《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第十二話 予言の勇者②
校長が言った長い話を要約すると、こういうことだ。
ガラムド暦元年に、偉大なる戦いが起こる。偉大なる戦いでは、オリジナルフォーズが世界を破滅へと導いた。正確に言えばそれは未遂に終わり、神ガラムドがそれを封じ込めたと言われている。
ガラムドが神と呼ばれているのは、これが一つの大きな原因であると言われている。ほかにもその時代に人々を平和へと導いた『平和の象徴』としても語られているらしいが、それは今語るべきことではないので、割する。
ガラムドの子供は、二人生まれた。その二人がそれぞれ祈禱師と祓師という二つの職業に就くことになった。もともとはどのような役職を作るか考えたガラムドが悩んだ末の結果であり、世界にあるあらゆる役職の上に立つ存在であると認識させるために躍起になっていたとも言われている。
祈禱師は神の言葉を代行する存在なのだという。そう考えると、る程、祈禱師の初代は神を母親に持つのだから、まさに神の代行人という立ち位置に立っていても何らおかしくは無いのだろう。
祈禱師は力をつける一方で、祓師は力を失っていく。
その象徴的な出來事がリュージュの二大予言だと言われている。今はスノーフォグの王となっているリュージュが予言した二つの事件。そのどれもが実際に起きて、多數の死者を生み出した。しかしながら、リュージュの予言によりそれによる被害者がなく済んだとも言われており、のちにリュージュは一つの國を手にれるほど信頼されるようになった。
リュージュの躍進とともにほかの祈禱師も高い地位に著くようになる。そのころからさらに祈禱師と祓師の格差は生まれ、軋轢も酷くなってきたという。
「はっきり言って、あれはひどいものだったよ。私は祈禱師という地位に立っていたからこそ、あれを客観的に見ることは出來なかった。だが、助けることは出來なかった。助けることで私もその地位に転落するのではないかと思ったからだ。今思えば、恥ずかしいことなのだがね」
校長の話はさらに現在へと時系列を近づけていく。
祈禱師の一人、テーラはある予言を世界に発表した。
「それは世界を破滅へと導く予言だった。あれが発表された當時はほんとうに酷いものだったよ。だって考えてみれば解る話だ。世界が破滅していく予言だと? そんなもの誰が信じる。誰も信じない。それが當然であり、當たり前のことだったよ」
確かに、世界が破滅するなんて予言はそう簡単に信じられないだろう。仮にそれを聞いていた立場だったとしても、そう鵜呑みにできる話ではない。先ずは詐欺師を言うだろう。え? 誰のことを、だって? そんなこと、決まっているだろ、その予言をした人を、だ。
「そうだ。その通りだ。テーラは詐欺師扱いされたよ。祈禱師の地位を下げるつもりか、と祈禱師も批判していた。だが、私は彼の予言を信じていた。ほんとうに起きるのではないか、と思っていたのだよ」
「どうして、そう思うのですか?」
メアリーの問いに、校長はしっかりとした口調で言った。
「私も見たからだ。――世界が滅びる、その日を」
噓を吐いているようには見えなかった。
それどころか、はっきりとしている口調は、自信の象徴に見えた。
「その夢は今もはっきりと覚えているよ。業火に燃やされたハイダルク城、泣きう人々、そして區々を破壊し、我が顔で闊歩するのは、見たことのない巨大なバケモノだった」
「バケモノ……メタモルフォーズのことですか?」
「知っているのかね?」
「ええ……。トライヤムチェン族の集落で、村長から聞きました」
「そうか」
校長はそれしか言わなかった。
「……予言を信じる人間は、別に私だけではなかった。しかしテーラを批判する人間からすれば、それは數派に過ぎなかった。だからこそ、だからこそ……テーラは悩まされたのだろう。それを発表してよかったのかどうか、悩んだことだろう。けれども、世界の危機を予言したのならば、それは紛れもなく、人間に対する警鐘を鳴らしたことに等しい。だからこそ、人々はそれに気づきたくなかったのだろう。だが、それをテーラははっきりと人間に告げた。『四百年後、世界は滅びる』と」
四百年。
その時間はあまりにも長く、そして何が起きてもおかしくない時間だった。
その時間ののち、世界が滅びる――突拍子もないその予言を信じるほうがおかしな話かもしれないが、仮にそれが正しいものであるとすれば、四百年前にその予言をすることは、やはり祈禱師の力を確固たるものとするに相応しいものだったのだろうか。
「……テーラは耐えきれなかったのだろう。その翌年、死んだよ。海に落ちた。そして、テーラは言を殘していた。そこにはこう書かれていた」
その予言は間違いではないが、一つ人間にとっての『希』が殘されていることもまた事実である――と。
「希?」
「そう。それこそが……勇者の存在だ。三つの武を使い、それぞれのに長けた三人組。正確に言えばそのうち一人が勇者で、殘りの二人は勇者に率いられた存在であると言われているがね。……まあ、それも眉唾とも言われている。なにせ実際の言が殘されていないのだ。だから、當初は……今もそうかもしれないが、テーラの弟子が自らの地位を上げるために死んだ師匠を利用した、なんてことも言われた」
「そんな酷いことを……」
「祈禱師はほかの人間に比べれば圧倒的に高い地位を手にれていたが、それと同時に妬む人間もやっぱり多かった。神のを引き継ぐといってもそれは二千年も昔の話。そんなもの、とっくに途絶えていてもおかしくない。だのにどうして祈禱師は未だにその地位を確固たるものとしているのか? とね」
二千年も自分の祖先が確定している、と考えれば凄いことだとは思うけれど、やはりそういう考えにはなかなか至らないらしい。
「まあ、テーラの予言がどこまでほんとうだったのかは解らない。ただ、これだけは言えるのだよ。テーラの予言があった年……それは、今年から四百年前のことだ。すなわち、テーラの予言が本當であれば、今年に世界は破滅へと向かっていく。そしてそれを守るべく勇者がこの世界にやってくる」
「それが……僕だと?」
馬鹿馬鹿しい。
そんなことがほんとうに有り得るのか?
いや、まあ、異世界に召喚――その時點で何となく普通ではないと思っていたけれど、まさかここまで普通じゃないなんて。あまりにも出來すぎている。まるで最初からこう進むようにレールが敷かれていたかのようだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は、それが本當かということについて。
予言の勇者――それが僕であるならば、僕は世界を救う英雄になるということだ。
「……一つだけ、質問があります」
「言ってみたまえ」
「どうして、僕を予言の勇者だと斷定するのですか。斷定するからには、それなりの証拠があると思うのですが」
それを聞いてメアリーとルーシーは頷く。やはり彼たちもそのあたりについて疑問に思っていたらしい。しかし相手は校長だ。そう簡単に質問できる事項ではなかったのだろう。
しかし、僕は當事者だ。どんな質問でもする権利があり、ある程度の解答を得る権利がある。だから僕はズバリ質問した。どうして――僕が予言の勇者だと斷定出來たのか、そのことについて。
「予言の勇者は左利きだと言われている」
深い溜息を吐いたのち、校長はそう言った。
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