《比翼の鳥》第38話 マチェット王國(7)
「で、結局、大の魔には逃げられてしまった……と言う訳ね」
お姫様がため息を吐きながら、そう話す通りで、結局、ビビを逃がしてしまった俺達に、反論の余地はなかった。
あの後、追撃に移った俺達だったが、時すでに遅く、ビビは猛スピードで地平線の彼方へと消えて行く所だった。
ドップラー効果で間延びする咆哮が、「あばよぉ!!」と言う聲に聞こえそうな程、いっそ清々しいまでの逃亡速度であった。
流石のビビである。下手したら、飛ぶより走った方が早いって……。
そうして、俺達は今、先程いた王城と思しき場所へと戻って來ていた。
「だけど、そうね。あの大が去った方向から見れば、奴らの拠點に見當が付くわ。その點は、一つ前進と言った所かしら?」
「エイプラス……の方向ですよね、あちらは」
エイプラス? に抱かれた俺が首を傾げるのが分かったのか、リリーが見下ろす様に俺を見つめて、捕捉を始める。
「ツバサ様、あの方向は、昔、エイプラス共和國と言う國があった所なのですよ」
しかし、リリーから告げられた言葉に、違和を覚える。
何で過去形なんだ? そんな言い方をするって事は……。
そんな俺の訝かし気な表に気が付いたのか、お姫様は嘆息を一つ。
「そう、元、國のあった場所よ。今はもう無いわ。滅びたのよ」
その言葉を引き継ぐ様にリリーが更に捕捉を重ねる。
「それも、をかいた末の自滅だと聞いております」
自滅? 一、何をどう仕出かしたら、國一つが消えて無くなるのだろうか?
尚も首を傾げる俺を見て、お姫様は気怠そうに、口を開いた。
「そうね、あん……貴方には、し世界の狀況を知っておいて貰う必要がありそうだわ」
一瞬、リリーに睨みを効かされ、お姫様は言い淀むも、直ぐに、自分のペースを取り戻す。
因みに、扉の向こうには、懲りない両親が聞き耳を立てているようだ。そういった狀況も、彼の口調を和らげる原因になったのだろう。
そんな彼の話を聞き、俺は漸く、この世界の勢を漠然と知る事になったのだ。
イルムガンドにいる時には、調べようとしても、時間も取れなかったし、何より資料が無かった。
そんな狀況で、あの騒ぎであったため、かに得る事の出來なかった報が、実にあっさりと齎もたらされた訳だ。
お姫様とリリーの話を総合すると、どうやら、この世界には、元々12の國があったらしい。
ジャヌアリ連邦
フェイブラリ皇國
マチェット王國
エイプラス共和國
魔道大國メイスタット
ジューン皇國
神國ジュライ
魔都オウガスタ
亡國セプテンバル
オクトバル帝國
ノヴェンバ皇國
亡國ディッセンバル
々と突っ込み所は満載の國名ではあるが、ある意味では分かりやすいと言える。
そう、全ての國が、元の世界の月を連想させる名前だ。
そして、更にわかりやすい事に、これらの國は、綺麗に円狀の大地の上に並んでいるらしい。
つまり、時計の數字がそのまま、國の位置を示していると言えばよいのだろうか。
彼達曰く、大地は円形をしており、その周りは海に囲まれているとの事だ。
ちなみ海の果てに出て行った者は、誰一人として帰って來なかったらしい。
それは、勇者ですら例外ではないとの事だ。何それ、恐い。
ちなみに、今の例で言うと、ジャヌアリ連邦は、時計の一時の位置に存在する。
首都の位置はバラバラの様だが、その國土と境界線は曖昧ではあるの、ほぼ均等に分けられているようだ。
つまり、ピザの切れ端の様な形に國土が存在するという事になる。
元の世界の覚では、隨分と歪な形に思えるし、そもそも領土爭いなどは無いのかと聞いた所、帰って來たのは、意外な言葉だった。
「國同士の爭いなんてする意味無いのよ。と言うか、自國の領土すら手付かずの所が多いのだから」
なるほど。自國の資源すら使い切れない狀態では、他國を侵略する意味すらないのか。
人的資源はどうかと問うてみたが、こちらもまた明快な答えが返って來た。
「そんな事をしたら、ただでさえない労働力が減るじゃないの。自國の資源を潰してまで、他國の資源を取りに行くとか、愚策以外の何でも無いわ。一説によれば、大昔に大きな戦いがあったらしくて、それからは自分の國を守るので一杯だった……なんて話もあるらしいわよ?」
尤も、それも伽噺おとぎばなしの様な眉唾のお話だけどね、と苦笑しつつ説明する彼の言を聞くに、その戦いは、人族では既に風化した話となっているようだ。
ちなみに、その時に、セプテンバルとディッセンバルは、滅びたらしい。
現在は、荒涼とした砂漠と、人が住めないほど深い沼地が広がる不の地となっているようだ。
そのの一つは、心當たりがあり過ぎる場所なので、恐らくはそう言う事なのだろう。
宇迦之さん、大分派手にやったんだろうな……と、心の中で苦笑するに留める。
そんな狀況だから、獣人達が安価な労働力として駆り出される形が付いたのか。
あの教団のふざけた教皇も、ある意味、本當に必要に迫られてやったと言う一面もありそうだ。
全くもって賛同出來ない手法だが。
あれ? そういえば、今迄、ドタバタしていて聞けなかったが、この國の獣人はどうなっているんだ?
