只の球だったその魔力が、彼の意思をけ、その姿をあるべき形へと変化させた。

數瞬後に空を覆いつくしたそれは、で出來た槍だ。

それらがまるで意思を持つかのように、魔達へと殺到する。その景を遠くから見れば、まるで流星群が大地に降り注ぐかのように見えた事だろう。

地面に半を沈め、きの取れない魔達は、その一瞬で全て、そのの槍に貫かれていった。

まるで、初めからいなかったかのように、音もなく霧散する魔達。その存在を示すのは、大地に空いた無數のだけだった。

うわ、一撃だわ……。

魔の強さがどの程度かは不明ではあるが、なくとも、並の獣よりは遙かに強靭なのは、その魔力量を観れば、想像がつく。

だが、それ以上に、リリーの力は圧倒的だった。正に、歯牙にもかけないレベルである。

尤も、今の技はかなりの大技だったらしく、彼の魔力量はその総量を大きく減らしていた。

そのまま地面に降り立った彼は、油斷なくビビを見つめるも、その肩が、やや大きく上下しているのが、越しに分かる。

そんなビビにも槍は屆いたようだが、どうやら他の魔の様に貫通しあっさりと倒すとまではいかなかったようだ。

しかし、半を地面に埋めたまま、両手……じゃなかった、両翼で頭を抑えてプルプルしている所を見ると、それなりに痛かったらしい。

そして、俺も油斷なく魔力を集め続けていたが、その吸量が、突然、発的に増えた。

それは、今迄、集めていた量の比では無い。一気に桁違いの魔力が俺の元に凝される。

やっぱり、この魔達は……俺の魔力で出來ている。

ビビの様な、元々ある存在ではなく、魔力を固めた様な、ある種不安定な存在。

今、リリーが蹴散らしたのは、そういう存在の様だ。

だから、存在が維持できなくなった瞬間、それは単なる魔力として、俺の元に集まって來たのだろう。

この量なら、もしかしたら……？

一瞬、俺はそんなを出したが、それを許してくれるビビでは無かったようだ。

今も尚、俺の元に集まり続ける膨大な魔力を警戒したのだろう。

見ると何となく涙目の様な気がするが、そのまま気丈に吠えると、翼を広げ、衝撃波を放って來た。

ちなみに、未だにビビの半は埋まったままである。

「っ！」

一瞬、金屬がこすれる様な音と共に、火花の様ながあがるも、リリーは、それを拳ひとつでいなした。

「ビビさん！　私の事、分かりませんか！？　リリーです！　ツバサ様もいますよ！」

まぁ、こちらから先制攻撃しておいて、今更なもあるが、一応、家族に手を上げるのは心苦しかったらしい。

ちなみに、俺は一目見た時に、既に説得は諦めている訳だが。

殘念ながら、こういう展開の時、話し合いで解決できた話を俺は見た事が無い。

この世界のルールに乗っ取るなら、それは恐らく無理だと、理解していた。完全に暴走モードのそれであるし。

だが、同時に、例外がある事も俺は知っていた。

セレネの時の様に、命令権が発する可能も、あるかもしれない。

「いいビビ！　あうもうぅあうあえぁやめないか！　あうあ俺はうあぁあおツバサだよ～！」

一縷のみをかけてんだ俺であったが……意外な事に、その聲を聞いて、ビビの視線が真っ直ぐ俺に向く。

あれ？　もしかして、理解できているのか？

そう思ったのも束つかの間、ビビは興した様に、口から泡を吹きつつ、半を地に埋めながら、踴る様にそのをくねくねと蠢かす。

ひぃ、何か恐い！？

「ちょ、ちょっとビビさんが、気持ち悪いです……」

どうやら、俺と同じ想を抱いたリリーからそんな言葉がれる。俺も激しく同である。

そんな俺達を目に、勢いよく地面から飛び出すと、シュタッと、音がしそうな綺麗な著地を決めるビビ。

ちなみに、羽は綺麗に開かれ、なんかイラっとするポーズまで決めている。

そのままのポーズで、首をこちらに向けると……咆哮と共に、その目を細める。

その姿に、俺は何故か生理的な嫌悪を覚えた。

なんか、獲を見付けた食獣を連想させる、愉悅の混じる笑みに俺にはじられたのだ。

を震わせる俺に対して、半になって、背中におぶさった俺を庇う様に、ビビに対峙するリリー。

次の瞬間、ビビの姿が一気に近くへと現れる。

は、速い！？

俺の強化された知覚をもってしても、ビビのきは、まるで瞬間移の様に見えた。

しかし、リリーはそんなビビのきを読み切っていたようで、最小のきでビビの突進を躱しながら、左手で突進による衝撃波をいなし、そのまま流れるような作ですれ違い様に、ビビのへ掌底を叩き込む。

