《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第二百十五話 偉大なる戦い⑯

「そんなこと言われても……」

俺はふとそんなことを無意識に呟いていた。

「そんなこと、ですか」

そしてその言葉はあっさりと彼にも聞こえていた。

不味い言葉を聞かれてしまったと思い、俺は慌てて訂正しようとした。

しかし、それよりも早く話を始めたのは年だった。

「哀歌。彼にはやるべきことがあるのだろう。そして、しかしながら、とでもいうべきか。それについては、彼がその意味を理解していない。ほんとうの意味を、今だ理解していないということだ。理解していないことを、無理に理解させようとすることは難しいことだ。それは哀歌、君だって理解しているのではないかな?」

「理解しているのでは……。では、彼に教えることなど何一つありません。有り得ません。自分の役割を理解せずに、ただ力をつけたい? それはただ邪な考えのもといているだけなのではないですか」

「確かにそうかもしれないよ。けれどね、いつかは解ってくれるはずだよ。彼は、今は目的を理解していないとしても……」

そして、年はこちらを向いて笑みを浮かべた。

「そうだろう?」

「……、」

僕は直ぐに答えることが出來なかった。

だって、ガラムドに急に試練をしろと言われてしまい、そのままれてしまったとはいえ、実際その試練をどう乗り越えていけばいいかをあまり考え切れていないのが現実であった。

ただ、ガラムドからこの世界を救うにはその試練をれるしかありませんと言われただけに過ぎなかった。もし死んでしまうことがあったら、私が時間を戻しましょう――そんなことを言っていたような記憶があるが、ほんとうに戻してくれるのだろうか?

「なあ、風間修一といったか」

年の聲を聴いて、僕は我に返った。

気付けば年は僕の目の前に立っていて、僕の顔を見下ろすようなじだった。

僕はそのまま顔を上げて、ゆっくりと頷く。

「お前が何をしたいか、それは別に聞くまでもないよ。だが、やるべき時はやる。それが一番だ。たとえやりたくないことであったとしても、お前がそれをやれと言われたらやり切らねばならない。それは何らかの意思が働いていたとしても、関係ない。そうだろう?」

「……それは……」

僕は、年の言葉に何も答えることが出來ない。

何せ的確なツッコミだったからだ――と言っても、そこで挫けるわけにもいかなかった。ガラムドの言う通りなら、試練をけないと元の世界に帰還することが出來ない。あの世界に帰ることが出來ないということは、もともと僕が暮らしていた『あの』世界へも帰ることが出來ないということになる。

それだけは嫌だった。

「……さあ、どうするつもりだ?」

年は僕の考えを見かしているのだろうか。不敵な笑みを浮かべて、こちらを見つめてきた。

僕はそれに従うのは、正直嫌だった。相手のレールに載せられることだけがどうしてもいやだった。

だが、今はそれに載るしかない――そう思って僕はそれにゆっくりと頷いた。

「やるよ。僕は、やらないといけない。ここでへこたれるわけには……いかない」

そして、僕はもう一度立ち上がった。

もう一度、試練に立ち向かおうと決意した。

◇◇◇

「くくっ。ははは! 勇者サマがどうやら試練にもう一度立ち向かおうと決意したようだよ!」

ハートの王はソファに腰掛けてテレビを眺めていた。

そしてテレビに映し出されている映像がとても面白かったのか、腹を抱えて笑っていた。

「……彼は何も知らないのだから、何も言わないであげましょう。……まあ、気付くまで時間の問題ですが」

そう言ったのはジャバウォックだった。ジャバウォックは手をうねらせながら、映像を眺めていた。

「しかし、このまま勇者に試練を行わせるつもりですか?」

質問を投げかけたのは、ハンプティ・ダンプティだった。

ハンプティ・ダンプティの言葉は、ほかのシリーズの言葉が直ぐに答えられるものでは無かった。

最初に聲を出したのはハートの王だった。

「勇者の試練は継続させますよ。だって、そうじゃないと、急に試練を終わらせてしまったらばれてしまうでしょう?」

そう言って、ハートの王は足元にあった石のようなものを蹴り上げた。

いや、それは正確には石では無く――ガラムドの死だった。石と思われていたものは、ガラムドの頭だった。

既に彼は死んでしまっていて、たとえ頭を蹴り上げても反応はない。

「……殺しちゃったけれど、どうしましょうか。処理。さすがにこの部屋に放置しておくのは、ちょっと不味いわよねえ。とくに臭いがきつくなるだろうし。腐るのが面倒なのよね。人から神になった存在は、死んでしまうと人に戻ってしまうから、特殊能力も何もかも無くなってしまうのよ」

「だとすれば、今は神の地位に居るのは?」

ジャバウォックの問いに、ハートの王は首を橫に振った。

「今、神に立っているのは誰も居ない。私たちが神を殺してしまったからね。……神殺し、ということよ」

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