見た所、お姫様は獣人に対する嫌悪は無いようだが。
街の様子を思い出すが、獣人はいなかったように思える。
まぁ、奴隷としての獣人もいなかったから、それはそれで良いのだが。
お姫様自の態度としても、あまり獣人を嫌悪しているようには見えない。
リリーに対しては言うまでも無く、あの宿舎で集まっていた獣人達に対しても、別段、蔑んだりする事も無かったようだし。
まぁ、ある一人に対しては、いっそ清々しいまでに過剰な殺意を向けているようだが……それは彼の自業自得だから良いとする。
そこまで聞いた時、度を落とし常時稼働していた【サーチ】に、異様な反応が引っ掛かった。
嫌な予を覚えた俺は、即座に一時的に、効果範囲を円形で、最大長の30kmまで引き上げる。
その結果を見て、俺は思わず唸った。
同時に、先程の伝令と思しき反応が、近づいてくるのが分かる。
ビビめ……やってくれたな。
そこで、堰を切ったように慌てた伝令さんが、ノックもせず扉を暴にぶち開け、そのまま倒れ込む様にんだ。
「伝令!! 魔の軍勢が、王都を取り囲んでおります!」
その一言が、この部屋に新たなる混を呼ぶことは、想像に難くなかったのだった。
「何故よ!? あの魔は撤退した筈でしょう!?」
お姫様の悲鳴にも似た聲が、部屋に響く。
だな。
俺は心の中でそう答えつつ、魔達のきを探る。
どうやら、俺の思っていた以上に、魔のきは組織だっていた。
魔達は三方向から王都を包囲する様に近づいて來ている。
王都にる前に見た穀倉地帯に、なぎ倒された様な跡があったが、それも魔の斥候部隊の痕跡だったのかもな。
恐らくではあるが、先程のビビとの戦いは、斥候とを兼ねただったのだろう。
もしかしたら、俺の【サーチ】の効果範囲を探る為のだったのかもしれない。
これは、俺の索敵範囲を知られている事を前提で行する必要がありそうだな。
俺は、矢継ぎ早に指令を飛ばすお姫様の聲を聞きながら、今後の方針を組み立てる。
どうやら、リリーは俺が考え込んでいる事を理解しているようで、何も言って來ない。
俺は、【サーチ】を駆使しつつ、この王都の防衛を考えてみるが、どう考えても防衛拠點の構築が出來ない。
そもそもこの都市は、防壁すら無いに等しいのだ。しかも、戦える人員は數。
籠城以外の選択肢が無いが、そもそも、この城に民間人を収容できるのかも怪しすぎる。
そうすると、接敵される前に、數を減らさないといけない訳だが……駄目だな、このままだと戦力を分斷せざるを得ない。
単で最高戦力であるリリーと、彼ほどでないにしろ、ある程度の火力を有する俺は、個別にかないと、手が足りないと思う。
そうすると、俺を運んでくれる人が必要な訳だが……。
鬼気迫る表で、指示を出しているお姫様に視線を向ける。
そして、思わずため息が出る。
うーん、それしかないよなぁ。
もっと魔力があれば、俺単でも空から迎撃できるんだが……。
殘念ながら、今の魔力保有量では、空を飛ぶ事すら危うい。
って言うか、魔法陣の構築すら危うい。
自分の力の無さが歯がゆいの、今、それを言った所で仕方ない。
幸いな事に、現時點では、ビビの存在を確認できないのが救いか。
まぁ、あのビビの事だからアウトレンジから、一気に距離を詰めて來る事も可能だろうけど。
そうすると……やっぱり、それしかないかなぁ。
俺は、あまり気乗りしないまま、リリーにその事を告げたのだった。
「嫌です」
即答だった。
《 いや、けど 》
「嫌です。絶対に嫌です」
二回言ったよ、この子。
まぁ、そうなるとは思ったけどさ……。
《 リリー、頼むよ。獣人の皆を呼ぶのは、君しか出來ないでしょ? 》
「彼らが居なくても何とかします。この命に代えても」
