《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第二百二十四話 偉大なる戦い㉕

心が死ぬという意味は文字通りの意味で、それをその青年が知っているのは當然のことだった。

何故ならそれを実行したのは……他ならぬ彼なのだから。

「ムーンリット。そのルービックキューブをっても何も変わりませんよ。あなたは世界を管理し、統治する神なのですから。それくらい仕事はきちんとやっていただかないと。困ります」

しかし青年の言葉を聞いてもなお、まだムーンリットはルービックキューブをっている。

青年にとって、今一番やってほしくない行為はそのルービックキューブにれることだった。ルービックキューブに何か力が込められているわけではないが、しかしながら、いつ心を取り戻すか解ったものではない。そういう観點から、青年はムーンリットからルービックキューブを取り上げたかった。もっと言うならば、何もしてほしくなかった。

何もしてほしくなかったとはいえ、それを無理矢理奪い取ることもしたくなかった。そんなことをしてしまえば、彼の死んでしまった心に『衝撃』を與えることと同義であり、それは彼の考えとは離反するものだったからだ。

とはいったところで、それではそれも実行しないまま何をするのかという話に帰結してしまうのだが、結局のところ、無力化しているムーンリットをただただ見守るしかない、というのが彼の結論だった。

(……まあ、ただのエゴなのかもしれないけれどね。僕は『彼』を消した。消したことでムーンリットは酷く傷付いた。そして自らの空間に閉じこもるようになった。普通に考えれば、ムーンリットがこうなってしまった要因を作ってしまったのは他ならない僕だし)

ならば、彼のしている行為は?

彼の求を満たすためでも、ムーンリットへの罪を償うためでも無く?

(いや、そのいずれもだ)

傲慢かもしれなかった。

怠慢かもしれなかった。

そうであったとしても、彼がムーンリットに寄り添う理由にはならなかった。

「ムーンリット。君がどう行しようとも僕は知らないよ。けれど、君がそのままその殻に閉じこもっているのも僕にとっては気に食わない。まあ、君がどうしようったって構わないよ。……でも、僕は『君の心が死んでいる』なんて、認めないからね」

そう言って青年はその場を立ち去る。彼と彼しか居ない孤獨の空間には、それを埋め盡くすように、或いは隠すようにいろいろなものが敷き詰められていた。

彼が向かっているドールハウスのような家もまたその一つだった。

ドールハウスといってもそのサイズは大きく、彼のでも普通にることのできるサイズだった。

何か獨特な雰囲気が漂うこの空間は、すべてムーンリットたる存在が脳で組み立てあげた迷宮に過ぎなかった。

そして青年は、その迷宮からいつでも逃げ出すことだって出來たはずなのに、敢えてそれをしなかった。

何故か?

「……ムーンリット。君はいつまでそんなことをしているつもりだい?」

再度、彼に問い掛ける。

帰ってこない質問の答え、それは青年にだって解っていたはずなのに。

「ムーンリット、君は」

壊れたテープのように、その部分だけを繰り返す。

けれども、ムーンリットは答えない。ムーンリットは頷かない。ムーンリットは靡かない。ムーンリットは笑わない。ムーンリットは傅かない。ムーンリットは応えない。

そんなことは、とうのとっくに解りきっていたはずだったのに。

でも青年はその場を離れることなどしない。何故ならそこにムーンリットが居るからだ。ムーンリットが居る限り、彼はそこを離れることはしない。

「ムーンリット……」

とうとう名前だけを呟く形となった彼は、その場に佇むことしか出來なかった。

♢♢♢

「ムーン……リット?」

僕はキガクレノミコトから聞いたその単語を反芻していた。

しかしながら反芻したところでムーンリットが何であるかを理解できるはずも思い出せるはずもない。そもそもそんな単語を知らないのだから。しかし、創造神と言っていたことを鑑みると、とんでもなく偉い存在であることは自ずと理解できる。僕が知らないだけで元の世界にもムーンリットは居ただけなのかもしれない。

「ムーンリットのことについて、知らないのも無理はない。そもそもムーンリットはこの世界の理からは外れている……否、正確には『外された』存在だ。一度は気紛れで現世に降りたことがあるらしいが、それも今は昔の話だ。世迷い言と言われてもおかしくないくらい昔の話だから、誰もその話を信じなくなったというだけかもしれないがね」

「ムーンリットとは……どのような存在なのですか?」

僕は俄然ムーンリットに興味が湧いた。それ程ブラックボックスに包まれていた存在が居るなんて。興味が湧いた、というよりも真実を知りたいというその探究心が強かったかもしれないが。

「殘念に思うかもしれないが、」

キガクレノミコトはそう前置きして、僕の質問に答え始める。

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