慣も働いて、そのままの勢いですっ飛びながら、もんどり打って地面をるビビ。

す、すげぇ。リリー、何そのき。

そう心する暇もなく、すぐに起き上がったビビが、咆哮を上げながら再度突進してきたが、結果は同じだった。

「そんな直線的なき、私には通用しませんよ」

そう。これは、リリーと前もって話し合っていた事なのだが、ビビにはある弱點がある。

ビビが地を走る時は、進行方向にしか進めないのだ。

それはそうだろう。の構造が鳥類なのだから。

ステップする事は可能なのだろうが、発的なきを産むには、どうしても直進するしか無いのである。

それを俺はリリーと確認しあい、ビビと対峙した事で、それは実証されたのだ。

その言葉を聞いてなのか、それとも単に悔しいからなのか……ビビは、突然地団駄をし始めた。

いや、文鳥が地団駄って……。

口から泡を吹き出しながら、地団駄する文鳥。その姿は、稽を通り越して軽く狂気である。

「ツバサ様ぁ……ビビさんが、恐いです」

今迄、無敵の存在の様なリリーの言葉が震えていた。よく見ると耳もしヘタレている。

しかし、まだ、戦意を保っているようで、リリーは油斷なく、ビビの様子を伺っていた。

そうして、地団駄を踏んでいたビビだったが、突然、ピタリとそのきを止める。

そして、ゆっくりと首を巡らせ、そして何かを思案する様に傾けた。

だが、次の瞬間、何かを閃いたかのように、興した様子でその場を飛び跳ね始めた。

もう、なんなんだか、分らぬ。

これは、本當にあのビビなのだろうか？　と、その様子を見て、心が揺らぎ始めた俺が居る。

しかし、そんな俺の微妙な心境を察する事も無いビビは、興した様にこちらを見つめ、翼を天へと見せつける様に大きく開く。

その如何いかにも、この次は何かしますよと言わんばかりの作を見て、俺とリリーの間に張が走る。

そして、次の瞬間……ビビは走った。真・橫・に。

そのきは、まるで優雅に踴るバレリーナを彷彿させるものだった。

天へとばされた腕の様な翼。

しかし、何故かどや顔にも見えるその視線は、こちらを見據えていた。

びた筋が強調され、そのの厚さを見せつける。

そして、つま先立ちのまま、その足の位置を左右に高速でれ替え、土ぼこりを上げながら真橫に凄い速さで駆け始めた。

ひぃいいいい！？　何かすごく気持ちが悪い。

こう、理的にあり得ないを見た、嫌悪と言うか……生理的にけ付けない気持ち悪さと言うか。

衝撃だけなら、あの黒い悪魔のきと同じ嫌悪を俺に與えるものだった。

「い、いやぁぁあ！？　つ、つつつ、ツバサ様、ビビさんが、凄く気持ち悪いです！！」

まるで、ほら見ろ！！　と見せつけるかのように、左右に高速移するビビを見て、流石のリリーも聲を上げた。

俺ももう、何だか滅してしまってさっさと楽にしてあげたいと、ちょっと本気で思ってしまう位に、ビビの姿が気持ち悪い。

何故、翼を上げる必要がある！？　そして、そのどや顔は何だ！？

って言うか、今迄の行で分かったけど、ビビは俺達の會話を理解して反応を示している。

だが、その行原理が全く分からない。もう意味不明である。

とりあえず、良く分からない対抗心がある事だけは、見て取れる訳だが。

そして、そんな姿を見せつけて、満足したのか、ビビは突然止まり、ヘィッ！　と言う掛け聲が聞こえそうなキレのある決めポーズをする。

「あぃおいーうライトニング」

力ある言葉に答え、俺のかき集めた魔力の半分以上が、紫電へと変化し數ミリ秒でビビを捉え、轟音と共にそのを打ち據えた。

気のせいだろうが、一瞬、骨が見えた様な気がする。うん。

しかも、まともに直撃したらしく、暫く、アババババと言う聲が聞こえそうな勢いで、盛大に電した後、ビビはから煙を立ち上らせながら、土煙を舞わせながら真橫に豪快にぶっ倒れた。

「え、えーと、ツバサ様？」

流石に、これはやり過ぎでは……と、一筋の汗を流しつつ、リリーが目で訴えかけて來る。

すまん。ちょっとイラっと來て思わずやった。後悔はしていない。

心の中で詫びるも、困するリリーには勿論、伝わらない。

だって、何かムカついたんだもん。

文鳥がしていいきじゃないぞ、あれは！

もし、全國の文鳥好家が見たら、ぶっ倒れるぞ！

むしろ全國の好家さんに謝れと言いたい。

しかも、最後はドヤ顔で決めポーズまで……。

俺は、認めん。真橫に走る文鳥なんぞ、認めやしないぞ！！

俺の良く分からない怒りをじ取ったのか、リリーは苦笑しつつ、ビビへと視線を戻す。

見ると、小鹿の様にプルプルと足を震わせながら、ビビが立ち上がる所だった。

更に、どうやら、先程の雷撃がかなり効いたせいなのか、ビビを覆っていた黒い魔力がその面積を減らしており、元々の白い軀が見え始めているのが確認できた。

そして、その剝がれ落ちたと思われる黒い魔力は、俺へと集まり、先程の攻撃に使ってしまった分のかなりの部分を補ってくれる。

ビビは漸く起き上がると、こちらを一睨みし……またも咆哮を上げる。

そして、放たれる衝撃波。

それを、リリーは確実にいなす。

１つ、２つ、３つ……と、弾いたところで、突然、ビビはの側面を見せつける。

む、何かまた新しい事をするつもりか！？

俺とリリーが、警戒し、魔力を集中させたその時……。

ビビはひと際、大きな咆哮を上げると、猛スピードで真橫に走り始める。俺達とは反・対・方・向・に。

はっ？

一瞬、何が起こったか理解できず……次の瞬間、俺達は、聲を上げた。

「うぇあ逃げた！？」

「逃げた！？」

そんな俺達のびに応えるかのように、見る見るうちに小さくなっていくビビから、間延びした咆哮が屆くのであった。