いやいや、それこそ、本末転倒だ。
この國とリリーを天秤にかけること自、ナンセンスだし。
仕方ない。あんまりこういうやり方は好きではないのだが……。
《 そんなに俺のことが信用できない? 》
その一言は、彼にとっては衝撃的だったのだろう。
耳も尾も、いや、全のがざわりと音を立てたのではないかと思えるほど、一気に膨れ上がる。
「そ、そんな!? 私は誰よりもツバサ様の事を!!」
《 俺は大丈夫。だから、リリーも信じてよ 》
彼の瞳が不安に揺れるのを見ながら、俺はそれでも、彼に殘酷な一言を告げた。
「……ズルいです……ツバサ様」
彼の言う通り、我ながらズルいと思う。
だけど、その言葉を彼は跳ね除ける事は出來ない。
俺の心からのお願いを、彼は斷る事はできない。
その位、彼は俺・の・全・て・を背負ってしまっている。
だからしずつ、変えて行かないとな。
彼を呪縛から解き放つために、呪縛を利用すると言う、矛盾。
それでも、俺は、俺のやりたいようにやる。
それが最善と思えることをする。押しつけだとしても、それでも俺は、やる。
もう一度、やり直すと決めたその時、それだけが俺の決意だから。
その意思のさを、リリーもじたのだろう。最終的には彼は折れてくれた。
「え? 嫌よ。嫌に決まってるじゃない」
しかし、もう片方もまた、最初に発したのは、完全なる拒絶の言葉だった。
俺、泣いて良いですか?
いや、まだだ、まだ終わらんよ。
俺はなけなしのを沸き立たせると、お姫様に向かって再度説得を試みる。
「何で私が、あん……貴方をの移を手伝わなくてはならないのよ。しかも、下手したら後ろから撃たれるかもしれないのに」
まだそんな事を言っているのか……このお姫様は。俺はそんな事をする気も無いが、やはり、かなり不信は強いようだ。
そもそも、今の狀況は、亡國の危機ではないのか?
そんな俺の意見を代弁するかのように、リリーが非難の聲を上げる。
「リザ! まだ、そんな事を言っているのですか!? ツバサ様が盡力して下さったのは、貴もその目で見たでしょう?」
「一回位、敵を退けた所で、信頼が得られるはず無いでしょう? 不審と言うは、そんな簡単に割り切れるでは無いわ」
そんなリリーの聲に、しかめっ面をしながら答えるお姫様の言う事もまた、良く分かる話ではある。
だが、今はそう言う事を言っていられる狀況でもない。
《 私の事が信用できないならそれでも良いのです。護衛の者にでも擔がせて下さい。ですが、今、この狀況下で取れる対策と言うのは限られているのも事実でしょう? それならば、私を利用する位の気概は見せてしいですが? 》
面倒なので、俺は敢えて挑発する様に、そんな言葉を虛空に描く。
それを読んだお姫様は、一瞬、その見事なドリル髪が回転するんじゃないかと思えるほど、顔を真っ赤にして俺を睨んだ。
だが俺を一睨みし、ゆっくりと深呼吸をすると、苛々としながらも、何かを考え込む様子を見せつつ、腕を組んで部屋をうろつき始める。
その様子を見て、リリーは何故か嬉しそうに、
「ツバサ様、やっぱり止めましょう。無茶だったんですよ。うん、それが良いです」
と、手を合わせて語り掛けて來る。
そして、そのリリーの一言が、謀らずとも止めの言葉となったらしい。
「……っ! 良いでしょう。やるわ。ええ、この程度の事を乗り越えられなくて王族は名乗れないもの。私にだって出來るわ、それ位」
どう考えてもやけっぱちだが、俺としてはどうであれ、足・の・代・わ・り・になってくれるならそれで良い。
こうして、不安要素満載ながら、急造の対策が取られる事となったのだった。
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