《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第二話 事の始まり②
著替えが終わり、部屋の外に出るとそこは廊下だった。まあ、窓が無い時點でなんとなく予想は出來ていたけれど、そう考えるとここがどういう構造になっているのか気になってくる。
彼は扉の前で待っていた。何冊かのノートとペン、それにインクを持っていた。
「それは?」
「それは、って……。勉強の道じゃない。もしかして忘れたの?」
「あ、いや、無いことはないけれど……」
機の上に置かれていた――なぜか整理整頓されていた――ノートとペン、それにインクを持ってきておいて正解だった。僕はそう思って、彼の言葉に答える。
「なんだ、持ってきているんじゃない。心配して損したよ」
そう言って彼は溜息を吐いた。正直言おう、そこまで言われることの問題だったのか? ノートが無くても、そこまで文句を言われる話ではないと思うのだが。
「さ、行こう。遅刻しちゃうから。遅刻したらまた先生に叱られちゃうよ?」
先生とか遅刻とか、現在の狀況を呑み込めていない前に新しい狀況を持ち込まないでしかったが、きっとそんなことを彼に言っても無駄なのだろう――そう思うと、これからの新しい出來事だらけの未來を想像して、頭が痛くなった。
◇◇◇
一時間目は歴史だと、一緒に歩いていたは教えてくれた。
――といっても、歩いている道中でさりげなく名前を聞いたところによると、メアリー・ホープキンというらしい。名前から苗字に行くのは外國人のようなじもするが、単純にそうではなさそうだ。
メアリーは僕の隣の席に座り、準備を始める。僕もそれに合わせて準備をする。……ああ、そういえば教科書があるんだったか。この分厚いハードカバーの本。いったい何百ページあるというのだろうか? というか表紙には英語とも日本語ともフランス語とも、それ以外の言語ともとりづらい何かが書かれているのだけれど――これ、読めないよ? いったいどこの國の言語なのかな? まあ、それを聞きたくても、このじからすると周りもほかの言語を話しているのだろうけれど。
そうこう考えているうちに、ドアを開けて先生がやってきた。
先生はロングヘアーのだった。黒い髪で、黒い目。白磁のようなに、凜とした表。そのを一言でいえば、『人』があてはまるだろう、そんなだった。
「では、授業を始めます」
教壇に立ち、は言った。
「起立」
その言葉を聞いて、生徒は立ち上がる。もちろん、僕には何を言っているのか解らない。だからほかの生徒の仕草を確認しながら行しないといけない。面倒なことだが、致し方ないことだ。どうして僕がこういう世界に飛ばされてしまったのか解らないが、これは紛れもない異世界だ。だったら、何とか異世界で生きていくしかない。
でも、どうやって?
「禮」
頭を下げる仕草に合わせて、頭を下げる。
タイミングをうまく合わせて、頭を上げる。
「著席」
そして椅子に腰かける。
ここまで人のタイミングを窺って著席したことがあっただろうか。きっと無いと思うし、これからもないと思いたい。なぜなら、一回やるだけで相當疲れてしまうからだ。
「それでは授業を始めます。今日は偉大なる戦いについて、ですね。みなさん予習などはしているかもしれませんが、偉大なる戦いは今から二千年ほど前に起きた災厄のことで、地の底からメタモルフォーズという謎の怪が出現したことで――」
先生と思われるが何かを言いながら黒板に文字を書いているが、殘念なことにそれが何であるか理解できない。
はっきり言って、文字も見たことのないやつだった。仕方がないので、文字だけでも書き記しておこうとペンを使ってノートに文字を書き記しておくことにする。
しかしながら、そのペンはただのペンではなく、羽ペンだった。
インクを持ち歩く時點で気づけばよかったのだが、それはもう後の祭り。
面倒ではあるが、羽ペンを使って文章を書いていくことにしよう。
ところで、羽ペンというのはとても書きづらいということを知っているだろうか。もちろん、使ったことのある人間ならばそんなこと百も承知かもしれないが、生憎僕は一度も使ったことがない。だから『なんとなく』でしか使うことができないのだ。
「おい、アイツ見てみろよ?」
「ん。あ、もしかして……」
背後からそんなひそひそ聲が聞こえる。誰を対象としているかどうか言葉では言っていないが、明らかに僕をターゲットにしているのは解る。
だが、一全なぜそんなことを言われなくてはいけないのだろうか? 間違っている、とまでは言わないけれど、明らかにおかしい。
気になったので、その聲のするほうを向こうとした――その時だった。
「フル・ヤタクミ!!」
唐突に自分の名前が呼び出されたので、僕は思わず慌てて立ち上がった。
「この問題を答えなさい」
そう言って先生は黒板を指さす。
しかし、殘念ながら文字が読めないので、何が書かれているかも解らない。
どうすればいいか――時間ばかりが過ぎていく、そう思っていた。
思わぬ助け船が出たのは、その時だった。
「ガラムドよ」
隣に座っているメアリーが、僕にそう言ったのだ。
だから、僕はそのまま答えた。
「が、ガラムドです」
それを聞いた先生は一瞬思考を停止させたように見えたが――笑みを浮かべて、頷く。
それを見て僕は靜かに席に座った。
「ええ、そうですね。ガラムドは偉大なる戦いで『神』と崇められた存在です。ですが、彼もまた、もともとは人間であると言う説もあります――」
◇◇◇
授業終わり。
移教室だろうか、そそくさと移を開始する人たちを橫目に、僕はメアリーに聲をかけた。
「さっきはありがとう。……もしかして僕が言葉を話せないことを知っていたのかい?」
「うん? あ、ああ……いや、何故でしょうね。私もあなたと話すときは、この言葉を話すってことにしているのよ。もちろん、この言語は現地の、この世界の言葉では無いのよ?」
「いや、まあ、それは知っているけれど……。でも助かったよ。この世界に、僕の話すことのできる言語を知っている人がいて。居なかったらどうしようかと思った」
「まあ、それもそうかもしれないね。……それについて詳しく話すのは、後にしましょう。今は、大事なことがあるから。私たちも教室を移しないと」
「次の授業は専門なのかい?」
「そうだね。私たちのクラスは錬金、だよ。アルケミークラス。教科書は持っているかな?」
教科書。きっとこの分厚い本のことを指すのだろう。
そう思って僕はこくりと頷いた。
「なら問題なし。それじゃ、急いで向かおうか」
そして僕たちは教室へと向かおうとした。
その時、どこかから視線をじた。その視線は冷たく、監視されているようなものだった。
僕は即座にそちらを向いたが――當然ながら、そこには誰も居なかった。
「フル、どうしたの?」
メアリーが訊ねる。
「いや、何でもないよ」
気のせいだったのかもしれない。僕はそう思って、再びメアリーとともに教室へと向かうことにした。
そのころ、どこかの場所にて。
水晶玉を見る、巫裝束のような恰好をしたがいた。
は不気味な笑みを浮かべながら、つぶやく。
「ついに來たようね……。長かった、ここまで長かったわ。テーラの弟子、リシュミアの予言が、葉うときが。まさかこんなに長くなるとは、私も予想できなかったけれど」
水晶玉から視線を移し、は目を瞑る。
「お呼びでしょうか」
すぐに一人の男がやってきた。
は目を瞑ったまま、言った。
「彼に伝えなさい。『予言の勇者』がやってきた、とね。そしてできることなら生きたまま捕獲すること。不可能ならば……殺しても構わない」
「かしこまりました」
それだけを言って、男の気配は消えた。
そして、もまたその空間から姿を消した。
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